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隣が痴話げんか②
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雑誌コーナーの一角で、立ち読みどころか座り読みを決め込んだまま、真白は壁時計に視線を向けた。二十三時。勤務時間終了から、きっかり一時間が経っている。
だがしかし。
「なんかなぁ。帰りたくないんだよなぁ」
ひとりごちて、真白はジャンプを雑誌ラックに戻した。ついでに、残念なことになっている裏表紙をちょっとだけ整えてやる。
廃品にしたほうがいいのかもしれないが、勤務時間外なのでバックヤードまで返しにはいかない。
「帰りたくねぇって。城崎くん、いつも秒速でタイムカード切って帰ってるじゃん」
「おまえも似たようなもんだろ」
同じく座り読みをしていた田崎は、雑誌から顔も上げずに笑っている。
真白と違い勤務中のはずだが、客がこないのをいいことに三十分ほどこの調子だ。もうひとりの深夜帯スタッフも、早々にバックヤードに引っ込んでいる。
「俺は城崎くんと違ってかわいい彼女が待ってるからね。そりゃルンルンで帰るでしょ」
「あー、同棲してんだっけ。夜遊びされないの、おまえが夜勤のあいだに」
「マイナス方面に捻じれすぎじゃない、その恋愛観。彼女いたことないんじゃなかったっけ?」
「うるさい」
「恋愛って楽しいものだよ、城崎くん」
したり顔で繰り出された説諭を黙殺する。チャラい顔でなに言ってんだ。
居酒屋のホールスタッフのほうが似合っていそうな顔でもある。つまるところ人当たりは良いがうるさいのだ。ちょっと、チャラい幼馴染みに通じるものがあるかもしれない。そこまで考えたところで、でもなぁと真白は思い直した。
同棲中の彼女とはかれこれ四年目のお付き合いらしいので、とっかえひっかえのあいつとはカテゴリーがまた違う。
あいつもせめて、このくらい一途だったらよかったのに。
「なんか、こう、帰りたくねぇんだよな。果てしなく」
薄い壁を飛び越えて、あの声が聞こえてこないか、だとか。運悪くばったり出くわしたら面倒だなぁ、とか。
あと、なんか、いろいろ。
言葉にしきれないもやもやがふくらんだ「なんかいや」な気分だとか。
溜息まじりにマガジンを手に取った真白を横目に、田崎が立ち上がった。
「俺のかわいい彼女の名誉のために否定しておくけど。うちの絵里ちゃんはそういうことしないからね」
「あー、うん。悪かった。ごめん、絵里ちゃん」
開いたページの肌色の多さに辟易しながら、謝罪を口にする。そうだ、絵里ちゃんに罪はない。
「城崎くんのごめんほど、心のこもってないごめんもないよなー」
まぁいいけどさぁ、と笑いながら田崎がレジカウンターに戻っていく。有線をいじったのか、曲が切り替わってクリスマスソングが流れ出した。
もう、そんな時期なのか。
なんだかなぁ、とまた真白は思った。クリスマスとか。慎吾は大はしゃぎするんじゃないだろうか。
クリスマス前は恋人がほしくなるという話を、アルバイト中にも聞いた覚えがする。真白はほしいとも思わないが、世間一般的にはそういうことらしい。クリスマスは恋人のイベント。つまり、慎吾にとってもそういうこと。
「実家にでも帰るか、いっそのこと」
アルバイトの日程調整がきけば、ではあるが。
のんびりと年末を過ごすにはそれしかない気がしてくると、ますます夢見荘に戻るのが億劫になった。手慰みに捲っっている漫画も、おもしろくもなんともない。
客もいないことだし、バックヤードで寝てから帰ろうかな、なんてことを考えていると、冷たい風が吹き込んできた。ひさしぶりに客が入店したらしい。
――マジ寒い。
この寒空の中を帰るのが、本気で嫌になってきた。悩んでいると、誰かの脚がこつんと当たった。しかたなく顔を上げたところで、真白はぽかんと固まった。
すぐそばに立っていたのが、珍しくどこか不機嫌そうな隣人だったからだ。
「……慎吾」
「なにしてんの、しろ」
その声もどことなく不機嫌そうだった。「読書」とだけ応じて、紙面に視線を戻す。なにを読んでいたのか答えられないレベルの流し読みではあったものの、嘘ではない。
ぱらりとページを捲る。話の展開は謎だが、胸のでかいヒロインがよくわからない技名を叫んでいるところだった。いいシーンなのかもしれない。よくわからないが。
つかのまの沈黙のあとで、ふっと慎吾が笑った。
「コンビニで、座り込んでするものでもないと思うけどね」
機嫌の悪そうな雰囲気を引っ込めて、隣にしゃがみ込む。
「どれどれ」
明るい毛先がちらちらと視界に入る。なんだか妙に気になって、真白は顔を上げた。
「あれ。これ、マガジンじゃん。しろ、好きだったっけ? なんかおもしろいのあった?」
「いや、べつに。っていうか、おまえさ」
「んー? なにー?」
「あいつは?」
今日はあいつと、朝方までヤッてるんじゃなかったのか。後半はさすがに言葉にできなかったけれど。言いざま、真白は視線を落とした。
紙面上ではヒロインが大ピンチを迎えていて、以下次号で終わっていた。
どうせ、次号でかっこよく主役が駆けつけて解決するに違いない。子どものころから変わらない王道展開だ。けれど、王道は安心する。
変わり映えしないものは安心できる。考えなくていいし、そのままでいられるから、すごく楽だ。
うつむいたまま問いかけた真白に、慎吾が「あぁ」と合点のいった声を出した。
「なぁんだ。それで、しろ、ここで拗ねてたの?」
「いや、拗ねてねぇから。というか、また隣でぎゃんぎゃんヤられるとうざいって思ってただけだから」
「それでこんな時間なのに、ぐずぐずしてましたって?」
揶揄するように跳ね上がった語尾に、視線を持ち上げる。
「なんで、おまえが機嫌悪いわけ」
怒りたいのは俺で、怒っていたのも俺だったはずなのに。
そう言うと、慎吾は頬杖をついたまま、「べつに?」と口元だけで笑ってみせた。いつもの顔だ。べつに怒ってなんてないよ、という顔。
たぶんほかの誰が見ても、機嫌が悪いだろうとは思わない顔。でも。
真白は無言で雑誌をラックに戻した。いつものへらへらとした笑顔もイラッとするときはあるけれど、この作り笑いはもっと嫌いだ。
昔からだ。慎吾は、言いたいことをあまり口にしない。ぜんぶ笑って済ませようとする。ぜんぶ自分の中だけで処理しようとする。
またうつむいて黙り込むと、「あのな」と慎吾が溜息まじりに口を開いた。
「真白」
最近ではめったとされなくなった呼び方だった。思わず顔が上がる。ぺちんというまぬけな音とともに冷たい指先が額に触れた。
「なにす……」
「心配」
「は?」
「するでしょ。いつも、おまえ、本当に最後まで勤務してんのかよって勢いで、十時五分にはベッドにダイブしてんのに。それが十一時過ぎても帰ってこなかったら」
想像と百八十度違った文句に、真白は丸い目を瞬かせた。
「おまえは俺の母親か」
「似たようなもんだと思うけどね」
きまり悪さから出た軽口に、慎吾が小さく噴き出した。「いつも」の空気。落ち着きどころを失っていたなにかが、ゆっくりとあるべき場所に納まっていく。
「ちなみに、今日はもういないから」
「それで?」
「だから帰りましょうって言ってるの。いつまで拗ねてんの、しろは」
ほら、と立ち上がった慎吾にせっつかれて、真白は重い腰を上げた。
外は寒いだろうなぁと思ったのが最後の抵抗だ。このままここにいてもしょうがない。だからきっとしかたないのだ。
「よかったね、城崎くん。お迎えがきて」
レジカウンターから愛想良く手を振る田崎に見送られて、真白は渋々と店を出た。外では慎吾が待っている。寒いと言うと、慎吾が、変な感じと言った。会話になっていない。
「なんだよ」
「いや、あたりまえの話で申し訳ないんだけど」
「だからなんだよ」
「しろにもちゃんと交友関係があるんだなぁと思って」
「おまえは俺をなんだと思ってるんだ」
小学校のときも中学校のときも、高校に通っていたときも。幼馴染みほどアクティブな青春は謳歌していなかったかもしれないが、ひとり孤独に引きこもっていたわけでもない。
「まぁ、でも。ほら、そこはしろだから」
答えになっていないことを言って、慎吾が歩き出す。
街灯に照らされた髪色が黄金色に見えた。誘蛾灯みたいだ。
あれ、けど、そうなると、俺が蛾になるのか。それは少しいただけない。
そんなことを考えているうちに、「あ」と真白は思った。また犬みたいな呼び方に戻ってやがる。昔はちゃんと「真白」と呼んでいたはずなのに。
「なに、どうしたの。なんか言いたいことがある顔してるけど」
なにも言っていないのに、慎吾が首を傾げる。あいかわらずの目敏さだ。変わらないなぁと思ってしまった。呼び方が変わろうが、なんだろうが。
「なんていうか、おまえは昔から面倒見いいよなと思って」
「なんでまた」
「だって、昔からずっと、俺を迎えに来るの、おまえだ」
親に怒られたときだとか。なんとなく家に帰りたくなかったときだとか。そんなとき、いつも「ほら帰るよ」と手を差し出してくれたのは、この幼馴染みだった。
昔から変わらない。多少見た目が変わったって、呼び方が変わったって、慎吾の遊び相手が増えたって、きっと自分たちは変わらない。
変わらないなら、まぁいいかなと思う。
「いや、べつに。誰の面倒でも見てるわけじゃないよ、俺」
褒めたつもりだったのだが、慎吾は微妙に苦い顔をした。
「へぇ」
でも、どうせ、これ以上会話を続けたところで、慎吾はその理由を言わないんだろうな。
もうずっと一緒にいるのだ。そういうことは真白にもわかる。すべてをわからなくても、ある程度はわかる。
わかることは、一緒に過ごしてきた年月の数だけあるつもりだ。
それなのに、と真白は白い息を吐いた。年々よくわからないと感じることも増えているから、少しだけ困る。
この男は幼馴染みというだけで、俺の面倒を見ているのか。
そうだとして、いつまでそれを続けるつもりなのか。
かなみのことを好きなのかと思ったりもしたけれど、そうなると、夜な夜な男と遊んでいる意味がますますわからない。
「わけわかんねぇな、おまえ」
うっかり零れ落ちたそれに、慎吾は理不尽極まりないという顔で、
「俺はおまえがわけわかんない」
と言った。
だがしかし。
「なんかなぁ。帰りたくないんだよなぁ」
ひとりごちて、真白はジャンプを雑誌ラックに戻した。ついでに、残念なことになっている裏表紙をちょっとだけ整えてやる。
廃品にしたほうがいいのかもしれないが、勤務時間外なのでバックヤードまで返しにはいかない。
「帰りたくねぇって。城崎くん、いつも秒速でタイムカード切って帰ってるじゃん」
「おまえも似たようなもんだろ」
同じく座り読みをしていた田崎は、雑誌から顔も上げずに笑っている。
真白と違い勤務中のはずだが、客がこないのをいいことに三十分ほどこの調子だ。もうひとりの深夜帯スタッフも、早々にバックヤードに引っ込んでいる。
「俺は城崎くんと違ってかわいい彼女が待ってるからね。そりゃルンルンで帰るでしょ」
「あー、同棲してんだっけ。夜遊びされないの、おまえが夜勤のあいだに」
「マイナス方面に捻じれすぎじゃない、その恋愛観。彼女いたことないんじゃなかったっけ?」
「うるさい」
「恋愛って楽しいものだよ、城崎くん」
したり顔で繰り出された説諭を黙殺する。チャラい顔でなに言ってんだ。
居酒屋のホールスタッフのほうが似合っていそうな顔でもある。つまるところ人当たりは良いがうるさいのだ。ちょっと、チャラい幼馴染みに通じるものがあるかもしれない。そこまで考えたところで、でもなぁと真白は思い直した。
同棲中の彼女とはかれこれ四年目のお付き合いらしいので、とっかえひっかえのあいつとはカテゴリーがまた違う。
あいつもせめて、このくらい一途だったらよかったのに。
「なんか、こう、帰りたくねぇんだよな。果てしなく」
薄い壁を飛び越えて、あの声が聞こえてこないか、だとか。運悪くばったり出くわしたら面倒だなぁ、とか。
あと、なんか、いろいろ。
言葉にしきれないもやもやがふくらんだ「なんかいや」な気分だとか。
溜息まじりにマガジンを手に取った真白を横目に、田崎が立ち上がった。
「俺のかわいい彼女の名誉のために否定しておくけど。うちの絵里ちゃんはそういうことしないからね」
「あー、うん。悪かった。ごめん、絵里ちゃん」
開いたページの肌色の多さに辟易しながら、謝罪を口にする。そうだ、絵里ちゃんに罪はない。
「城崎くんのごめんほど、心のこもってないごめんもないよなー」
まぁいいけどさぁ、と笑いながら田崎がレジカウンターに戻っていく。有線をいじったのか、曲が切り替わってクリスマスソングが流れ出した。
もう、そんな時期なのか。
なんだかなぁ、とまた真白は思った。クリスマスとか。慎吾は大はしゃぎするんじゃないだろうか。
クリスマス前は恋人がほしくなるという話を、アルバイト中にも聞いた覚えがする。真白はほしいとも思わないが、世間一般的にはそういうことらしい。クリスマスは恋人のイベント。つまり、慎吾にとってもそういうこと。
「実家にでも帰るか、いっそのこと」
アルバイトの日程調整がきけば、ではあるが。
のんびりと年末を過ごすにはそれしかない気がしてくると、ますます夢見荘に戻るのが億劫になった。手慰みに捲っっている漫画も、おもしろくもなんともない。
客もいないことだし、バックヤードで寝てから帰ろうかな、なんてことを考えていると、冷たい風が吹き込んできた。ひさしぶりに客が入店したらしい。
――マジ寒い。
この寒空の中を帰るのが、本気で嫌になってきた。悩んでいると、誰かの脚がこつんと当たった。しかたなく顔を上げたところで、真白はぽかんと固まった。
すぐそばに立っていたのが、珍しくどこか不機嫌そうな隣人だったからだ。
「……慎吾」
「なにしてんの、しろ」
その声もどことなく不機嫌そうだった。「読書」とだけ応じて、紙面に視線を戻す。なにを読んでいたのか答えられないレベルの流し読みではあったものの、嘘ではない。
ぱらりとページを捲る。話の展開は謎だが、胸のでかいヒロインがよくわからない技名を叫んでいるところだった。いいシーンなのかもしれない。よくわからないが。
つかのまの沈黙のあとで、ふっと慎吾が笑った。
「コンビニで、座り込んでするものでもないと思うけどね」
機嫌の悪そうな雰囲気を引っ込めて、隣にしゃがみ込む。
「どれどれ」
明るい毛先がちらちらと視界に入る。なんだか妙に気になって、真白は顔を上げた。
「あれ。これ、マガジンじゃん。しろ、好きだったっけ? なんかおもしろいのあった?」
「いや、べつに。っていうか、おまえさ」
「んー? なにー?」
「あいつは?」
今日はあいつと、朝方までヤッてるんじゃなかったのか。後半はさすがに言葉にできなかったけれど。言いざま、真白は視線を落とした。
紙面上ではヒロインが大ピンチを迎えていて、以下次号で終わっていた。
どうせ、次号でかっこよく主役が駆けつけて解決するに違いない。子どものころから変わらない王道展開だ。けれど、王道は安心する。
変わり映えしないものは安心できる。考えなくていいし、そのままでいられるから、すごく楽だ。
うつむいたまま問いかけた真白に、慎吾が「あぁ」と合点のいった声を出した。
「なぁんだ。それで、しろ、ここで拗ねてたの?」
「いや、拗ねてねぇから。というか、また隣でぎゃんぎゃんヤられるとうざいって思ってただけだから」
「それでこんな時間なのに、ぐずぐずしてましたって?」
揶揄するように跳ね上がった語尾に、視線を持ち上げる。
「なんで、おまえが機嫌悪いわけ」
怒りたいのは俺で、怒っていたのも俺だったはずなのに。
そう言うと、慎吾は頬杖をついたまま、「べつに?」と口元だけで笑ってみせた。いつもの顔だ。べつに怒ってなんてないよ、という顔。
たぶんほかの誰が見ても、機嫌が悪いだろうとは思わない顔。でも。
真白は無言で雑誌をラックに戻した。いつものへらへらとした笑顔もイラッとするときはあるけれど、この作り笑いはもっと嫌いだ。
昔からだ。慎吾は、言いたいことをあまり口にしない。ぜんぶ笑って済ませようとする。ぜんぶ自分の中だけで処理しようとする。
またうつむいて黙り込むと、「あのな」と慎吾が溜息まじりに口を開いた。
「真白」
最近ではめったとされなくなった呼び方だった。思わず顔が上がる。ぺちんというまぬけな音とともに冷たい指先が額に触れた。
「なにす……」
「心配」
「は?」
「するでしょ。いつも、おまえ、本当に最後まで勤務してんのかよって勢いで、十時五分にはベッドにダイブしてんのに。それが十一時過ぎても帰ってこなかったら」
想像と百八十度違った文句に、真白は丸い目を瞬かせた。
「おまえは俺の母親か」
「似たようなもんだと思うけどね」
きまり悪さから出た軽口に、慎吾が小さく噴き出した。「いつも」の空気。落ち着きどころを失っていたなにかが、ゆっくりとあるべき場所に納まっていく。
「ちなみに、今日はもういないから」
「それで?」
「だから帰りましょうって言ってるの。いつまで拗ねてんの、しろは」
ほら、と立ち上がった慎吾にせっつかれて、真白は重い腰を上げた。
外は寒いだろうなぁと思ったのが最後の抵抗だ。このままここにいてもしょうがない。だからきっとしかたないのだ。
「よかったね、城崎くん。お迎えがきて」
レジカウンターから愛想良く手を振る田崎に見送られて、真白は渋々と店を出た。外では慎吾が待っている。寒いと言うと、慎吾が、変な感じと言った。会話になっていない。
「なんだよ」
「いや、あたりまえの話で申し訳ないんだけど」
「だからなんだよ」
「しろにもちゃんと交友関係があるんだなぁと思って」
「おまえは俺をなんだと思ってるんだ」
小学校のときも中学校のときも、高校に通っていたときも。幼馴染みほどアクティブな青春は謳歌していなかったかもしれないが、ひとり孤独に引きこもっていたわけでもない。
「まぁ、でも。ほら、そこはしろだから」
答えになっていないことを言って、慎吾が歩き出す。
街灯に照らされた髪色が黄金色に見えた。誘蛾灯みたいだ。
あれ、けど、そうなると、俺が蛾になるのか。それは少しいただけない。
そんなことを考えているうちに、「あ」と真白は思った。また犬みたいな呼び方に戻ってやがる。昔はちゃんと「真白」と呼んでいたはずなのに。
「なに、どうしたの。なんか言いたいことがある顔してるけど」
なにも言っていないのに、慎吾が首を傾げる。あいかわらずの目敏さだ。変わらないなぁと思ってしまった。呼び方が変わろうが、なんだろうが。
「なんていうか、おまえは昔から面倒見いいよなと思って」
「なんでまた」
「だって、昔からずっと、俺を迎えに来るの、おまえだ」
親に怒られたときだとか。なんとなく家に帰りたくなかったときだとか。そんなとき、いつも「ほら帰るよ」と手を差し出してくれたのは、この幼馴染みだった。
昔から変わらない。多少見た目が変わったって、呼び方が変わったって、慎吾の遊び相手が増えたって、きっと自分たちは変わらない。
変わらないなら、まぁいいかなと思う。
「いや、べつに。誰の面倒でも見てるわけじゃないよ、俺」
褒めたつもりだったのだが、慎吾は微妙に苦い顔をした。
「へぇ」
でも、どうせ、これ以上会話を続けたところで、慎吾はその理由を言わないんだろうな。
もうずっと一緒にいるのだ。そういうことは真白にもわかる。すべてをわからなくても、ある程度はわかる。
わかることは、一緒に過ごしてきた年月の数だけあるつもりだ。
それなのに、と真白は白い息を吐いた。年々よくわからないと感じることも増えているから、少しだけ困る。
この男は幼馴染みというだけで、俺の面倒を見ているのか。
そうだとして、いつまでそれを続けるつもりなのか。
かなみのことを好きなのかと思ったりもしたけれど、そうなると、夜な夜な男と遊んでいる意味がますますわからない。
「わけわかんねぇな、おまえ」
うっかり零れ落ちたそれに、慎吾は理不尽極まりないという顔で、
「俺はおまえがわけわかんない」
と言った。
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