隣のチャラ男くん

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
8 / 19

お隣さんの眠れない夜①

しおりを挟む
「はぁ? 意味わかんないんだけど」
「だから、そろそろ終わりにしよって、そう言ってんの」

 別れ話の場として選定した大学近くの大手コーヒーチェーンで、慎吾はへらりとした笑みを浮かべた。人目の多い場所――それも、知り合いに見つかる確率が高い――で、ごねたい人間はそういまい。
 童顔を険しくさせている相手に向かって、柔らかい調子で繰り返す。

「それに、ほら。もともと、お互い後腐れなく、気が向いたときにって話だったでしょ?」

 そう、たしか三ヶ月ほど前に、そんな取り決めを交わしたはずなのだ。じっとこちらを見つめていた相手が、今度は拗ねた顔になる。

「……慎吾はもう気が向かないって?」
「どうしたの、そんな顔して。べつに俺じゃなくても、南ちゃんなら、いくらでもいい相手見つけられるでしょ」

 エベレスト級のプライドをくすぐって、駄目押しでほほえむ。

「だから、今日で終わりにしよ?」

 さぁ、どう出る。頼むからきれいに終わらせてくれ。面倒くさいから。なんなら一発くらい殴ってくれてもいいから。でも泣き落としは勘弁してほしい。
 薄情なことを考えながらも、笑顔はキープで反応を待つ。少しの間のあとで、南がいつもの笑顔を取り繕った。
 勝利を確信して、慎吾も笑みを深める。「そうだね」と意味深長に呟きながら、南がコーヒーに手を伸ばした。

「次は趣味の悪くない男を選ぼうかな」
「なに、それ。それじゃ俺が趣味悪いみたいじゃん」
「悪いでしょ」

 カチンとくるものがあったらしい。苛立ちをにじませたまま、南が吐き捨てる。

「だいたい、大学生にもなって、二言目には幼馴染み幼馴染みって、どう考えてもおかしくない? おかしいよね。あの子もさ、俺の周りちょろちょろして本当うざかったんだけど」
「うーん」

 うろちょろしてたのは南ちゃんのほうじゃないのかなぁ、という疑念は湧いたが、慎吾は笑って受け流した。

「そうかなぁ」
「そうなんだってば。なんか勘違いしてんじゃないの、あいつ。俺に勝てるわけがないのに」
「勝てる?」
「そ。誰がどう見たって、俺のほうが上じゃん。だって、相手はあれだよ。あの、なに考えてるのかわかんないぼーっとした顔の」
「ねぇ、南ちゃんさ」

 たしかに、なにを考えているのかわかりづらい顔ではあるかもしれない。そう認めつつも、慎吾は話を遮った。まぁ、どんな顔でも、俺にはわかるんだけど、とも思いながら。

「それとこれ、今、関係のある話だった?」

 黙り込んだ南に、言い含めるように続ける。もちろん、優しく言ったつもりだ。

「俺と南ちゃんふたりの話でしょ」
「……そうだね」

 はっとしたように南が笑みを浮かべた。もしかして俺の笑顔が怖かったんだろうか。いや、ないない。そんなこと。

「そうだね、俺と慎吾の話だもんね」

 それももう終わったけどね、と告げる代わりに慎吾も笑った。
 たぶん世間一般的に見たら、南はかわいいのだろうと思う。でも。

 ――俺にはしろのほうがかわいく見えるんだもんな。

 南いわくの「なにを考えているのかわからない童顔」が連想されると、早く帰りたくなってしまった。
 どうでもいい話にうんうんと相槌を打ちながら、早く終わんねぇかなぁ、と誠意のないことをチャラ男は考える。
 夢見荘に帰れば、すぐそばに真白の気配がある。
 慎吾にとってそれは、なによりも抗いがたい誘惑なのだった。



   【お隣さんの眠れない夜】


 
 夢見荘の半分以上の窓から明かりは消えていた。もう深夜一時に近い時間だ。当然のごとく早寝の幼馴染みの部屋はまっくらである。
 変わり映えのない日常を確認して、忍び足で階段を上る。最大限に足音を殺す方法は、経験則で身に付けた。

 ――もう、一年だからなぁ。

 この場所で、真白と暮らし始めて、それだけの時間が流れている。
 改めて意識すると、ちょっと妙な感じだな。内心でそう苦笑しながら、自室のドアを開ける。生まれたときから続く腐れ縁は、二十年近く経って環境が変わった今も、途切れていないのだから。
 今日の夜はべつべつに済ませたが、明日の朝はなにをつくってやろう。そんなことを考えながら、シャワーを浴びてベッドに入る。アラームをセットして枕元にスマホを置いたところで、慎吾は「ん?」と壁に目をやった。物音が聞こえた気がしたのだ。
 めったなことでは起きないはずなのに、どうしたのだろう。あの幼馴染みは、基本が寝汚いのだ。ついでに眠りも深い。震度四程度の揺れでは、びくともせずに眠り続けることも、慎吾はよくよく知っている。
 ガチャリという音がして、玄関のドアが開く。あら、これは本格的に珍しい。けれど慎吾は身は起こさずに視線だけを音のほうに向けた。
 遮るドアも壁もない六畳一間である。起き上がらなくても、十分にその姿は確認できた。外廊下の蛍光灯の薄明かりに、寒そうな素足が照らされている。早く入ってきたらいいのにと思うのに、影は、なぜかその場から動こうとしなかった。ためらうようにじっと立ちすくんでいる。
 しかたないなぁと慎吾は「しろ」と呼びかけた。その声に、ぎこちなく影が一歩を踏み出した。畳の軋む音が、すぐそばで止まる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!

toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」 「すいません……」 ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪ 一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。 作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】トルーマン男爵家の四兄弟

谷絵 ちぐり
BL
コラソン王国屈指の貧乏男爵家四兄弟のお話。 全四話+後日談 登場人物全てハッピーエンド保証。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

30歳まで独身だったので男と結婚することになった

あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。 キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

処理中です...