33 / 82
袖振り合うも他生の縁
11:南凛太朗 12月22日8時3分 ①
しおりを挟む
「凛ー、月ちゃんと海斗くん出てるよ。見ないの?」
のんびりとした調子で幼馴染みに呼ばれ、鍋をかけていたコンロをとろ火に落とす。
丁寧に愛情を込めて作れば、それだけで十分にうまくなる。作り手の思いは届くものなんだ。こんな小さな店だと、なおさらな。技術はもちろんだが、なによりも大事なのは心なんだ。
カウンターに立ったまま息子に仕事を説いた、十年は昔の父の声。
店を継ぐ気のなかった南は、いつも軽く聞き流していた。駄賃欲しさに手伝っていただけの子どもだったのだ。
けれど、もう少ししっかり聞いておけばよかったと思うことがある。
「ふは、すげぇ澄ました顔してる。月ちゃん」
テレビの中でほほえむ月子を見て、「似合わないねぇ」と春風が笑う。月子が知れば、間違いなく嘆く台詞だ。
気の毒になぁと内心で苦笑していると、春風がカウンター越しにひょいと鍋を覗き込んだ。
「なに仕込んでんの? またおでん? べつにいいけど、時東くんしばらく来ないんじゃなかったっけ?」
「いや、あいつの好みとか関係ねぇから」
「えー、でも、去年よりおでんが出る回数、増えたと思うけどな」
手酌で熱燗を決め込みながら、春風はにやにやと笑っている。なんとも懐かしい光景である。
なにを言い返しても無駄と悟って、小さく溜息を吐くことで南は返事とした。
それは、まぁ、あれだけ感動した顔で「おいしい」と連呼されたら、多少回数が増えてもしかたがないだろう。
テレビへと視線を戻した春風の横顔をなんとはなしに見つめ、作業の手を止める。
懐かしい光景と評したとおりで、閉店後のカウンターは春風の指定席だったのだ。それが最近では時東が座る日が増えたのだから、おかしな縁だと思う。
同じ町内で生まれ、幼いころからずっと一緒だった春風ならまだしも、東京からわざわざ二時間かけてやってくるのだから。
「お、時東くんもいる。なんか、面白いなぁ、こうやって三人並んでると」
「微妙な顔してんなぁ、あいつ」
『月と海』の隣。少し距離を置いて立つ時東の顔には、テレビでよく見る似非臭い笑顔が張り付いている。だが。
覚えた違和感に、思わず首をひねる。その南を一瞥し、春風は目を細めた。
「なんか、それ、ちょっとあれだね」
「なにが?」
「いや、わかんないならいいけど。いや、よくはないか。でも、とにかくあれだな、なんか」
「おまえ、日本語、下手だよな」
「凛に言われたくない。おまえも相当下手だよ」
お猪口を持ち上げて、春風が唇を尖らせる。かわいいつもりか。
「口数が少ないとか、不器用とか。昔気質とか。無駄に凛に都合の良い言葉があるからって、それに甘えてると碌なことにならな……」
不意に、春風の声が途切れた。
小さなブラウン管の中で、真面目な面持ちの時東がズームアップされていく。いつもの軽薄な物言いとは違う、静かな語り口。
喋り終えた時東が、ゆっくりと一礼する。数秒であるはずのそれが、なんだかどうしようもなく長い感じがした。
場違いなほど明るいアナウンサーの進行で、画面がステージに切り替わる。『月と海』の新譜。自身が生み出したイントロを聞くともなしに聞いていた春風が、お猪口を傾けながら、
「時東くんも、下手だね、日本語」
と、言った。
[11:南凛太朗 12月22日8時3分]
のんびりとした調子で幼馴染みに呼ばれ、鍋をかけていたコンロをとろ火に落とす。
丁寧に愛情を込めて作れば、それだけで十分にうまくなる。作り手の思いは届くものなんだ。こんな小さな店だと、なおさらな。技術はもちろんだが、なによりも大事なのは心なんだ。
カウンターに立ったまま息子に仕事を説いた、十年は昔の父の声。
店を継ぐ気のなかった南は、いつも軽く聞き流していた。駄賃欲しさに手伝っていただけの子どもだったのだ。
けれど、もう少ししっかり聞いておけばよかったと思うことがある。
「ふは、すげぇ澄ました顔してる。月ちゃん」
テレビの中でほほえむ月子を見て、「似合わないねぇ」と春風が笑う。月子が知れば、間違いなく嘆く台詞だ。
気の毒になぁと内心で苦笑していると、春風がカウンター越しにひょいと鍋を覗き込んだ。
「なに仕込んでんの? またおでん? べつにいいけど、時東くんしばらく来ないんじゃなかったっけ?」
「いや、あいつの好みとか関係ねぇから」
「えー、でも、去年よりおでんが出る回数、増えたと思うけどな」
手酌で熱燗を決め込みながら、春風はにやにやと笑っている。なんとも懐かしい光景である。
なにを言い返しても無駄と悟って、小さく溜息を吐くことで南は返事とした。
それは、まぁ、あれだけ感動した顔で「おいしい」と連呼されたら、多少回数が増えてもしかたがないだろう。
テレビへと視線を戻した春風の横顔をなんとはなしに見つめ、作業の手を止める。
懐かしい光景と評したとおりで、閉店後のカウンターは春風の指定席だったのだ。それが最近では時東が座る日が増えたのだから、おかしな縁だと思う。
同じ町内で生まれ、幼いころからずっと一緒だった春風ならまだしも、東京からわざわざ二時間かけてやってくるのだから。
「お、時東くんもいる。なんか、面白いなぁ、こうやって三人並んでると」
「微妙な顔してんなぁ、あいつ」
『月と海』の隣。少し距離を置いて立つ時東の顔には、テレビでよく見る似非臭い笑顔が張り付いている。だが。
覚えた違和感に、思わず首をひねる。その南を一瞥し、春風は目を細めた。
「なんか、それ、ちょっとあれだね」
「なにが?」
「いや、わかんないならいいけど。いや、よくはないか。でも、とにかくあれだな、なんか」
「おまえ、日本語、下手だよな」
「凛に言われたくない。おまえも相当下手だよ」
お猪口を持ち上げて、春風が唇を尖らせる。かわいいつもりか。
「口数が少ないとか、不器用とか。昔気質とか。無駄に凛に都合の良い言葉があるからって、それに甘えてると碌なことにならな……」
不意に、春風の声が途切れた。
小さなブラウン管の中で、真面目な面持ちの時東がズームアップされていく。いつもの軽薄な物言いとは違う、静かな語り口。
喋り終えた時東が、ゆっくりと一礼する。数秒であるはずのそれが、なんだかどうしようもなく長い感じがした。
場違いなほど明るいアナウンサーの進行で、画面がステージに切り替わる。『月と海』の新譜。自身が生み出したイントロを聞くともなしに聞いていた春風が、お猪口を傾けながら、
「時東くんも、下手だね、日本語」
と、言った。
[11:南凛太朗 12月22日8時3分]
41
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる