夢の続きの話をしよう

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
57 / 98
第九話

55.

しおりを挟む
「何をやってるのか、聞いても良いですか」

 ――怒ってる。
 
 なにが、とは分からない上に、声を荒げているわけでもないが、地雷を踏んだらしいことだけは分かった。
 もともと折原はあまり怒らない。怒るようなことがあっても表に出さないだけかもしれないが。あのときも、――嫌ってくれたらいいと思ったあの車中でさえ、激怒するようなことはなくて。
 そう考えると、折原が明確に切れてたのって――……。
 蘇りそうになった嫌な記憶に、目の前の身体を押しのける。体罰だなんだと気にしている余裕も体裁もない。

「おまえが部活に出たくなかった理由がこいつなら、もう出ない理由もないだろ。ほら、早く行け」

 余計なことを言う前にとばかりに急かしたのに、作倉は不満そうな顔を隠しもしない。その腕を掴んで半ば無理やり部室の外に追いやって、一息。
 ドアのすぐ傍に立っていた折原の横をすり抜けた瞬間、なぜか変に自分が緊張していたのだと自覚した。

「まさか、先輩までそのままどこかに消えたりしませんよね」

 あわよくばと思っていたことを見透かしたようなそれに、観念して振り向く。ひどくバツが悪いのと居た堪れないのとが入り混じっているような気分で。

「何をやってるんですか、あんたは」

 呆れ切った顔と声に、確かに何をやっていたのだろうなとは改めて思った。その自覚があるだけにどうとも応じづらい。
 言葉を選んでいる間に、折原があからさまな溜息を吐いた。

「世の中の人間みんなが俺みたいにあんたの言うこと聞くわけじゃないんですから」
「……おまえだって俺の言うことを全部聞くわけじゃないだろ」
「ここに来て、主張したい部分がそことか。本当、あんた馬鹿ですよね、馬鹿と言うか、……いや、馬鹿ですね。馬鹿だ」

 思わず余計なことを言ってしまったのは確かに俺かも知れないが、そこまで連呼しなくても良くないか。そう思っていたのが顔に出ていたのか、折原が不機嫌そうに言葉を継いだ。

「じゃあ文句ついでに言いますけど。あんた、俺がなんでここに来たのかも、全然分かってないでしょ」
「なんでって」

 言われてみれば、それはそうで。グラウンドに居たはずの、……顔を出しにきていただけのはずのこいつが、わざわざこんなところに来る必要性はないはずで。

「俺は、あんたが近くに居て、あんたを見てないときはないです。そう言うことを言うと、気持ち悪いかもしれませんが、眼が行くんだから仕方ないでしょう。なんと言うか、昔からの癖みたいなもので」

 俺が答えを見つけることなんて期待していなかったのか、あっさりと折原はそんなことを言った。

「反応しづらいなら別に何を言ってくれなくても良いですけど。とりあえず、何をやってるのか説明できない状況に陥るようなことはしないで欲しいんですけど」

 呆れたような不機嫌なような、そんな雰囲気を僅かに引っ込めて、駄目押しのように折原が続ける。

「『先生』としても、そうじゃないんですか」
「……いや、うん。分かってる」

 何が、とはなんとも説明しづらいのだけれど。自分の対応の何かがまずかったのだろうと言うことだけは分かってはいる。

「その、でも、問題はないと言うか、――大丈夫だから」
「大丈夫、ですか」

 これもまた失言だっただろうか、と。遅れて思い至ったのは、その声がやたら苛立っているように響いたからで。

「本当に、変わらないですね、先輩は」

 それは、三年ぶりに会ったあの日にも聞いた台詞だった。けれど、あの日のそれとは全く響きが違う。

「変わらないですよね、昔からずっと。そう思い知るたびに勝手にどこかでほっとして、同じくらい苛々します」
「折原、あのな」
「それも俺の勝手と言えば勝手ですけど」

 呼びかけを遮って、折原が笑った。どこか自嘲を含んだそれに、言おうとしていた言葉が詰まる。そもそもとして、何を言えば良いのか。……折原に俺が言える何かがあるのかも定かではなかったけれど。

「でも、今日は最初から俺にしては腹が立ってたのは事実です。先輩が気付いていたのかどうかは知りませんが」
「――なんとなく、そうじゃないかとは思ってはいたけど」
「そうですか」
「正直、理由は心当たりが多すぎて分からない」

 言い切った俺に、折原がまた小さく笑った。

「なんで、そうやって、変なところだけ正直なんですか。だから嫌だ」

 正直。俺が正直だったことなんて、あっただろうか、と思った。いつも嘘ばかりで、矛盾ばかりで、――自分を守ってばかりだ。それは、さすがに分かっている。でも。
 ……でも、と。結局、付け加えてしまう。だから何も変わっていないのだとも分かっている。

「まぁ、でも、良いです」

 そしていつも俺は言葉を呑んで、折原は諦めるしかなくなる。今みたいに。それを何回、繰り返しているのだろう、とも思った。あるいは、何度繰り返したら、俺の気が済んで、――決別を告げることができるようになるのだろうか、と。

「ここでするような話でもないですから」
「それはそうだな。折原、おまえも……」
「言われなくても戻りますよ。でも」

 嘆息して折原が戸から背を離した。外から入ってくる光がいやに眩しくて、宙に浮いたような感覚が一瞬、けれど、確かにあった。

 ――あのころと折原は変わっているけれど、変わっていない。

「とりあえず、監督には話しますからね、俺は」
「……ちょっと待て、折原」
「ちょっと待って欲しいような事態になっているから、言いますよって言ってるつもりなんですが」

 見つめ返してきた顔は笑顔のままだったけれど、怒っていると俺が思ったそれが継続しているらしいことは明白で。

「俺から説明する」
「そうですか。まぁ、どちらにせよ、俺は同席するつもりなので。適当なことを言ってお茶を濁さないでくださいよ」

 さも当然と言う風に折原が続ける。

「まさかそんなこと、先輩はしないとは思いますけど。俺を置いて逃げて帰ったりしないでくださいね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄が届けてくれたのは

くすのき伶
BL
海の見える宿にやってきたハル(29)。そこでタカ(31)という男と出会います。タカは、ある目的があってこの地にやってきました。 話が進むにつれ分かってくるハルとタカの意外な共通点、そしてハルの兄が届けてくれたもの。それは、決して良いものだけではありませんでした。 ハルの過去や兄の過去、複雑な人間関係や感情が良くも悪くも絡み合います。 ハルのいまの苦しみに影響を与えていること、そしてハルの兄が遺したものとタカに見せたもの。 ハルは知らなかった真実を次々と知り、そしてハルとタカは互いに苦しみもがきます。己の複雑な感情に押しつぶされそうにもなります。 でも、そこには確かな愛がちゃんと存在しています。 ----------- シリアスで重めの人間ドラマですが、霊能など不思議な要素も含まれます。メインの2人はともに社会人です。 BLとしていますが、前半はラブ要素ゼロです。この先も現時点ではキスや抱擁はあっても過激な描写を描く予定はありません。家族や女性(元カノ)も登場します。 人間の複雑な関係や心情を書きたいと思ってます。 ここまで読んでくださりありがとうございます。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

「イケメン滅びろ」って呪ったら

竜也りく
BL
うわー……。 廊下の向こうから我が校きってのイケメン佐々木が、女どもを引き連れてこっちに向かって歩いてくるのを発見し、オレは心の中で盛大にため息をついた。大名行列かよ。 「チッ、イケメン滅びろ」 つい口からそんな言葉が転がり出た瞬間。 「うわっ!?」 腕をグイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、暗がりに引きずり込まれ、目の前で扉が閉まった。 -------- 腹黒系イケメン攻×ちょっとだけお人好しなフツメン受 ※毎回2000文字程度 ※『小説家になろう』でも掲載しています

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

番をもとめて(タイトル迷い中)

ゆき
BL
初めての作品です。 優しい気持ちで呼んでやって頂けると嬉しいです。

処理中です...