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縁とは異なもの味なもの
10:時東はるか 12月17日21時55分 ②
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「『月と海』さん、時東さん、まもなく出番です」
出演している歌番組のスタッフの声に、時東はゆっくりと顔を上げた。
ステージ歌唱の前に司会者からの紹介を兼ねた軽いトークがあり、二組ずつ登壇することになっている。その順番が近づいたということだ。
カメラに抜かれても問題のない顔をつくって、立ち上がる。なにせ、生放送なのだ。下手な真似はできない。
よろしくね、ときれいな声がかかったのは、内心で溜息を呑んだタイミングだった。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
笑顔で挨拶を返した時東に、『月と海』の女性ボーカリストは猫のような目を細めた。誰もが認める美少女顔ではないけれど、十二分に蠱惑的なファニーフェイス。
デビューも時東より早く、実績もあるデュオだ。
「やっぱり。時東くんって噂どおりの人みたい」
「噂? どうせろくでもない噂でしょう。勘弁してくださいよ」
「そうね。でも、教えてあげない」
カチンとくる一言を残し、ふわりと濃紺のスカートを翻す。
立ち位置に向かう背中を愛想笑いで見送った時東に、デュオの片割れが追い抜きざまにフォローを一言。
「ごめんね。今日、うちの月子、機嫌悪くて」
「はぁ、いえ」
同業から好かれていない自覚はあるので構わないのだが、本番直前に嫌がらせじみた発言を投げつけられたのは、ひさしぶりではあった。ましてや、女の子に。
――まぁ、べつに好かれたいわけでもないし。
そもそもとして、他人を拒絶する態度を取り続けているのは時東のほうだ。そういう意味では、文句を言う筋合いもない。
揉めないでくれと言わんばかりのハラハラとした岩見の視線には気づかないふりで、立ち位置に向かう。
CMが開ければ、トーク開始だ。スタッフの手振りが入り、女性アナウンサーがにこやかな笑みを浮かべる。
テレビ用の笑顔を見つめているうちに、南食堂の古いテレビが思い浮かんだ。
今この時間、あのテレビはついているのだろうか。この番組が流れていたりするのだろうか。
可能性を一蹴できないのは、時東に興味がないという顔で、ごくまれに情報を把握しているようなことを言うからだ。
なかったものとして封印した大昔のCDジャケットが、あの日以来、頭の片隅にこびりついている。
「それでは次のゲストの紹介となります。大人気デュオ『月と海』のおふたりと、時東はるかさんに来ていただいています」
カメラに抜かれると同時に、観客席からわざとらしいほどの黄色い声援が上がる。その声に応えるように、時東は芸能人の顔でほほえんだ。
見ていなければいいのに、と思いながら。
「『月と海』のおふたりは、今日ははじめてテレビで新曲を披露してくださいます。おふたりにしては珍しい甘いラブソングとのことで」
「ラブソングは苦手だったのですが、とうとう初挑戦となりました」
「なにか心境の変化でも? たとえば、月子さんに素敵な恋人ができただとか」
問いかけに、観覧席から悲鳴のような歓声が上がる。リハーサルどおりの予定調和だ。
「残念ながら、私の体験談ではないのですが。友人のじれったい話を聞いているうちに、ピュアな歌詞ができてしまったんです。好きだけど、好きだと言えない。そんな恋を経験したことがある方も多いんじゃないでしょうか。淡くてピュアで、幸せだった気持ちを思い出してもらえたらうれしいです」
舞台袖での不遜さを完璧に打ち消した可憐な笑顔でトークをしめて、ふたりがステージへはけていく。
軽い会釈で見送り、自身の番に備え笑みを浮かべ直した。何年も何年も維持してきた、時東はるかの顔。
出演している歌番組のスタッフの声に、時東はゆっくりと顔を上げた。
ステージ歌唱の前に司会者からの紹介を兼ねた軽いトークがあり、二組ずつ登壇することになっている。その順番が近づいたということだ。
カメラに抜かれても問題のない顔をつくって、立ち上がる。なにせ、生放送なのだ。下手な真似はできない。
よろしくね、ときれいな声がかかったのは、内心で溜息を呑んだタイミングだった。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
笑顔で挨拶を返した時東に、『月と海』の女性ボーカリストは猫のような目を細めた。誰もが認める美少女顔ではないけれど、十二分に蠱惑的なファニーフェイス。
デビューも時東より早く、実績もあるデュオだ。
「やっぱり。時東くんって噂どおりの人みたい」
「噂? どうせろくでもない噂でしょう。勘弁してくださいよ」
「そうね。でも、教えてあげない」
カチンとくる一言を残し、ふわりと濃紺のスカートを翻す。
立ち位置に向かう背中を愛想笑いで見送った時東に、デュオの片割れが追い抜きざまにフォローを一言。
「ごめんね。今日、うちの月子、機嫌悪くて」
「はぁ、いえ」
同業から好かれていない自覚はあるので構わないのだが、本番直前に嫌がらせじみた発言を投げつけられたのは、ひさしぶりではあった。ましてや、女の子に。
――まぁ、べつに好かれたいわけでもないし。
そもそもとして、他人を拒絶する態度を取り続けているのは時東のほうだ。そういう意味では、文句を言う筋合いもない。
揉めないでくれと言わんばかりのハラハラとした岩見の視線には気づかないふりで、立ち位置に向かう。
CMが開ければ、トーク開始だ。スタッフの手振りが入り、女性アナウンサーがにこやかな笑みを浮かべる。
テレビ用の笑顔を見つめているうちに、南食堂の古いテレビが思い浮かんだ。
今この時間、あのテレビはついているのだろうか。この番組が流れていたりするのだろうか。
可能性を一蹴できないのは、時東に興味がないという顔で、ごくまれに情報を把握しているようなことを言うからだ。
なかったものとして封印した大昔のCDジャケットが、あの日以来、頭の片隅にこびりついている。
「それでは次のゲストの紹介となります。大人気デュオ『月と海』のおふたりと、時東はるかさんに来ていただいています」
カメラに抜かれると同時に、観客席からわざとらしいほどの黄色い声援が上がる。その声に応えるように、時東は芸能人の顔でほほえんだ。
見ていなければいいのに、と思いながら。
「『月と海』のおふたりは、今日ははじめてテレビで新曲を披露してくださいます。おふたりにしては珍しい甘いラブソングとのことで」
「ラブソングは苦手だったのですが、とうとう初挑戦となりました」
「なにか心境の変化でも? たとえば、月子さんに素敵な恋人ができただとか」
問いかけに、観覧席から悲鳴のような歓声が上がる。リハーサルどおりの予定調和だ。
「残念ながら、私の体験談ではないのですが。友人のじれったい話を聞いているうちに、ピュアな歌詞ができてしまったんです。好きだけど、好きだと言えない。そんな恋を経験したことがある方も多いんじゃないでしょうか。淡くてピュアで、幸せだった気持ちを思い出してもらえたらうれしいです」
舞台袖での不遜さを完璧に打ち消した可憐な笑顔でトークをしめて、ふたりがステージへはけていく。
軽い会釈で見送り、自身の番に備え笑みを浮かべ直した。何年も何年も維持してきた、時東はるかの顔。
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