隣のチャラ男くん

木原あざみ

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隣との距離②

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 ゆく年くる年が始まる前に、三人でマンションを出る。もう何年も続けてきたことなのに、外に一歩目を踏み出す瞬間のかなみは、あいかわらず楽しそうだった。すーっと空気を吸い込んで、

「夜のにおいだぁ」

 と笑っている。その横顔に向かって、真白は渋い声を出した。

「おまえ、帰りは絶対一緒に帰るとしても、境内でも気をつけろよ」
「えー、さすがにそんな変な人いないでしょ。いたら罰当たりすぎない?」

 罰当たりだとかそんなことを考えないやつが変なことをするんだろう、と思ったものの、水を差しすぎるのもよくはないかもしれない。初詣前に拗ねられても困る。
 去年までは三人でお詣りをしていたのに、今年は境内で友達と合流すると言って振られてしまったのだ。
 寂しいが、これも成長なのだろう。そう思うことにして、「まぁ、とにかく気をつけろよ」とだけ繰り返す。

「はい、はい。お兄ちゃんは心配性だなぁ」

 軽くあしらわれてむくれていると、慎吾にまでふっと笑われてしまった。

「なんだよ、心配性で悪かったな」
「悪くない、ない。あいかわらずだなって思って。……あ、かなちゃん。お友達、もう来てるんじゃない?」

 慎吾の指先を辿ると、石段の下に集まっていた女の子のグループがあった。男はいないらしい。そのことに無意識にほっとする。

「本当だ。じゃあ、またあとでね」

 兄の気持ちを知らない妹は、振り返ることなく友達のもとへ駆け寄っていく。きゃいきゃいと楽しそうに石段を上る集団を見送って、真白は隣を見上げた。視線に応えるかたちで、慎吾がにこりとほほえむ。

「どうする? 俺たちも行く?」
「どうするって、ここまで来たら、行くしかないだろ」

 いくら境内は人であふれているだろうからといって、なにもせずに小一時間ここで待つのはどうかと思う。
 それなのに、慎吾はなんでもないことのように笑った。

「しろが人混みが嫌だったら、ここで待っててもいいよって思っただけ」
「……マジか」
「うん。俺もそこまでお願いしたいことないからねぇ」

 はい、と差し出された手に、真白は目を瞬かせた。

「なに」
「だって、人多いし。それに繋いでいたら、ちょっとはあったかいかもよ」

 なんの他意もなさそうな台詞だったのに、なぜかためらってしまった。行き場に迷った手は、自分のダウンジャケットのポケットにおさまる。

「こっちのほうがあったかいし、いい」

 少し前なら、なにも考えずに手を重ねていたかもしれない。けれど、今は少しだけ気恥ずかしかったのだ。ちら、と慎吾を窺う。変に思われたかなという真白の懸念を、幼馴染みはいつもどおりの笑顔で一蹴してみせた。

「じゃあ、並んで歩いてるから、ぼーっとしてはぐれないでね」


 鈴が頭上でがらんがらんと鳴り響いている。
 やっと回ってきた順番にほっとして、真白は賽銭を投げ入れた。鈴を鳴らして二礼二拍手一礼。しみついた習性で頭を下げて、願いごとを考える。
 できることなら、今年も平凡な毎日がいいよなぁ。
 年寄りじみたことを願って、最後に一礼。

 ――願いごと、か。

 顔を上げると慎吾の横顔が目に入って、真白はもう一度だけ、小さく手を合わせた。

「もういい?」

 耳元でささやかれた声に頷くと、そのまま腕を引かれた。まだ多くの人が並んでいる。みんな、それぞれ願いごとがあるんだろうな。そんなあたりまえのことをふと思った。

「あ、かなちゃんたちだ」

 甘酒をふるまう列に並んでいた妹も、こちらに気がついたらしく小さく手を振ってよこす。
 真白も手を振り返して、それからまた人の波に乗って歩き出した。人が多いのに不思議とあまりしんどくない。その理由に、真白はワンテンポ遅れて気がついた。
 慎吾が歩きやすいようにしてくれているからだ。
 いつもこうやって、自分がすぐには気がつけないことにまで、気を回してくれている。

「慎吾」

 呼びかけると、「ん?」と幼馴染みが首を傾げた。

「疲れた? もう外で待ってよっか?」
「いや、そういうわけでもないんだけど」
「そう? でも俺も疲れたし、石段下りたところで待ってようよ」

 はい、決定と笑って、帰宅していく流れのほうに慎吾が歩く先を変える。石段を下りて少し脇に逸れた道に入ると、人波がやっと少しまばらになった。
 なんか飲み物買ってこようか、と気遣われて、いいよ、と真白は首を振った。
 なんでもかんでもやってもらうことは、さすがに気が引ける。というか、なんでもやってくれるから一緒にいたいわけでもない。慎吾がどう思っているのかはわからないけれど、真白はそのつもりだ。

 ――もしかして、こういうことか?

 妹が言っていた、伝えたら安心するだろうこと。ぼんやりと真白は隣に目を向けた。慎吾は、通り過ぎていくグループを見つめたまま、寒いねぇ、と笑っている。

「しろはさ、なにをお願いしたの?」
「べつに……、いつもどおりだけど」
「いつもって、あれだよねぇ。今年ものんびりできますように、でしょ」

 それだけではなかったけれどと思いながら、真白は慎吾に問いかけた。

「慎吾は?」
「ん、んー……、そうだね」

 なぜか慎吾は少し照れたように視線を動かした。そして告白する。 

「俺、今年はしてないんだよね、あんまり」
「なんで?」
「去年、幸せいっぱいもらったから。なんか、もう十分だなぁって」

 口元をほころばせた幼馴染みの手を、気がついたら真白は握っていた。

「しろ?」

 不思議そうに慎吾が繋がれた手元を見つめていた。冷たい指先が絡む。

「俺は」

 言い出したくせに、言葉に詰まってしまった。そんな真白を急かすでも茶化すでもなく、慎吾は優しく笑いかけてくる。

「なに?」

 その声は、どこまでも優しかった。
 ずっと近くにあればいいなと思った。
 同じようななにかを返せているのかなとも思った。

「俺は、慎吾が今年も一緒にいてくれたらうれしいって。そう、今年も参拝してきたけど」

 どこまでも自分に甘い幼馴染みは、虚を突かれた顔をしたあとに、「そっか」と笑った。どこまでも愛おしそうに。

「俺もだよ」

 俺は同じような顔をできているのだろうかと真白は思った。できていたらいいなと思った。だって、「特別」であることに変わりはないのだから。
 どうか今年も一緒にいられますように。
 そうだったら、それだけで、たぶん幸せな年なんだろう。
 ほんの少し関係性を変えた幼馴染みふたりの上で、新年の月は優しく輝いていた。

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感想 1

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みんなの感想(1件)

キノウ
2022.11.15 キノウ

隣も大騒動①で【野々村】【野々宮】となってました。どちらが合ってるのかな?
真白に慎吾の気持ちが届いてないのが笑えます😆(慎吾は悲しいですね😅)

木原あざみ
2022.11.23 木原あざみ

コメントありがとうございました。気づくのが遅くなりすみません💦
ご指摘もありがとうございました。また修正させていただきますね😊🙏

解除

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