41 / 82
袖振り合うも他生の縁
13:南凛太朗 1月3日21時15分 ②
しおりを挟む
「えー! なんで! なんで、凛太朗が抜けるの!」
べったりと月子にしがみつかれ、南はしかたなく座り直した。春風や時東ならいざ知らず、どこもかしこも華奢な身体はどうにもこうにも振り払い難い。
おまけに、言っていることは、完全なる駄々っ子だ。持て余した気分で溜息を呑み込み、拗ねた顔の月子に視線を向ける。
東京の海人のマンションで新年会という名の飲み会が始まり、約一時間。あっというまに酔っ払いができあがっている。
「抜けるって言っても、すぐだって。すぐ。小一時間で帰ってくるから。そのあいだだけ」
三人で呑んで待っていたらすぐだろう、と南は宥めにかかった。
不愛想だの、冷たいだの。怖いだの。そんなふうに称される自分にしては優しい声音を出したというに、びっくりするほど効果がない。新手の子泣き爺かなにかだろうか。つまることろ、離れる気配がないということだ。
「だって、ひさしぶりに会ったのに。こういうときくらい、あたしを優先してくれてもいいじゃない」
おまえが一番に優先されたい相手は、俺じゃなくて春風だろうが、との心の声が届いたのか。あるいは、単純に見かねたのか。
苦笑いと一緒に春風の助け舟が飛んできた。
「諦めなって、月ちゃん。凛、デートだから。デート」
「デート!? とうとう!?」
「誰がデートだ」
そうして、なにが「とうとう」なのか。語弊のある言い方をするな、と否定するよりも、するりと離れた月子が春風にすり寄るほうが早かった。
「じゃあ、あたしもハルちゃんとデートする」
「はいはい。俺だけじゃなくて、海斗くんもいるけどね」
春風のあしらい様に、南は思わず無言になった。
俺の言動を雑だと非難する暇があるなら、自分の言動を省みろ。指摘したい内容はそれに尽きる。
――月子が憐れって言うと、さすがに、ちょっとあれだけど。
でも、こう、なんというか。放っておくと、十年経っても同じやりとりをしている気がして、やきもきとしてしまうのだ。
なにせ、十年近く前も同じやりとりをしていたと知っているので。
めげずににこにこと話している月子を見守っていると、ちょいちょいと肩を叩かれた。視線を向ければ、呆れ半分といった調子で海斗が囁く。
「行くなら今のうちに行ったほうがいいと思うけど。またうるさくなるよ」
「……そうする」
助言に従い、上着を手にそっと立ち上がる。リビングを出ようとしたところで、へらりと笑った春風が月子に見えない角度で手を振った。
春風ばかりを見つめる月子は、まったく気がつく様子がない。苦笑いひとつで南は静かにドアを閉めた。
いかにもうれしそうな姿を見ると、ついつい「付き合ってやればいいのに」と思ってしまう。親心のような、兄心のような、そんな感情。
――でも、そうなったら、海斗が気の毒か。
幼馴染みの常套句は、「月ちゃんには海斗くんがいるでしょ」だ。「自分よりも海斗のほうが月子に合っている」ということで、「妹のようにしか見ることはできない」ということだ。
わかっているから、南は「つい」を呑み込み続けている。
月子は春風のことが好き。海斗は月子のことが好き。
学生時代に結成したバンドらしく好きの矢印が乱立しているわりには、自分たちはうまく付き合っているのだろう。
けれど、それも仲間であれば当然のことだと南は思っている。だが、これから会う男はその理論に頷くことはないのだろう。
誰にでもすぐに心を開いて懐くふうでいて、核になる部分の壁が厚く、人を信用していない男だから。
そういった微妙な機微に触れるたび、あのころはそんなふうではなかったのに、と。寂莫とした感情が蠢く。
忘れたことにしている時東に、言うつもりはないけれど。
べったりと月子にしがみつかれ、南はしかたなく座り直した。春風や時東ならいざ知らず、どこもかしこも華奢な身体はどうにもこうにも振り払い難い。
おまけに、言っていることは、完全なる駄々っ子だ。持て余した気分で溜息を呑み込み、拗ねた顔の月子に視線を向ける。
東京の海人のマンションで新年会という名の飲み会が始まり、約一時間。あっというまに酔っ払いができあがっている。
「抜けるって言っても、すぐだって。すぐ。小一時間で帰ってくるから。そのあいだだけ」
三人で呑んで待っていたらすぐだろう、と南は宥めにかかった。
不愛想だの、冷たいだの。怖いだの。そんなふうに称される自分にしては優しい声音を出したというに、びっくりするほど効果がない。新手の子泣き爺かなにかだろうか。つまることろ、離れる気配がないということだ。
「だって、ひさしぶりに会ったのに。こういうときくらい、あたしを優先してくれてもいいじゃない」
おまえが一番に優先されたい相手は、俺じゃなくて春風だろうが、との心の声が届いたのか。あるいは、単純に見かねたのか。
苦笑いと一緒に春風の助け舟が飛んできた。
「諦めなって、月ちゃん。凛、デートだから。デート」
「デート!? とうとう!?」
「誰がデートだ」
そうして、なにが「とうとう」なのか。語弊のある言い方をするな、と否定するよりも、するりと離れた月子が春風にすり寄るほうが早かった。
「じゃあ、あたしもハルちゃんとデートする」
「はいはい。俺だけじゃなくて、海斗くんもいるけどね」
春風のあしらい様に、南は思わず無言になった。
俺の言動を雑だと非難する暇があるなら、自分の言動を省みろ。指摘したい内容はそれに尽きる。
――月子が憐れって言うと、さすがに、ちょっとあれだけど。
でも、こう、なんというか。放っておくと、十年経っても同じやりとりをしている気がして、やきもきとしてしまうのだ。
なにせ、十年近く前も同じやりとりをしていたと知っているので。
めげずににこにこと話している月子を見守っていると、ちょいちょいと肩を叩かれた。視線を向ければ、呆れ半分といった調子で海斗が囁く。
「行くなら今のうちに行ったほうがいいと思うけど。またうるさくなるよ」
「……そうする」
助言に従い、上着を手にそっと立ち上がる。リビングを出ようとしたところで、へらりと笑った春風が月子に見えない角度で手を振った。
春風ばかりを見つめる月子は、まったく気がつく様子がない。苦笑いひとつで南は静かにドアを閉めた。
いかにもうれしそうな姿を見ると、ついつい「付き合ってやればいいのに」と思ってしまう。親心のような、兄心のような、そんな感情。
――でも、そうなったら、海斗が気の毒か。
幼馴染みの常套句は、「月ちゃんには海斗くんがいるでしょ」だ。「自分よりも海斗のほうが月子に合っている」ということで、「妹のようにしか見ることはできない」ということだ。
わかっているから、南は「つい」を呑み込み続けている。
月子は春風のことが好き。海斗は月子のことが好き。
学生時代に結成したバンドらしく好きの矢印が乱立しているわりには、自分たちはうまく付き合っているのだろう。
けれど、それも仲間であれば当然のことだと南は思っている。だが、これから会う男はその理論に頷くことはないのだろう。
誰にでもすぐに心を開いて懐くふうでいて、核になる部分の壁が厚く、人を信用していない男だから。
そういった微妙な機微に触れるたび、あのころはそんなふうではなかったのに、と。寂莫とした感情が蠢く。
忘れたことにしている時東に、言うつもりはないけれど。
41
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる