夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第七話

41.

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 ――久しぶりに、懐かしい夢を見た。


「あ、おはようございます。先生」
「おはよう。早いな、時枝」

 今日はいつもよりかなり早く目が覚めたせいで、グラウンドに着いたのも三十分は早くなった。
 まだ誰も来ていないだろうと踏んでいたのだが、俺たちの頃と同じ練習着を纏った時枝がすでに準備を始めているところだった。

「最近やたら早く目ぇ覚めちゃって。どうせ暇なんで練習しよっかな、と」
「オーバーワークは監督にチクるからな」
「うわ、ひっでぇ、先生! 頑張ってるキャプテンな俺に」

 大げさに騒いでみせる姿は、この学園にいたころの後輩の姿を連想させる。
 こんなことばかり考えているから、ろくでもない夢を見たんだろうなと自身に呆れながら、「だからだろうが」と宥めにかかる。

「インターハイ予選の前に身体壊すなよ」

 頑張っているのも人一倍努力しているのも、チーム内の誰もが認めているだろうから、あえては口にしないけれど。

「はーい。分かってます。気を付ける」
「夜はちゃんと寝れてんのか?」
「寝れてますけどー、最近、夢見が悪いんスよね、俺」
「夢見?」
「うん。我ながらストレスたまってんだなーって、夢見るたびにびっくりするんだけど」

 へらりと肩をすくめて、時枝が笑う。練習用のコーンを一つ置いてまた進んでいく。慣れた手順だった。

「佐倉にオウンゴール決められて負ける夢」
「……溜まってんな」
「でしょ? 俺もそう思う。ボールが俺の脇すり抜けてゴールに突き刺さって、呆然と俺があいつ見たら、あいつ笑ってんの」

 現実に有り得そうで嫌だなってと。そう零した時枝の深層心理は俺には計り知れないが、表出してきている物だけで判じても相当な負担にはなっているのは間違いなさそうだった。
 監督と昨夜話したときに、時枝と話はしてみるといったものの、俺ごときで解決してやれるのかと若干不安にはなる。
 こうやって吐き出してくれるだけでも、教師冥利に尽きると思わないといけないのだろうけども。

 あのころ、俺は何を思ってたかな。
 そうやって記憶を手繰ろうとするとき、あれだけサッカー漬けの毎日を送っていたはずなのに、一番に出てくるのは今になっても、決まって折原の顔なのだから嫌になる。

「先生も、そんな夢、見ることある?」

 くるりと振り返った時枝から、コーンを半分奪う。あのころ、準備をしていたり片付けをしていたりするとき、必ず近くにじゃれにくる後輩がいた。
 富原や他の人当たりの良かった同期でもなく、好き好んで俺に。

「何回もあるよ。今でも」

 何度も何度も。昔、良く見ていたのは、サッカーが出来なくなった時の試合の夢だった。
 あとは、この寮で過ごした記憶がまぜこぜになって出てきていたもの多かった。

「今でも?」
「未練なんだろうけどな、俺のは。その点では時枝とは違うな」
「俺のは未練にならないって話?」
「未練にしないようにするのは、これからのおまえら次第だって話だな」

 説教くさいなと我ながら思ったが、時枝はふぅん、と呟いて、ひとまず終わりとしたようだった。
 グラウンドの入り口にまばらに人影が集まりだしている。
 きっと寮の洗面所は今頃戦争状態だろう。何年も前の自分が在寮していたころの朝の風物詩を思い出すと、少し笑えた。


 ――先輩。

 久しぶりに見た夢の中で、折原は高校生の子どもじゃなかった。
 サッカー選手になっていた、――大学で再会した時の折原の声だった。

 先輩、と何度も俺を呼ぶ声がどんどん苦しそうになっていく。
 もっと早く解放してやればよかった。そう思うのに、できない。

 折原の車の中。向かい合っているのは俺と折原で、話している内容は、三年前のあの日と全く同じだった。
 なのに、夢の中で俺は、実際の記憶とは違うことを口にする。


 ――俺のこと、好きなのか嫌いなのか。それだけでいいって言ってるんです。それくらい答えてくださいよ。

 今になっても、なにも折原は間違ったことを言っていないと思う。
 そして俺は応じなかった。

 なのに、夢の中で、三年前の、大学生だった俺は叫んでいた。

 好きに決まってる。そうじゃなかったら、こんなに苦しいわけがない。おまえのことを案じるはずがない。悩むはずがないんだ。

 折原の顔はもやがかかったように見えない。なにを言ってるんだと思ったところで、目が覚める。
 こんな最悪な寝覚めは久しぶりだった。

 もし、万が一、あれが――。
 俺の未練だというのならば、恐ろしすぎた。

 ようやく割り切れたと思っていたのに。また会えるかもしれない。そう思っただけで、この三年のすべてが無駄になってしまうだなんて、笑い話にもならない。

 そして思い知るのだ、また。
 終わらせられていないのは、いつだって俺で、引きずっているのも俺なのだと言うことを。

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