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第四話
23.
しおりを挟む「はぁ? なんで俺が」
面倒くさいと言わんばかりの感情が顔にも声にも出ていたのか、中学生の富原が困ったように眦を下げた。
「そう言わずに、頼むよ、佐野」
「だからなんで俺なんだっつうの。監督が聞いても駄目。コーチが聞いてもだんまり。おまえが聞いても駄目なんだろ、俺が聞いて口割るかよ」
「だって、折原が一番信頼してるのは、佐野だろう」
絶対そんなわけはない、と思うのに。富原が大真面目な顔で言うものだから、俺はついうっかり頷いてしまった。
さっきまでの困り顔を一転させた富原に思い切り肩を叩かれて、あれこれもしかしてはめられてないか俺と思い至ったが、それももはや後の祭りで。
「……一応。一応先輩として、三年として、聞いてはみるけど。みるだけだからな、それであいつが何も言わなくても文句言うなよ?」
釘を刺したにもかかわらず、富原は満面の笑みだった。そんなことあるわけがないだろうと言われているようで腹立たしい。
――折原が、二軍の三年生二人を殴った。
暴力沙汰なんて、有り得ないだろ、と思ったのが第一弾で、次いで湧き上がってきたのは馬鹿かというそれだった。
おまえ、もしそんなことで出場停止とか、おまえに限ってねぇとは思うけど、退部させられたりしたらどうするんだよ。
っつか、おまえ……。
そこまで思って、がりがりと頭を掻く。
馬鹿じゃねぇのと喚く嵐が消え去った後に残ったのは、一つで。
だから、しょうがねぇかと部活禁止令を食らっている後輩の部屋へと足を向けたのだった。
「折原」
ノックをするのも気を遣うのも癪だったが、一応の礼儀としてドアをおざなりに叩くと、中から「開いてますけど」と可愛くない応対が返ってきた。
元から可愛くはないが、拗ねているとさらに可愛くない。中等部に入学してきた頃は小さかったからまだ可愛げがあったが、今はほとんど身長も変わらないと来ている。可愛くない。全くもって可愛くない。
ドアを開けると、二段ベッドの下段から、不貞腐れた表情の折原がのっそり顔を出した。
「先輩もお説教ですか」
「いや別に」
と思わず本音を零してしまってから、どうするかなと思案する。
来る前には一応いろいろ考えていたような気はしていたのだが、こうやって不貞腐れた後輩を前にすると、少し悩む。
「だと思った。どうせあれでしょ。富原さんにでも『行ってこい』って言われたんでしょ。そうでもなきゃ先輩がわざわざ来るわけないもん」
やたらと棘のある折原に、面倒くせぇと小さく嘆息する。しかも当たってるだけに、余計性質が悪い。
「それが嫌なら、富原にでもとっとと吐いときゃ良かっただろ。なにダンマリ決め込んでんだ」
「先輩に関係ない」
「……折原」
頑なな子どもを絆すような声になった。出した俺も驚いたが、折原も同様だったらしい。眼を瞬かせて見上げてきた折原の頭を乱雑にかき混ぜる。
「止めてくださいよ」だとか「痛いんですけど」だとか形だけの抗議を一切無視して、好き放題していると、折原の頭が落ちて膝に埋まった。
少し硬めの折原の髪は、いつも日向の匂いがした。子どもみたいだなとからかったこともあるけれど、それだけじゃない。折原は明るい場所が似合う。
太陽の下。すべての中心でただサッカーをしていてくれればいいと思う。
だから、似合わないのだ。こんな暗い顔も、発散しきれていない屈託も。
「あいつらがなにかしてんのでも、見たのか」
ぴくっと素直に折原の肩が揺れた。その反応に、俺はそっと天を仰いだ。
馬鹿だ。
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