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縁とは異なもの味なもの
4:時東はるか 11月24日10時46分 ②
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向かう風は冷たいが、口笛を吹きたくなるほど気分が良い。空は晴天。ひさしぶりの丸一日オフデーで、なによりも、向かう先は南家だ。
「南さーん。あれ、いない?」
店を素通りし、数日前に訪問したばかりの南家のドアベルを鳴らす。返ってこない反応に肩を落とした時東だったが、約束をしていたわけでもない。
――家にいると思って押しかけたけど、どっか出かけちゃったのかなぁ、南さん。
目つきは悪いが、南は男前に分類される顔をしているし、面倒見も良い。くわえて情にも厚そうだ。
彼女のひとりやふたり――いや、ふたりいたらおかしいと思うけど――、いてもおかしくないのだろう。そうでなくとも、定休日に友人と遊びに出るというのは、十分にありうる話だった。でも、なんか。拗ねた子どもの心地で呟く。
「……気に食わない」
って、さすがにおかしいだろ。こぼれたひとりごとに、時東は門扉の前で天を仰いだ。箱を抱えたまま立ち尽くすこと、約二分。
ひとつ諦めて、緩やかな坂を下り始める。もしかしたら、店にいるかもしれない。どうせ時間はあるのだし、物は試しというやつだ。
人通りのない国道沿いをゆっくりと歩く。足元から響く虫の声といい、なんだか妙に長閑な空気だ。
自分のいる業界と比べると、随分とゆったりとしていると思った。
「こっちにもいない、か」
半ば以上わかっていたことでも、目の当たりにすると落胆するのが人情だ。
南食堂の入口に出ているのはそっけない『定休日』の木の札で、中は見えないものの物音ひとつ聞こえてこない。
――家の前にでも置いて帰ろうかなぁ。いや、べつに持って帰ってもいいんだけど。
こうなると連絡先を知らないことがちょっと不便だ。だが、知りたいかと問われると、前言を撤回して悩むところではある。この距離感が心地の良さの秘訣とわかっているからだ。
まぁ、いいか、と割り切って、段ボール箱を抱え来た道を戻る。妙に長閑と表現したとおりの、田園が目立つ片側一車線の田舎の国道だ。車の通りも多くない。
周囲を眺めながら歩いていた時東の足が、ふと丁字路を折れる前で止まった。田んぼの中に人がいたからである。
草刈りに精を出しているようだが、いやに動きがきびきびとしている。田園風景に似合うおじいちゃんかと思いきや、案外と若そうだ。
こんな田舎にも若い人はいるんだなぁ、なんて。推察を楽しみつつ、しげしげと見下ろしていると、ひょいと顔が上がった。
その顔に、ぱしりと目を瞬かせる。
「南、さん?」
「あ? なにやってんだ、おまえ」
段ボール箱を抱えて見学をしていた自分は、たしかに「なにやってんだ」だったかもしれない。へらりとした笑みを取ってつける。
「いや、ちょっとお裾分け? というか、南さんこそなにやってるの? 南さんの畑?」
「田んぼな、これ。休耕地だけど。近所のばあちゃんの田んぼなんだけど、誰も継ぐ人いなくてな」
だから自分が草刈りをしているのだと説明されて、へぇ、と頷く。田んぼとも無縁の人生だったので、聞いてもよくわからない。なけなしの知識で、時東はもうひとつを問いかけた。
「草刈機とか使わないんだ?」
「なにで動くと思ってんだ。金かかるだろうが」
呆れたように返して、南が立ち上がった。頭に巻いていたタオルを外し、乱暴に汗をぬぐっている。
「お裾分けって、それ?」
「え、あ、うん。あの、このあいだ、ラジオで南さんのおでんのこと話したら、ご当地おでんセットが大量に送られてきたの。それで」
「あぁ、おまえ、えらいハイテンションだったもんな」
「……え?」
「先に家、行ってるか? もうちょっと、こっち、時間かかるから」
田んぼから放物線を描いて飛んできた鍵が、きれいに箱の上に落ちた。相変わらず、なんて雑さだ。おかげで、「南さん、俺のラジオ聞いてるの?」という疑問を呑み込んでしまったではないか。
ほんの少しの逡巡のあと、時東は残ることを選択した。南の言うとおり先に家に向かってもよかったのだが、もう少し立ち会いたかったのだ。
「見てていい?」
「べつにいいけど、楽しくもなんともねぇぞ」
言うなり、南は再びしゃがみ込んだ。雑草を刈り取るリズミカルな音と虫の鳴き声が混ざり合っていく。
なんか、いいな。しみじみと見つめ、時東もあぜ道に座り込んだ。やっぱり、良い天気で、良い景色だ。
「南さーん。あれ、いない?」
店を素通りし、数日前に訪問したばかりの南家のドアベルを鳴らす。返ってこない反応に肩を落とした時東だったが、約束をしていたわけでもない。
――家にいると思って押しかけたけど、どっか出かけちゃったのかなぁ、南さん。
目つきは悪いが、南は男前に分類される顔をしているし、面倒見も良い。くわえて情にも厚そうだ。
彼女のひとりやふたり――いや、ふたりいたらおかしいと思うけど――、いてもおかしくないのだろう。そうでなくとも、定休日に友人と遊びに出るというのは、十分にありうる話だった。でも、なんか。拗ねた子どもの心地で呟く。
「……気に食わない」
って、さすがにおかしいだろ。こぼれたひとりごとに、時東は門扉の前で天を仰いだ。箱を抱えたまま立ち尽くすこと、約二分。
ひとつ諦めて、緩やかな坂を下り始める。もしかしたら、店にいるかもしれない。どうせ時間はあるのだし、物は試しというやつだ。
人通りのない国道沿いをゆっくりと歩く。足元から響く虫の声といい、なんだか妙に長閑な空気だ。
自分のいる業界と比べると、随分とゆったりとしていると思った。
「こっちにもいない、か」
半ば以上わかっていたことでも、目の当たりにすると落胆するのが人情だ。
南食堂の入口に出ているのはそっけない『定休日』の木の札で、中は見えないものの物音ひとつ聞こえてこない。
――家の前にでも置いて帰ろうかなぁ。いや、べつに持って帰ってもいいんだけど。
こうなると連絡先を知らないことがちょっと不便だ。だが、知りたいかと問われると、前言を撤回して悩むところではある。この距離感が心地の良さの秘訣とわかっているからだ。
まぁ、いいか、と割り切って、段ボール箱を抱え来た道を戻る。妙に長閑と表現したとおりの、田園が目立つ片側一車線の田舎の国道だ。車の通りも多くない。
周囲を眺めながら歩いていた時東の足が、ふと丁字路を折れる前で止まった。田んぼの中に人がいたからである。
草刈りに精を出しているようだが、いやに動きがきびきびとしている。田園風景に似合うおじいちゃんかと思いきや、案外と若そうだ。
こんな田舎にも若い人はいるんだなぁ、なんて。推察を楽しみつつ、しげしげと見下ろしていると、ひょいと顔が上がった。
その顔に、ぱしりと目を瞬かせる。
「南、さん?」
「あ? なにやってんだ、おまえ」
段ボール箱を抱えて見学をしていた自分は、たしかに「なにやってんだ」だったかもしれない。へらりとした笑みを取ってつける。
「いや、ちょっとお裾分け? というか、南さんこそなにやってるの? 南さんの畑?」
「田んぼな、これ。休耕地だけど。近所のばあちゃんの田んぼなんだけど、誰も継ぐ人いなくてな」
だから自分が草刈りをしているのだと説明されて、へぇ、と頷く。田んぼとも無縁の人生だったので、聞いてもよくわからない。なけなしの知識で、時東はもうひとつを問いかけた。
「草刈機とか使わないんだ?」
「なにで動くと思ってんだ。金かかるだろうが」
呆れたように返して、南が立ち上がった。頭に巻いていたタオルを外し、乱暴に汗をぬぐっている。
「お裾分けって、それ?」
「え、あ、うん。あの、このあいだ、ラジオで南さんのおでんのこと話したら、ご当地おでんセットが大量に送られてきたの。それで」
「あぁ、おまえ、えらいハイテンションだったもんな」
「……え?」
「先に家、行ってるか? もうちょっと、こっち、時間かかるから」
田んぼから放物線を描いて飛んできた鍵が、きれいに箱の上に落ちた。相変わらず、なんて雑さだ。おかげで、「南さん、俺のラジオ聞いてるの?」という疑問を呑み込んでしまったではないか。
ほんの少しの逡巡のあと、時東は残ることを選択した。南の言うとおり先に家に向かってもよかったのだが、もう少し立ち会いたかったのだ。
「見てていい?」
「べつにいいけど、楽しくもなんともねぇぞ」
言うなり、南は再びしゃがみ込んだ。雑草を刈り取るリズミカルな音と虫の鳴き声が混ざり合っていく。
なんか、いいな。しみじみと見つめ、時東もあぜ道に座り込んだ。やっぱり、良い天気で、良い景色だ。
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