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縁とは異なもの味なもの

5:時東はるか 11月24日15時20分 ③

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「南さんはずっとここに住んでるの?」
「いや」

 たまたま振っただけの話題だったのだが、南は中途半端に言葉を切った。
 言いづらいことだったのだろうか。そうだとすれば、べつに言わなくてもいいのだが。そんなことを考えながら、もぐもぐと豚肉を頬張る。鶏肉のぷりぷりとした食感もいいけど、豚は豚でいいなぁと思う。なにより、味があるし。
 ちら、と正面に座る南に目をやると、新しい発泡酒の缶を開けているところだった。
 
 ――いや、本当、いいんだけどな。べつに言わなくて。

 だって、ただの世間話だ。
 時東は自分がドライだと知っている。人間関係に深入りをする気がないのだ。そういう意味で言うと、最近の自分は少しばかりイレギュラーかもしれない。
 お裾分けなどという取ってつけた理由で、この人に会いに来ている。缶に口をつけ、南が呟くように言った。

「大学は東京だったから、そのあいだはさすがに離れてた。三年くらいだけど」

 それはまた中途半端な期間だな、と思った。問われたくないのであれば、匂わさなければいいのに。嘘だとわかっても、自分は話に乗るのに。さも平然と、ほほえんで。
 呆れ半分な感情を抱きつつも、人当たりの良い顔で相槌を打つ。

「でも帰ってきたんだ、ここに」
「うちの親が死んだから。昔はあんな店、誰が継ぐかって思ってたのにな」

 話半分で動かしていた時東の箸が止まった。気がついているのか、いないのか。自嘲のような表情を浮かべ、南が酒を傾ける。続いた声は静かだった。

「そのときは、まだ、ばあちゃんが生きてたんだけど、手続きとかも大変だった。俺も二十歳そこそこで、なにもわかってなかったし。ただ、もう二度といいわって思ったな。面倒くせぇ。死亡届出して、保険喪失させて、家も土地も、全部名義変えて、なかったことにして、喪主までやって、火葬して。もういいわ、あんなのは」

 結婚しないのか、という問いの答えだったことに、時東は一拍遅れて気がついた。

「去年、ばあちゃんが死んだときは、多少スムーズにできたけど、なんの自慢にもならねぇわな」
「おばあさんは安心したんじゃない。それでも。南さんがここにいてくれて」

 少なくとも、時東だったら安心する。この人が同じ家にいれば。口にすることはさすがに憚られたけれど。
 にことほほえむと、南の顔に張りついていた厳しさが和らいだ気がした。だが、気のせいだったかもしれない。

「変なこと言って悪かった」

 あまり知らない他人だから口にできてしまう、ということはある。だから、止まっていた箸を動かし、おいしいね、と時東は呑気に笑った。

「帰るんだよな、今日は」
「うん。明日、午前中から仕事なんだ、俺」

 そのつもりで酒は飲んでいない。南もそのつもりだったはずだ。つまり、確かめているだけ。そう承知しているのに、引き留めたがってるようにも響く。
 凶悪だなぁと苦笑したくなったものの、なにに対してのことなのかはわからないことにした。


「南さん、俺ね」

 二十二時を回るころになって暇を告げた時東を、南は玄関先まで見送りに出てくれた。
 今日はありがとう、と伝えようとした言葉を呑み込んで、南を見る。台詞を変えた理由は衝動に近かった。

「少なくとも、俺は南さんの店で南さんに逢えてよかったよ」

 あのとき、あのロケに出て、あの店に入って。南さんのごはんを食べてよかった。心の底から時東はそう思っている。
 じゃあなというように、南が軽く片手を上げる。にこりと笑い、時東はごちそうさまと頭を下げた。
 なんとなくエンジンをかける気にならなくて、国道までバイクを押したまま歩いていく。向かってくる人影に気がついたのは、半分ほど下ったときだった。

「春風さん」
「今、帰り?」

 立ち止まった時東を、ほんの少し意外そうに見つめた春風が首を傾げた。

「あいつ今日、変じゃなかった?」
「え……?」

 返答に迷った時東に、春風が小さく笑う。

「あぁ、ごめん。なんでもない」

 なんでもない、って。なら聞くなよ。思ったが、それだけだ。曖昧にほほえみ返した時東の脇を、春風はあっさりとすり抜けていく。
 凛、と彼を呼ぶ明るい声。時東にはすることのできない呼び方。あっというまににぎやかになった背後を気にしないふりで、時東は細い道を下りきった。
 ヘルメットを被り、手袋をつけながら、きっとお裾分けは、またお裾分けされていくのだろうなぁ、と。せんないことを思う。そうして、ひとつ溜息を吐いた。なんだか気に食わない。昼間にも湧いた謎の感情が、また自分の中で渦巻いている。

 ――なんなんだろうな、本当。

 エンジンを回し、夜の国道を走り出す。昼間の比でなく、夜の風は冷たかった。
 前言撤回。渦巻く感情を諦めて、時東は認めた。
 羨ましくないなんて、嘘だ。あそこにもっといたいと、なぜか強く思ってしまっている。
 こんな感情、「少しイレギュラー」じゃ収まりきらないとわかっているのに。
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