夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第一話

3.

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 あれから何度も練習場に足を運んでいる栞は、折原とよく話をするようになったらしい。
 あのねあのねと楽しそうにサークルの部室で報告してくる栞は、友人の贔屓目でなくても可愛い。

 折原が――、そう言う意味での一線を越えるような奴ではないと思っているけれど、目に留まるようなことがあっても、少しもおかしくないのだなと。
 なぜかそんなことまで考えてしまって、何とも言えない気分になる。

 けれどそれもおそらく、捨てたはずの思い出が、関係がなかったはずのこの空間を侵食しているようで、だから嫌なんだろう。
 そう思うことにして、俺は栞のとりとめもない会話に適当に相づちを打つ。

「でね、今度もまた見に来てねって言ってくれたんだよ、あたしのこと顔覚えてくれてるみたいで、もうほんと幸せ!」
「へぇ、良かったな。見に行った甲斐あって」
「でっしょー。折原くん、かっこいいだけじゃなくて、すっごい優しいんだぁ」

 へへっと顔を崩した栞につられるようにして、幼い折原の顔が浮かんだ。今の折原は、想像できない。
 当たり障りのない返答している俺の横では、庄司が面白くなさそうな顔で携帯に視線を落としていて。

 ……気になんなら、カッコ付けてないで一緒に練習見に行ってやったら良かったのに。

 このメンバーでつるむことの心地良さからか、関係を切り崩したくないからなのか、庄司は一年の頃から栞を気に入っているくせに、全く手を出そうとしない。
 男の俺から見ても、庄司は女受けするタイプだ。顔も美形の部類だし、スポーツをやっていることもあって身長もあるし、がたいもそれなりに良い。
 ただ、遊んでいる風に見られるせいで、本気の恋愛には向かないと思われていそうではあるのだけれど。


「――っつかさ」

 とりとめもなく続く栞の話を断ち切るように、庄司が少し低い声を出した。
 あまり気分を出さないこいつにしては珍しいとは思ったけれど、これも一つのタイミングなのかもしれないなと判じて気配を消してみる。馬に蹴られたくはない。

「栞はさ、どうしたいわけ、それ。そのまま仲良くなって何がしたいの」
「何がしたいって、いろいろ話せたら嬉しいじゃん」
「ホントにそれだけ?」
「それだけって、そうだよ、別に」

 むっとした栞に、庄司が険のある視線を確かに送った。そして感情のまま口を開こうとする。
 こいつ、絶対後から言わなきゃ良かったって思うぞ。そうなるようなことを言いそうで、止めようとしたのだけれど。

「おい、庄……」
「うまいことしたら、セフレくらいにはなれんじゃないかって思ってんじゃねぇの」

 ……言いやがった。

 そっと栞の顔色を窺う。冗談で済ましてあげるよと言う態で保たれていた笑顔は、既に捨て去られた後だった。
 あぁもうなんだ、面倒くさい。

「なにそれ。庄司あたしのことそんな風に思ってるんだ?」
「フツーそう思うだろ、プロ選手だろうがなんだろうが、結局ただの男じゃん。しかも俺らと大して年もかわんねぇんだし」
「最悪」

 細い息を吐いた後、栞が小さく吐き捨てた。うん、俺も最悪だと思う、こいつ。
 横目で庄司を見るに、明らかに口に出してしまったがために引っ込みがつかなくなっているだけだと分かる。でも、どう考えたってこいつが悪い。
 それに――、

「もうマジ最悪。ばっかみたい。ちゃんと頭冷やして考えてよね、そうじゃなきゃ知らないから」

 乱暴に机に手をついて栞が立ち上がる。そして鞄を肩にひっかけて颯爽と部室から出て行ってしまった。
 その華奢な背中が完璧に見えなくなったところで、庄司が自業自得としか言えない溜息とともに顔を抑えて項垂れた。

「いや、おまえが悪いだろ。どう考えても」
「そんなん、佐野に言われんでも分かってるっつうに。あーもうなに言ってんだ、俺」
「おまえ、栞にだけは要領悪いもんな」

 それが本気だからって言うのなら、かわいいような気がしないでもないけれど。若干、俺も腹が立っていた。

「っつかさ、その辺のチャラチャラしたのと一緒にしてやんなよ、折原、ちゃんとプロだよ。ファンサービスの会話はしても、手ぇ出したりするはずねぇだろ」

 言い切った瞬間、庄司が訝しげな顔をしたのが分かって、「まぁ一般論だけど」と、早口で付け加える。

 今は、知らない。けれど、俺が知っている高校生の折原は、そうだった。当時から折原は馬鹿みたいに人気があって、サッカー部が練習しているグラウンドのフェンスには、いつも女の子たちが張り付いていた。

 でもいつだってあいつは、「なんか俺ら珍獣みたいっすね」とそう笑うだけで、ほとんど相手にもしてなかった。
 他の先輩から勿体ねぇなと言われても、あっけらかんと「だって俺、サッカーしてる方がいいっすもん」と笑っていた。

「あー……、まぁ、栞にはフォローしといてやっからさ、おまえは栞が言った通りだって。頭冷やしとけよ。それで次までに謝っとけよ」

 なんでこんなことばっかり思い出さなきゃいけないんだと、八つ当たりのように考えながら、栞の後を追って部室を出る。

 本当に、なんで。今更になってこんなにまた、俺の周りで折原が溢れてくるんだろう。


「栞」

 ボックス棟を出て中庭に向かう途中で、不機嫌そうに植え込みの煉瓦ブロックに腰かけている栞を発見した。こんな分かりやすいところにいるってことは、追いかけてきて正解だったってことだな。
 栞の前に立つと、じっとりと見つめ上げられる。

「なによ、庄司の弁解だったら聞かないかんね、あたし」
「しねぇよ、ありゃあいつが悪い」
「……大体、あんないっつも他の女の子のには良い顔してるくせに、肝心なとこでへたれだし」
「だな」
「はっきりしないし」

 不貞腐れきった栞を宥めてやりながら、馬鹿じゃねぇのかと小突いてやりたくなった。相手はもちろん庄司だ。結局なんだかんだ言ったって、栞も庄司のことをそういう目で見ているのに。
 あの二人、見た目はチャラい大学生なのに中学生みたいな恋愛してるよねと、地味に毒を吐いたいつかの真知ちゃんの笑顔が脳内をよぎった。
 確かにその通りだ。

 拗ねた顔をしていた栞が勢い込んでなにやら話しているのを、つい余計なことを考えて聞き流してしまっていた。その態度に気づいたのか「ちょっと佐野。あたしの話、きいてる?」とすごまれたときに、ついうっかり「分かってる、分かってる」と返してしまったのだった。
 けれど、間違いなくこれが分かれ目だった。

「ほんと? 良かったー、じゃ早速いこっか」

 ご機嫌に立ち上がって俺の腕を掴んだ栞に、頭が一瞬固まった。俺はいったい何の話に頷いたんだ。

「ちょうど良かった、今日公開練習の日なんだよねー、佐野、もう今日講義ないっしょ?」
「や、ないけど、公開練習って」
「あーやっぱ聞いてなかった。だからさ、一緒に折原くんに会いにいこって言ったの。それで佐野からもちゃんとあのアホに言ってやってよ、全然そう言うんじゃないんだからって」
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