93 / 98
番外編2
嘘と建前(2)
しおりを挟む
結論から言うと、ステゴちゃんはものの数日で見事に空間に馴染んでいた。
ソファーの真ん中が完全に定位置と化しているし、なんならかなりの高確率で先輩の肘置きになっている(俺の合理的解決策だったはずなのに、先輩の使用頻度のほうが絶対に高い)。おかげさまで、手のやりどころはないままだ。
こんなつもりではまったくなかったので、感想としては、なんだかなという一言しかない。今日も肘置きとして愛玩されているステゴちゃんは、脳天を押しつぶされ平たい顔にさせられている。
――やめてあげてくださいよって言ったら、このほうが愛嬌があってかわいいとかなんとか言ってたけど。
言い訳なのか冗談なのか本気なのかよくわからないことを。
まぁ、先輩の冗談、昔からわかりづらいけどな、と、どうでもいいことをつらつらと考えているうちに、ふとあることに思い至った。
そうか、この人、俺と一緒で女兄弟がいるから、ぬいぐるみがある生活空間に抵抗も違和感もないんだな。ついでに亜衣ちゃんが現役で小さいから、慣れてるんだな。
……ちょっと選択を間違えたかもしれない。
ステゴちゃんを購入したことによって生じた変化が、ぬいぐるみひとつ分の距離と、デマが真実かわからない俺の変な噂がひとつ増えただけとか。
「なぁ」
仕事で使う本だから今日中に読む、と暗に邪魔するな宣言を小一時間前にしていたはずの先輩が、そう話しかけてきた。
「俺、明日午前休みなんだけど」
今日も今日とて、先輩の視線は本に一直線だ。
「あ、ですよね」
「おまえもじゃなかったっけ?」
「です、です。よっぽどじゃない限り先輩に合わせてるんで」
そうでもしないと一緒の時間が取れないので、できる限り合わせようとはしている。
オフのあいだは俺のほうが合わせやすいわけで、それなら俺が合わせるべきだとふつうに思うし。
ステゴちゃんの頬らしきところを引っ張りながら応じると、一瞬沈黙が流れた。
「いつまで拗ねてんのか知らねぇけど、したくないの」
「あー……」
この人、こういうとこずるいんだよなぁ。無意識なんだろうけど。
なんというか、俺は絶対断らなくて、自分は絶対受け入れられると素で思ってるところ。それもある種の信頼だと思えば、うれしくないわけではない。でもなんか。
応じる声が鈍ったのは、「でも、なんか」が積もりに積もった結果である。
「いや、……まぁ」
したくないわけじゃないけど。ふにふにとステゴちゃんの頬を伸ばす。無機物だからなにをしても怒らないけど、無機物だから楽しくもない。
「なに」
ふにふにと引っ張る。あ、けっこう伸びるな、これ。たしかに愛嬌はあるかもしれない。吐きたくなった溜息を呑み込む。
――いや、なにって聞かれるほどのことでもないんだけど、本当。
と、いうことは自分でもよくよくわかっていて、だから、その言葉を選んだのは、まぁ、完全に出来心だった。
「嫌がられたら傷つくから、先輩がしてほしいって言うことしかしないですよ、俺」
呆れるか、黙り込むか、発言自体を無視するか。この三択あたりがいいとこだろうなとわかっていたので、本格的にヘソを曲げられないうちに「言ってみたかっただけ」で流すつもりだった。本当に、そのつもりだったのだが。
「いいけど、べつに」
「え?」
三択のうちのいずれでもなかった反応に、素で聞き返してしまった。
あいかわらずいっさい俺のほうを見ようとしないし、テンションも同じすぎて冗談に乗っただけなのか、本当にどうでもよくて「べつにいい」のか謎すぎる。
「えー……、と、あの」
「いいんだけど、読み終わってからでいい?」
「あ、いや、それは、はい」
「たぶん三十分くらい」
冗談だったんですけど、と告げるつもりだった台詞を忘れていたことに気づいたのは、きっちり三十分後に先輩が本を閉じてからだった。
ソファーの真ん中が完全に定位置と化しているし、なんならかなりの高確率で先輩の肘置きになっている(俺の合理的解決策だったはずなのに、先輩の使用頻度のほうが絶対に高い)。おかげさまで、手のやりどころはないままだ。
こんなつもりではまったくなかったので、感想としては、なんだかなという一言しかない。今日も肘置きとして愛玩されているステゴちゃんは、脳天を押しつぶされ平たい顔にさせられている。
――やめてあげてくださいよって言ったら、このほうが愛嬌があってかわいいとかなんとか言ってたけど。
言い訳なのか冗談なのか本気なのかよくわからないことを。
まぁ、先輩の冗談、昔からわかりづらいけどな、と、どうでもいいことをつらつらと考えているうちに、ふとあることに思い至った。
そうか、この人、俺と一緒で女兄弟がいるから、ぬいぐるみがある生活空間に抵抗も違和感もないんだな。ついでに亜衣ちゃんが現役で小さいから、慣れてるんだな。
……ちょっと選択を間違えたかもしれない。
ステゴちゃんを購入したことによって生じた変化が、ぬいぐるみひとつ分の距離と、デマが真実かわからない俺の変な噂がひとつ増えただけとか。
「なぁ」
仕事で使う本だから今日中に読む、と暗に邪魔するな宣言を小一時間前にしていたはずの先輩が、そう話しかけてきた。
「俺、明日午前休みなんだけど」
今日も今日とて、先輩の視線は本に一直線だ。
「あ、ですよね」
「おまえもじゃなかったっけ?」
「です、です。よっぽどじゃない限り先輩に合わせてるんで」
そうでもしないと一緒の時間が取れないので、できる限り合わせようとはしている。
オフのあいだは俺のほうが合わせやすいわけで、それなら俺が合わせるべきだとふつうに思うし。
ステゴちゃんの頬らしきところを引っ張りながら応じると、一瞬沈黙が流れた。
「いつまで拗ねてんのか知らねぇけど、したくないの」
「あー……」
この人、こういうとこずるいんだよなぁ。無意識なんだろうけど。
なんというか、俺は絶対断らなくて、自分は絶対受け入れられると素で思ってるところ。それもある種の信頼だと思えば、うれしくないわけではない。でもなんか。
応じる声が鈍ったのは、「でも、なんか」が積もりに積もった結果である。
「いや、……まぁ」
したくないわけじゃないけど。ふにふにとステゴちゃんの頬を伸ばす。無機物だからなにをしても怒らないけど、無機物だから楽しくもない。
「なに」
ふにふにと引っ張る。あ、けっこう伸びるな、これ。たしかに愛嬌はあるかもしれない。吐きたくなった溜息を呑み込む。
――いや、なにって聞かれるほどのことでもないんだけど、本当。
と、いうことは自分でもよくよくわかっていて、だから、その言葉を選んだのは、まぁ、完全に出来心だった。
「嫌がられたら傷つくから、先輩がしてほしいって言うことしかしないですよ、俺」
呆れるか、黙り込むか、発言自体を無視するか。この三択あたりがいいとこだろうなとわかっていたので、本格的にヘソを曲げられないうちに「言ってみたかっただけ」で流すつもりだった。本当に、そのつもりだったのだが。
「いいけど、べつに」
「え?」
三択のうちのいずれでもなかった反応に、素で聞き返してしまった。
あいかわらずいっさい俺のほうを見ようとしないし、テンションも同じすぎて冗談に乗っただけなのか、本当にどうでもよくて「べつにいい」のか謎すぎる。
「えー……、と、あの」
「いいんだけど、読み終わってからでいい?」
「あ、いや、それは、はい」
「たぶん三十分くらい」
冗談だったんですけど、と告げるつもりだった台詞を忘れていたことに気づいたのは、きっちり三十分後に先輩が本を閉じてからだった。
12
お気に入りに追加
234
あなたにおすすめの小説
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる