南食堂ほっこりごはん-ここがきっと幸せの場所-

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
38 / 82
袖振り合うも他生の縁

12:南凛太朗 12月22日9時35分 ②

しおりを挟む
「そういえば、月ちゃんがさぁ」
「おう」

 しらっと話題を変えた春風を後目に、南は草むしりを再開した。こういうものは、やり始めるとなかなか止まらなくできているのだ。

「忘年会と新年会は絶対にやりたいって言ってるらしいよ」

 隣にしゃがみ込んだ春風が煙草に火をつける。実家で禁煙を言い渡されている春風は、南家の縁側と店の前を喫煙所に定めているのだ。

「海斗くんから年末年始は予定空けとけって連絡があってさ。凜のところにもきてると思うけど。あいかわらず、海斗くんは月ちゃんの執事みたいだね」
「言ってやるなよ、それ」
「だって、月ちゃんは我儘なわりに健気でかわいいし、海斗くんはそんな月ちゃんが大好きで忍耐強いじゃない。まさにお嬢様と優秀な執事でしょ。『月と海』じゃなくて『お嬢様と執事』でも良かったなって、たまに真剣に思うよ、俺」
「……言ってやるなよ」

 間違いなく月子は泣くし、その月子を見て海斗が怒る。月子のほうはしばらくすればけろりと立ち直るだろうが、海斗の静かな怒りはそれはもうしつこく持続するのだ。
 あいだに挟まれる身にもなれ、という話である。
 そもそもとして、自分に片思いをしている元バンド仲間の恋心に対して「健気」と評すること自体「ない」と思うのだが。
 南自身も恋愛に慣れているわけではないものの、それでも「ない」だろうとは心底思う。

「俺ばっかりひどいみたいに言うけどさぁ。凛だって相当だからね、ちなみに」

 だというのに、春風は、南も同類であるような顔をする。

「というか、話変わるけど。おまえ、一応、料理人の手なんじゃないの。この寒空の下、無意味な作業してんなよ」

 それを言うなら、おまえの手は、何万人もの人間が喜ぶ曲を創り出す手だろう、と思った。

「あーあー、赤くして」

 ふざけた調子で言って、春風が南の手を取る。まじまじと凝視される居心地の悪さを、南は立ち上がることで振り払った。

「おまえの銜え煙草のほうが、灰が落ちそうで怖ぇよ、ふつうに」
「はは、もっと信用してくれてもいいのに。ひどーい、凛ちゃん」
「ちゃん、って呼ぶな。ちゃん、って」

 何度言っても改まることのない呼び方は、嫌がらせに違いない。
 春風の親や、昔からよく知るご近所さんに「凜ちゃん」と呼ばれることは、諦めて受け入れているけれど。
 対人距離の近い田舎だが、南はこの町が好きだ。戻ってきたことに悔いはない。

「昔はもうちょっと似合う顔してたのにねぇ。そうやって不機嫌な顔ばっかりしてるから、余計に似合わなくなるんだと思うよ、俺」
「似合いたくもねぇよ、年を考えろ、年を」

 憮然と言い切った南に、「そうだよなぁ」と応じて春風も立ち上がった。冬の風に揺れて、紫煙が流れていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...