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番外編2
嘘と建前(2)
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結論から言うと、ステゴちゃんはものの数日で見事に空間に馴染んでいた。
ソファーの真ん中が完全に定位置と化しているし、なんならかなりの高確率で先輩の肘置きになっている(俺の合理的解決策だったはずなのに、先輩の使用頻度のほうが絶対に高い)。おかげさまで、手のやりどころはないままだ。
こんなつもりではまったくなかったので、感想としては、なんだかなという一言しかない。今日も肘置きとして愛玩されているステゴちゃんは、脳天を押しつぶされ平たい顔にさせられている。
――やめてあげてくださいよって言ったら、このほうが愛嬌があってかわいいとかなんとか言ってたけど。
言い訳なのか冗談なのか本気なのかよくわからないことを。
まぁ、先輩の冗談、昔からわかりづらいけどな、と、どうでもいいことをつらつらと考えているうちに、ふとあることに思い至った。
そうか、この人、俺と一緒で女兄弟がいるから、ぬいぐるみがある生活空間に抵抗も違和感もないんだな。ついでに亜衣ちゃんが現役で小さいから、慣れてるんだな。
……ちょっと選択を間違えたかもしれない。
ステゴちゃんを購入したことによって生じた変化が、ぬいぐるみひとつ分の距離と、デマが真実かわからない俺の変な噂がひとつ増えただけとか。
「なぁ」
仕事で使う本だから今日中に読む、と暗に邪魔するな宣言を小一時間前にしていたはずの先輩が、そう話しかけてきた。
「俺、明日午前休みなんだけど」
今日も今日とて、先輩の視線は本に一直線だ。
「あ、ですよね」
「おまえもじゃなかったっけ?」
「です、です。よっぽどじゃない限り先輩に合わせてるんで」
そうでもしないと一緒の時間が取れないので、できる限り合わせようとはしている。
オフのあいだは俺のほうが合わせやすいわけで、それなら俺が合わせるべきだとふつうに思うし。
ステゴちゃんの頬らしきところを引っ張りながら応じると、一瞬沈黙が流れた。
「いつまで拗ねてんのか知らねぇけど、したくないの」
「あー……」
この人、こういうとこずるいんだよなぁ。無意識なんだろうけど。
なんというか、俺は絶対断らなくて、自分は絶対受け入れられると素で思ってるところ。それもある種の信頼だと思えば、うれしくないわけではない。でもなんか。
応じる声が鈍ったのは、「でも、なんか」が積もりに積もった結果である。
「いや、……まぁ」
したくないわけじゃないけど。ふにふにとステゴちゃんの頬を伸ばす。無機物だからなにをしても怒らないけど、無機物だから楽しくもない。
「なに」
ふにふにと引っ張る。あ、けっこう伸びるな、これ。たしかに愛嬌はあるかもしれない。吐きたくなった溜息を呑み込む。
――いや、なにって聞かれるほどのことでもないんだけど、本当。
と、いうことは自分でもよくよくわかっていて、だから、その言葉を選んだのは、まぁ、完全に出来心だった。
「嫌がられたら傷つくから、先輩がしてほしいって言うことしかしないですよ、俺」
呆れるか、黙り込むか、発言自体を無視するか。この三択あたりがいいとこだろうなとわかっていたので、本格的にヘソを曲げられないうちに「言ってみたかっただけ」で流すつもりだった。本当に、そのつもりだったのだが。
「いいけど、べつに」
「え?」
三択のうちのいずれでもなかった反応に、素で聞き返してしまった。
あいかわらずいっさい俺のほうを見ようとしないし、テンションも同じすぎて冗談に乗っただけなのか、本当にどうでもよくて「べつにいい」のか謎すぎる。
「えー……、と、あの」
「いいんだけど、読み終わってからでいい?」
「あ、いや、それは、はい」
「たぶん三十分くらい」
冗談だったんですけど、と告げるつもりだった台詞を忘れていたことに気づいたのは、きっちり三十分後に先輩が本を閉じてからだった。
ソファーの真ん中が完全に定位置と化しているし、なんならかなりの高確率で先輩の肘置きになっている(俺の合理的解決策だったはずなのに、先輩の使用頻度のほうが絶対に高い)。おかげさまで、手のやりどころはないままだ。
こんなつもりではまったくなかったので、感想としては、なんだかなという一言しかない。今日も肘置きとして愛玩されているステゴちゃんは、脳天を押しつぶされ平たい顔にさせられている。
――やめてあげてくださいよって言ったら、このほうが愛嬌があってかわいいとかなんとか言ってたけど。
言い訳なのか冗談なのか本気なのかよくわからないことを。
まぁ、先輩の冗談、昔からわかりづらいけどな、と、どうでもいいことをつらつらと考えているうちに、ふとあることに思い至った。
そうか、この人、俺と一緒で女兄弟がいるから、ぬいぐるみがある生活空間に抵抗も違和感もないんだな。ついでに亜衣ちゃんが現役で小さいから、慣れてるんだな。
……ちょっと選択を間違えたかもしれない。
ステゴちゃんを購入したことによって生じた変化が、ぬいぐるみひとつ分の距離と、デマが真実かわからない俺の変な噂がひとつ増えただけとか。
「なぁ」
仕事で使う本だから今日中に読む、と暗に邪魔するな宣言を小一時間前にしていたはずの先輩が、そう話しかけてきた。
「俺、明日午前休みなんだけど」
今日も今日とて、先輩の視線は本に一直線だ。
「あ、ですよね」
「おまえもじゃなかったっけ?」
「です、です。よっぽどじゃない限り先輩に合わせてるんで」
そうでもしないと一緒の時間が取れないので、できる限り合わせようとはしている。
オフのあいだは俺のほうが合わせやすいわけで、それなら俺が合わせるべきだとふつうに思うし。
ステゴちゃんの頬らしきところを引っ張りながら応じると、一瞬沈黙が流れた。
「いつまで拗ねてんのか知らねぇけど、したくないの」
「あー……」
この人、こういうとこずるいんだよなぁ。無意識なんだろうけど。
なんというか、俺は絶対断らなくて、自分は絶対受け入れられると素で思ってるところ。それもある種の信頼だと思えば、うれしくないわけではない。でもなんか。
応じる声が鈍ったのは、「でも、なんか」が積もりに積もった結果である。
「いや、……まぁ」
したくないわけじゃないけど。ふにふにとステゴちゃんの頬を伸ばす。無機物だからなにをしても怒らないけど、無機物だから楽しくもない。
「なに」
ふにふにと引っ張る。あ、けっこう伸びるな、これ。たしかに愛嬌はあるかもしれない。吐きたくなった溜息を呑み込む。
――いや、なにって聞かれるほどのことでもないんだけど、本当。
と、いうことは自分でもよくよくわかっていて、だから、その言葉を選んだのは、まぁ、完全に出来心だった。
「嫌がられたら傷つくから、先輩がしてほしいって言うことしかしないですよ、俺」
呆れるか、黙り込むか、発言自体を無視するか。この三択あたりがいいとこだろうなとわかっていたので、本格的にヘソを曲げられないうちに「言ってみたかっただけ」で流すつもりだった。本当に、そのつもりだったのだが。
「いいけど、べつに」
「え?」
三択のうちのいずれでもなかった反応に、素で聞き返してしまった。
あいかわらずいっさい俺のほうを見ようとしないし、テンションも同じすぎて冗談に乗っただけなのか、本当にどうでもよくて「べつにいい」のか謎すぎる。
「えー……、と、あの」
「いいんだけど、読み終わってからでいい?」
「あ、いや、それは、はい」
「たぶん三十分くらい」
冗談だったんですけど、と告げるつもりだった台詞を忘れていたことに気づいたのは、きっちり三十分後に先輩が本を閉じてからだった。
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