夢の続きの話をしよう

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
40 / 98
第六話

幕間

しおりを挟む
「おまえ、よくあの人に絡めるよな。怖くね?」
「あの人って佐野先輩? んー、別に怖くないよ」

 どこがどう良い人かと言われれば、言葉にしにくい部分もなくはないし、そもそもあんまり言いたくないから言わないけど。
 同学年だけしかいない部室で、自然と話題が部活や上級生の愚痴になるのは多々あることで。
 そしてそこで上がってくる名前も似たり寄ったりだ。
 やれあの人は裏で意地の悪いことばかり仕掛けてくる。あの人は気分によって態度が違うから扱いづらい。
 その中で、佐野先輩の名前も上がることはあった。

「だって、無愛想だしとっつきづらいし。富原先輩は優しいし俺らの話聞いてくれるけど」

 そりゃ、おまえが怖がって話かけないからじゃん、と思ったけれど教えてはやらなかった。
 しょうもない、俺の独占欲。
 あの人は、確かに愛想が良いとは嘘でも言えないけど、でも話しかけたら絶対無下にはしない。
 返ってくる言葉がきつかったとしても、それは本音で応じてくれているからなだけだ。

「まぁ富原さんは分かりやすく優しいよね、さすがキャプテン」
「佐野先輩だって副キャプだろ、一応。全然、俺らのこと見てくれねぇけど」
「それはないって。言わないだけで見ててくれてると思うけど」
「そりゃおまえのことは見てるかもな。なんてったってエース様だし」
「でも折原に対しても当たり結構きついよな。ひがまれてんじゃねぇの」

 軽い笑いが起こった輪の中で、それ以上の反論をするのも面倒になってきて、適当に笑ってみせる。
 だから俺はその流れが嫌なんだって。
 もういい加減、慣れたけど。……昔から、ままあることだし。俺のことを嫌ったりのけ者にしようとしているわけではないのも知っている。
 でもそれはイコール、気分がいいものであるわけがないし、イラッとしないわけでもない。

「折原、あの人のどこがそんなにいいわけ、マジで」

 おまえらみたいに陰口言ったりしないところだよと言うかわりに、へらりと能天気に笑って応じる。
 天真爛漫、人当たりの良い折原藍。
 チームメイトが思う俺のイメージは、そんなところなんだろう。全くの間違いではないのかもしれないけど、作っている部分が多いのもまた事実だ。

「俺のこと、いっぱい殴ってくれるから」

 犬かよ、っつうかMだよ、それじゃ。
 脱線して盛り上がり始めた輪から外れて、練習着を頭から引っこ抜く。
 早く、シャワーを浴びて、飯食って、宿題して……佐野先輩にちょっとだけでいいから逢いにいきたい。

 俺のことを「天才」と区別せずに、ひとりの後輩として見ているのだと、一番に示してくれた人。
 当時の俺があの人に懐く理由としては、十分すぎるものだった。

 それが、――いつしか形を変え始めるものだとは、まだ意識してはいなかったはずだ。
 深層心理下では分からないけれど、少なくとも表出はしていなかった。

 けれど、一つだけ分かっていることはあった。
 俺は、佐野先輩がいなかったら、サッカーと言う競技を嫌いになっていたかもしれない。
 辞めるようなことはしなかったと思うけれど、あんな風に「楽しい」「好きだ」という感情でボールに触れることはできていなかったと思う。

 佐野先輩に言ったところで、「そんなわけないだろ」と一蹴されるのは目に見えていたけれど、でも確かにそうだった。

 深山でやっていたサッカーが一番楽しかった。
 佐野先輩とするのが好きだった。

 そのどちらもが本音で、でも、やっぱりこれを言うたびに佐野先輩は困ったように否定していたけれど。
 こんな言い方をすると大げさすぎるのかもしれない、でも。

 俺にとって、少なくとも、深山に在籍していた当時の俺にとって、佐野先輩は神様みたいだった。
 このひとだったら、と思えるような、せかいのぜったい。
 それも佐野先輩は子どもの狭い世界だと眉をしかめるのだと理解してはいる、けど。



「本当に良かったのか、折原」
「何がですか?」
「何がと言うよりかは、全部かな」

 半ば突っかかるように問い返した俺の態度にも富原さんは、怒ることも呆れることもなく、静かに問い重ねてくる。
 昔から変わらない、と言うのは俺じゃなくてこの人のことを言うんだろうな、と思う。
 ある意味、佐野先輩も昔から変わってないけど。

「インタビューのことなら、俺、逆切れしたつもりはないですよ?」
「おまえはそういうタイプじゃないだろう」
「なんかそれはそれで、全部計算ずくって言われてるみたいで微妙です」
「でも外れてもないだろう?」
「まぁ、そうですけど」

 富原さんが俺の若干ふてくされ気味の返答に笑って、「責めてるわけじゃないよ」ととりなしてきた。

「でも、深山には悪かったかなとは思ってはいます」

 全寮制の高校。出身の日本代表選手がゲイだなんて公表しようもんなら、彼らが興味本意の視線にさらされるだろうことは想像に難くない。
 強いて言うなら、今年は県代表として選手権に出場していなかったのは不幸中の幸いってやつなんだろう。
 時期が近すぎる。

「どうせすぐにみんな気にしなくなるからな、そんなもんだろう」
「人の噂も、ってやつですね」
「それでも一度、耳にしてしまったら、消えない痕としてずっと残ってしまう」
「……」
「と、佐野なら思うんだろうけどな」
「あの人は、そういう人だから」

 結局、口にできたのはそんな応えだった。窺うように黙り込んでいた富原さんが、「馬鹿なんだ」とさらりと口にする。
 それは疑うまでもなく、佐野先輩のことなんだろうけれど。

「よく俺が言われてましたけどね、それも」
「そうだな、でも俺から見てると、視野が狭いのもおまえじゃなくて佐野だと思うし、頑ななのもおまえじゃなくて佐野だと思うよ」
「俺もそう思ってます」

 富原さんの佐野先輩評はさすがすぎた。
 あぁもう嫌だな。結局、俺がずっと入り込めなかったところにこの人は居られるんだから。

「思ってますし、分かってます、でも」

 小さく息を吐いて、それからゆっくりと顔を上げる。

「俺、佐野先輩に選んでほしいんですよ。あの人の手で、俺を」

 俺が押し続けたら、いつか折れてくれるんじゃないだろうか。
 そう思ったことは何度もある。
 でも、それじゃ意味がない。

 だから。

「言ったでしょ、俺。気は長いって」

 待っていて、その結果がどちらを向いていても構わない。
 ただ、俺と、――そして、先輩自身の本音としっかり向き合ってほしかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

バイバイ、セフレ。

月岡夜宵
BL
『さよなら、君との関係性。今日でお別れセックスフレンド』 尚紀は、好きな人である紫に散々な嘘までついて抱かれ、お金を払ってでもセフレ関係を繋ぎ止めていた。だが彼に本命がいると知ってしまい、円満に別れようとする。ところが、決意を新たにした矢先、とんでもない事態に発展してしまい――なんと自分から突き放すことに!? 素直になれない尚紀を置きざりに事態はどんどん劇化し、最高潮に達する時、やがて一つの結実となる。 前知らせ) ・舞台は現代日本っぽい架空の国。 ・人気者攻め(非童貞)×日陰者受け(処女)。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

男とラブホに入ろうとしてるのがわんこ属性の親友に見つかった件

水瀬かずか
BL
一夜限りの相手とホテルに入ろうとしていたら、後からきた男女がケンカを始め、その場でその男はふられた。 殴られてこっち向いた男と、うっかりそれをじっと見ていた俺の目が合った。 それは、ずっと好きだけど、忘れなきゃと思っていた親友だった。 俺は親友に、ゲイだと、バレてしまった。 イラストは、すぎちよさまからいただきました。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻! だったら離婚したい! ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。 お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。 本編61話まで 番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。 ※細目キャラが好きなので書いてます。    多くの方に読んでいただき嬉しいです。  コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。    

出戻り勇者の求婚

木原あざみ
BL
「ただいま、師匠。俺と結婚してください」 五年前、見事魔王を打ち倒し、ニホンに戻ったはずの勇者が、なぜか再びエリアスの前に現れた。 こちらの都合で勝手に召喚された、かわいそうな子ども。黒い髪に黒い瞳の伝説の勇者。魔王の討伐が終わったのだから、せめて元の世界で幸せになってほしい。そう願ってニホンに送り返した勇者に求婚目的で出戻られ、「??」となっている受けの話です。 太陽みたいに明るい(けど、ちょっと粘着質な)元勇者×人生休憩中の元エリート魔術師。 なにもかも討伐済みの平和になった世界なので、魔法も剣もほとんど出てきません。ファンタジー世界を舞台にした再生譚のようななにかです。

すてきな後宮暮らし

トウ子
BL
後宮は素敵だ。 安全で、一日三食で、毎日入浴できる。しかも大好きな王様が頭を撫でてくれる。最高! 「ははは。ならば、どこにも行くな」 でもここは奥さんのお部屋でしょ?奥さんが来たら、僕はどこかに行かなきゃ。 「お前の成長を待っているだけさ」 意味がわからないよ、王様。 Twitter企画『 #2020男子後宮BL 』参加作品でした。 ※ムーンライトノベルズにも掲載

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...