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縁とは異なもの味なもの

7:時東はるか 11月30日23時55分 ③

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 南が地元に戻ろうと決めた理由は、ある意味でとてもわかりやすい、と時東は思う。親の遺した店を継ぐと決めたからだ。そうだとすれば、あの人の決め手はなんだったのだろう。
 視線を隣に流すと、南の横顔が視界に入った。静かに外を見つめるそれは、それなりに整っているものの、女性的でもなければ中性的でもない、男のものだ。それも自分より年上の。
 そうでしかないのに、この人の傍にいると、気が安らぐ。
 もし自分が、と。とりとめのないことを時東は考えた。自分がこの人と同い年で、同じ場所に生まれ、一緒に育ったら、その先もずっと傍にいたいと願ったかもしれない。

「あのさ。この前、俺がここに来た日のことなんだけど」
「ん? ああ、おまえがおでん持ってきた日な」
「そう。そうなんだけど、……その、あの日って、なにかあったかな」
「なにかって?」
「春風さんがすれ違ったときに」

 なんと言えばいいのか。迷ったのは、覚えた焦燥を言葉にできる気がしなかったからだ。
 妙な感情の揺らぎを見せたくないと思うのは、意地なのだろうか。いまさら格好をつけたところで意味がない程度には、醜態を晒しているというのに。

「あぁ」

 察したらしい南が、グラスから口を離した。感情のない平たい声。

「親の命日」

 だからか、と素直に得心した。だから、来るのか。

「それだけ。おまえがいて、気が紛れてよかったわ。変な話聞かせて、おまえには悪かったけど」
「あのね、南さん」

 縁板のひんやりとした冷たさが、置いた指先から伝わってくる。その温度を感じながら、時東は呼びかけた。
 夜に慣れてきた目に、家庭菜園らしき畑が映る。この庭で小さかったこの人は遊んでいたのだろうか。そうして、今、なんの因果か時東と並んで酒を吞んでいる。夜風と虫の声。生きている音がした。

「俺、曲が作れないの」

 口にしたのは、はじめてだった。けれど、想像していたよりもずっとさらりとした音になった。案外と言えてしまうものだったのだと知る。
 認めたくない、認めるわけにはいかないと必死で抗っていたなにかですら、ここであれば。

「そうしたら、物の味もわからなくなってきた」

 にことほほえんだ時東に、南の瞳が一度ゆっくりと瞬いた。

「知ってた」
「え? 本当?」
「具体的になにがどうとは知らなかったけど。おまえ、異常に俺の飯にこだわってたし。なにかしらあるのかな、とは」

 それは果たして、「知っていた」なのだろうか。自分の笑顔が情けなく崩れていることを時東は疑った。

「ここにギター持ってきてもいい?」
「好きにしろ」
「ここで缶詰してもいい?」
「自分のことは自分でしろよ」

 あっさりと請け負った南が、手に取った酒瓶をそのまま戻した。空になったらしい。
 呑むペース早いなぁ、と心配になったのだが、言っても、たぶん気には留めてくれないだろう。だから、時東は名前を呼んだ。

「南さん」
「なに」

 立ち上がった南が、邪険そうに振り返る。その目をまっすぐ見つめたまま、時東は一息に告げた。

「大好き」

 この人に出逢えてよかったと心の底から思っている。時東を見下ろしていた南が呆れた顔をして背を向けた。

「あぁ、そう」
「だから、ちょっと、なんで南さんは、大スターの告白をいつもいつも軽く流すの!」

 あんまりと言えばあんまりだ。飼い犬よろしく吠えながら、どこかに歩いていく南を追いかける。顔は見えない。けれど、声は疑いようもなく呆れ切っていた。

「そんなもん、おまえが本気じゃないからに決まってるだろうが」

「そんなことないもん」と子どもじみた反論を試みた時東だったが、効果がないことはわかり切っていて、軽く頬を膨らませる。
 必要以上に本気だと迫って、店を出禁にされると、ものすごく困る。死活問題だ。というか死んでしまう。

「俺はこんなに南さんのことが好きなのになぁ」

 そんなわけだったので、時東はあくまで冗談に聞こえる調子を選んだ。前を行く南の肩がかすかに揺れ、小さな溜息が耳に届く。

「おまえが好きなのは、俺の飯だろ」

 否定できない。けれど、それは三ヶ月前の自分だったらば、だ。
 それだけだったら、こんなところまで来ないに決まっている。覚えたもやもやを押し込んで、へらりと笑う。
 きっともう日付が変わって、十二月になった。
 この人と出逢って、まだたったの三ヶ月だ。「もう」なのかもしれない。でも、まだまだ足りない気がしていた。会う時間が増えれば増えるほど、もっともっと知りたくなる。
 来年は、と思った。来年の俺はどうしているのだろう。どうしていたいのだろう。
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