夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第六話

36.

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 今ならまだ家まで帰れるから、と腰を上げた富原を見送って、枕元に電源が落ちたままの状態で放置していた携帯電話に久方ぶりに充電器を差し込んだ。

 短い振動音とともに、携帯電話が起動する。
 言われてみれば、確かに1週間ほど放置していたかもしれない。
 途端、メールの受信や着信を告げてくる。そのうちの半数ほどが折原からで、残りはサークルのメンバーからのものが大半だった。

 中身を見るのに躊躇しかけた指先を意図的に無視して、開く。
 そして、――そっと携帯を閉じた。

 打つなら、たった一言返したらいい。
 それで、すべてが終わる。なのに、それさえもできないのだから、本気でどうしようもない。
 でも、このままでいいわけがないんだよな。

 意を決したあとは早かった。
 と言うよりかは、これ以上、ぐだぐだしていたらまた外に出られなくなってしまうと分かっているからかもしれない。
 コートだけ羽織って外に出る。冬の外気が冷たくて、寮にいたころを思い出した。
 寒い、と本当なのかいいわけなのかわからないことを口にして、距離を詰めて隣に座る。
 その体温に、触れているだけで幸せだったのは、本当なのだ。

 ただ、それがいつしか消えてしかるべきものだと、目をそらしていた事実があるだけで。


「先、輩?」
「……折原」

 階段を下りて、共同玄関を出た瞬間。ぶつかりかけた人影に心臓がはねた。
 まさかここで出会うとは思っていなかったからなのか、折原も驚いた顔を隠し切れていなかった。

「あ、どっか行くとこでした?」

 おまえに逢いに行こうかと思っていたとは、言えなかった。
 折原は昔と変わらない顔で笑うと俺は思っていた。
 屈託のない顔で、自信に満ちた少年じみた顔で。

 けれどそれも俺が思い込んでいただけなのかもしれない、と今になってやっと気が付いた。

「あの、先輩。そんな凝視しなくても。俺、ストーカーとかじゃないです……よ? と言うか、そのつもりなんですけど。あれ、でも割と俺、先輩のところ押しかけてます?」

 これ、ストーカーなんですかねぇ、と苦笑した折原にようやく反応を返せた。
 小さく首を振って、それからもう一度折原を見る。

 いつまでも、こどもじゃない。
 それは当たり前のはずで。ここにいるのは、あのころの折原じゃない、と。
 俺は何度言い聞かせたら、理解できるのだろう。

「べつに、どこに行くってわけでもなかったんだけど」
「なんですか、それ」
「どこがいい?」

 意味が分からないとばかりに目を瞬かせた折原に、そっけなく繰り返す。
 折原に言われたことはなかったが、他の連中には俺の言葉尻をとって、「横暴だ」とよく茶化していたなとなぜかそんなことを思い出してしまった。

「そんなことないですよ」と笑って否定していた折原を、犬みたいだよなとからかっていたのもあいつらだった。

 窺うようにこちらを見ていた折原が、そっと息をついた。

「俺は先輩と一緒だったら、どこでもよかったんです、本当に、昔から」

 先輩、先輩、と。
 なんで俺なんだと言いたくなるくらい、折原はずっと俺に着いて回っていた。

「でも、先輩は、それじゃ困りますもんね」
「……折原」
「今日、車なんです。どっか行くところだったんなら、送りますよ」

 へらりと何でも無いように笑うことが、どれだけ無理をさせていたのか。
 気づいていなかったとしたら、俺は、折原の何を見ていたのだろう。
 それだけ自分のことでいっぱいいっぱいだったのかと思うと、たまらなかった。

 俺は、――何を求めているんだろう。
 折原に、なにをしてやれるんだろう。
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