夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第十話

58.

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【10】


「ねぇ、先輩」

 どこか色を含んだ声がいつもの呼び名に乗る。
 それがあの頃の合図だった。

 今になって思うと、場所は選んでいるようで選んでいなかったようにも思う。
 同室者がいないタイミングのどちらかの部屋であったときもあれば、寮の非常階段だったこともある。自分たち以外に誰もいなくなった部室だったこともあった。
 誰に見られてもおかしくなかった場所で、秘密を重ねていた。見つからなかったことはおそらくは幸運だったのだろう。知っていたと言う富原は、もしかしたら見かけたことがあったのかもしれない。気が付かないふりを通してくれただけで。

 俺は、たぶん、そのほとんどを断らなかったと思う。
 折原が望むから。どうせ、今だけだから。それだったら、べつに。
 そんな言い訳を並べながら、受け身のまま流されることを良しとしていた。改めて考えなくとも、酷い「先輩」だったと思う。すべてを折原の一存に任せていた。

 そして、その最後。流されるがままが許された箱を出なければならないとなったその瞬間。
 俺は、折原の言葉を聞こうとしないで、我を押し通した。
 いつか忘れる。いつか。いつか、思い出になる。そう言い聞かせて。

 けれど、十年経って、何が変わっただろう。

「浴びますか、シャワー」
「え……?」
「え? って。そのままで良かったら、俺はそのままで良いんですけど」

 見慣れた表情で笑った折原が身を起こす。あっさりと離れていく体温に、安堵するのと同じくらい喪失感が湧いた気がして戸惑う。けれど、また同じくらい、緊張もしていた。

「明日って仕事なんですか」
「いや、違う、けど」
「なら、泊まってきます?」

 世間話をするような気軽さに、回らない頭で一度頷く。深く考えないまま流されたいのだろうか。思い当たったそれに、思考が止まりそうになった。

「先輩?」
「……なんでもない」
「なんでもないって顔してませんけど。でも、そうですね」

 俺の考えていることなんて、すべて分かっているみたいに折原が静かに微笑った。

「良いんですよ、先輩が嫌なら」

 優しいくせに、突き放したような声だった。

「俺は、先輩が望む通りで良いんで」

 それは、過去の俺が折原に強いていたことだ。自分がしていたことなのに、ずるいと思って、けれど、なんで折原がそれを言うのかも嫌と言うほど分かって。

「シャワー借りる」

 逡巡の末、出た言葉はそれだった。言い訳の効かないところに自分から踏み込んで、逃げ場を捨てたかったのかもしれない。
 そうでないと、俺はまた逃げてしまいそうだったから。
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