夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第四話

25.

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「ねぇ、先輩! こっち!」

 やたらとテンションの高く感じる折原の呼び声に、どんな顔を返していいのか悩んだ末に、結局不機嫌そうなままになってしまった。
 元からこんな顔だと言えば、そうかもしれないが。

 それでもほんの少し歩みを速めて追いつけば、折原が破顔した。あのころと変わらない、と思ってみたところで、当たり前だが、高校生だった当時よりずっと精悍になっている。

「おまえ、いつでも元気だよな」

 暑いのに、とぎこちない表情を取り繕うようにぼそりと零すと、折原が小さく笑った。

「先輩、昔もそれよく言ってましたよね。試合中とか練習中は絶対そんなこと言わない癖に」
「そうか?」
「うん。ほら、よく一緒に、って言うか俺が先輩にくっついてただけだけどさ、夏に、ここ通って夜買い出し行ったりしてたでしょ。その時もよく言ってた」

 ここ、と折原が指したのは、今、なぜだか分からないが並んで歩いている、深山の寮から住宅街の方へと続くゆるやかな坂道だ。

 この道を歩くのは、高校を辞めたあの日以来だから、かれこれ三年ぶりになるのかもしれない。
 最寄駅から十五分ほどで、高台にある深山に辿り着く。その風景は、驚くほど変わっていなかった。

「よく覚えてんな、そんなこと、おまえ」
「覚えてますって。俺、寮抜け出して、先輩と二人でここチャリで走るの好きでしたもん」
「忘れろよ、それは」

 反射のように切り捨てたくせに、嫌な風に胸が鳴った。
 忘れてない、どころか、夢にまで見たばっかだっつうの、俺なんて。

「アイスつけられて、Tシャツべとべとになったこととか?」
「しつこいな、おまえ」
「しつこいの、専売特許なんです、俺」

 しつこいと言うよりかは、単純だから刷り込みが抜けないだけ、が正解な気がしなくもないけどな。
 なんとなくそれ以上を続けても藪蛇になりそうで、話題を変えるために口を開く。
 もうほんの数メートル先に、あのころと変わらない、母校の校門があった。

「おまえさ。なんで今日、わざわざ俺に声、かけたわけ?」

 プロ選手として、ましてや日本を代表する選手に成長している折原を監督が呼ぶのは分かる。それに折原が選手としてか母校に恩義を覚えてかは知らないが応じるのも分かる。と言うか、してなによりだ。
 だが、なぜそこに俺が一緒に顔を出す流れになるのか。

「えー、だって、ここなら先輩来てくれるかなって」
「かわいこぶんじゃねぇよ。気持ち悪い。っつか、おまえが……」

 文句を言い掛けて呑みこんだのは、折原がやたらと優しい顔をしていたからだった。
 なんだか、ぐちぐち言っている俺の往生際の悪さがみっともなくみえてしまうから、勘弁してほしい。

「俺は、見てるだけだからな」

 ぶっきらぼうに言っただけなのに、折原が目を瞬かせて、そして「はい!」と何故か満面の笑みで頷いた。
 だから、なんでおまえはそんなに元気なんだ。

「って言っても、一時間もないくらいですけどね。激励ってやつです。俺が適役なのか怪しいですけどね」

 ほら、俺、説明下手ってよく先輩にも怒られたし、と折原は笑ったが、そんなことはないだろうと思う。
 いや、確かにこいつは本能で生きているところがあるから、説明には向いてない事実はあるけれど。

「おまえが来るだけで、士気が上がんだから、問題ないだろ」
「……なんか」
「なんか、なんだよ?」
「先輩に言われると、照れる」

 本気で気恥ずかしそうに軽く目を泳がせた折原の後頭部をつい殴ってしまったのは、ご愛嬌だと思ってもらいたい。
 駄目だ。ペースに乗せられている感が半端ない。

「アホなこと言ってねぇで、ちょっとはOBらしく行ってこい! 義務だ、義務」
「えー、まぁそうかもしれませんけど。いいじゃないですか、ちょっとくらい。ところで先輩、グランド顔出します? それとも監督のとこだけにしときます?」
「ここまできてそれかよ」

 今更と言えば今更すぎる気遣いに、小さく頭を振る。
 もうどうでもいい。というか、ここまで来たら、付き合わないわけにはいかないだろう。

「見ててやるから。ただし俺は参加はしないからな」
「じゃあ見ててください。無駄に張り切ります、俺」

 無駄には張り切るなよ、万が一怪我でもしたらどうするつもりだと言おうとして、止めた。
 いつまでも俺はこいつの先輩じゃない……どころか、立ち位置が全然違う。そんなこと、俺に指図されるまでもないことのはずだった。
 そんな俺の気を知ってか知らずか、折原がふっと懐かしむように微笑った。

「まぁ、俺も先輩たちに鍛えてもらったからなぁ。恩返しってやつですかね、これも」


 ――恩返しと言うよりかは、循環な気がする。

 そういえば、俺が学生だった頃も、折原ほどではなかったが、プロ入りして活躍し始めていたOBが激励にきてくれたことがあった。
 やはりその日は、心が躍ったのだと思う。
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