2 / 98
第一話
1.
しおりを挟む
【夢の続きの話をしよう】
『――では、もう一度ご覧いただきましょう。先日A代表のデビュー戦で魅せてくれました、若干18歳の新星、折原選手の逆転弾のシーンです』
大学のサークルでの飲み会からの帰り道、偶然通りかかった大手電気屋の店頭。そこで耳に飛び込んできた名前に、気が付いたときには足が止まっていた。
吸い寄せられるように持ち上げた視線の先で、巨大なスクリーンに映る折原の姿があった。
ゴールを決めた直後の映像なんだろう、日本代表の青いユニフォームを身に纏った折原が、チームメイトにもみくちゃにされながら笑っていた。
「あ、折原くんだ」
「かっこいいよねー、あたしファンなんだ」
すぐ傍で生まれた会話に、一緒に帰っていたメンバーの存在を思い出した。
この笑顔が可愛いんだよね、と中高時代、俺が何度も聞いた女子の声と同じ感嘆を放つ友人に、何年経っても変わらないのだなと苦笑することしかできなかった。
「ファンって、芸能人なわけじゃねぇだろ」
そしてこれもまた昔の俺が思っていた台詞だ。大学に入学してから、丸二年つるんでいる悪友が笑う。
庄司と、栞と真知ちゃん。フットサルサークルに入学後まもなく入部して以来、行動を共にすることが多いメンバーだ。盛り上がる会話を後目に、俺はスロー再生が始まった映像からそっと視線を逸らした。
「庄司、知らないの? 折原くん、すっごい人気あるんだよー。かっこいいから。あたしこの間、練習見に行ってサインも貰っちゃったもん」
「や、知ってるし。確かに顔もかっこいいけどさ、サッカー選手じゃん。プレー褒めてやれよ。っつか栞、ルールとか分かってたっけ?」」
「何それー。あたし一応、うちのマネージャーなんですけど」
「ほぼ飲みサーだけどな。なぁ、佐野。……佐野?」
ぼうっとしていて一瞬反応が遅れた。そんな俺を悪酔いしたと思ったのか、庄司が顔を覗き込んでくる。
「あぁ、悪い。聞いてなかった」
「ちょっとちょっと聞いててよ。佐野、あたしちゃんとマネージャーじゃんね?」
上目づかいで見上げてくる栞に、「そうそう」と適当に応じてやると、満足そうな笑みを見せた。
ミーハーで気分屋なところもあるが、いつも明るい栞はこのメンバー内のムードメイカーだ。
「あ、そうだ。庄司と佐野もさー、今度一緒に練習見に行こうよ」
「試合なら見に行ってもいいけど、練習はいいわ。どうせ女の子が集ってるだけだろ」
「えーいいじゃん。結構おもしろかったよー。それに確かにファンの子多かったんだけどさ、ちゃんと折原くんみんなの相手してくれたんだよ。それだけで行った甲斐あったもん」
「なおさら良いわ、それ。俺らが行っても楽しくねぇだろ」
「えー、佐野も? いや?」
こちらに飛んできた誘いに、どう断ろうかと悩むより早く、真知ちゃんが「あたしが付き合ったげるから二人で行こうよ」と栞を取り成してくれた。
庄司とはきっと異なる理由だけれど、行きたくないと思っていた俺には、その対応はかなり有り難かった。
お兄さんがずっとサッカーをしていたと言う真知ちゃんは、高校サッカーマニアと言う奴だ。
大学に入ってからの知り合いの中では、たぶん唯一真知ちゃんだけが、俺が高校まで真剣にサッカーをやっていて、そして故障したことを知っている。
折原と同じグランドに立っていたということも。
「ねぇ、じゃあ次どこ行くー?」
「あ、悪い。俺、帰るわ」
当たり前の様に次の店の提案が上がったが、あの映像を見てしまった今、これ以上飲む気分になれなかった。
断ると、予想外だったからだろう、栞と庄司が不満そうな声を出す。
「えー、佐野、付き合い悪い! いいじゃん、明日休みなんだし」
「悪い、明日朝から用事あんだよ」
別にそんな用事は、なかったのだけれど。今更だと分かっている。いつまで引きずるつもりだと自嘲したいのも本音だ。けれど、今、これ以上アルコールをいれたら、きっと自分はろくでもない本音をさらしてしまう。そんな気がしてしょうがなかった。
「今度は絶対付き合えよ」だの「帰り道襲われんなよ」だの好き勝手言ってくるのを、おざなりに手を振って、駅に向かってひとり歩きだす。
だから言っただろう、と思う。
あれはもう何年前の話になるんだろうと考えて、三年も前になるのだと言うことに驚いた。
それなのに、俺の中では、まだあんなに鮮明に折原が残ってしまっている。
でも、あんたがいないじゃないですかと。佐野先輩がいないのは嫌だと。何かをこらえて絞り出したような声で折原が言う。
まだ高校一年生の折原だ。
大丈夫、――大丈夫。
なぁ、大丈夫だっただろう?
おまえは今、俺がいなくても、なんの不足も感じていないだろう?
『――では、もう一度ご覧いただきましょう。先日A代表のデビュー戦で魅せてくれました、若干18歳の新星、折原選手の逆転弾のシーンです』
大学のサークルでの飲み会からの帰り道、偶然通りかかった大手電気屋の店頭。そこで耳に飛び込んできた名前に、気が付いたときには足が止まっていた。
吸い寄せられるように持ち上げた視線の先で、巨大なスクリーンに映る折原の姿があった。
ゴールを決めた直後の映像なんだろう、日本代表の青いユニフォームを身に纏った折原が、チームメイトにもみくちゃにされながら笑っていた。
「あ、折原くんだ」
「かっこいいよねー、あたしファンなんだ」
すぐ傍で生まれた会話に、一緒に帰っていたメンバーの存在を思い出した。
この笑顔が可愛いんだよね、と中高時代、俺が何度も聞いた女子の声と同じ感嘆を放つ友人に、何年経っても変わらないのだなと苦笑することしかできなかった。
「ファンって、芸能人なわけじゃねぇだろ」
そしてこれもまた昔の俺が思っていた台詞だ。大学に入学してから、丸二年つるんでいる悪友が笑う。
庄司と、栞と真知ちゃん。フットサルサークルに入学後まもなく入部して以来、行動を共にすることが多いメンバーだ。盛り上がる会話を後目に、俺はスロー再生が始まった映像からそっと視線を逸らした。
「庄司、知らないの? 折原くん、すっごい人気あるんだよー。かっこいいから。あたしこの間、練習見に行ってサインも貰っちゃったもん」
「や、知ってるし。確かに顔もかっこいいけどさ、サッカー選手じゃん。プレー褒めてやれよ。っつか栞、ルールとか分かってたっけ?」」
「何それー。あたし一応、うちのマネージャーなんですけど」
「ほぼ飲みサーだけどな。なぁ、佐野。……佐野?」
ぼうっとしていて一瞬反応が遅れた。そんな俺を悪酔いしたと思ったのか、庄司が顔を覗き込んでくる。
「あぁ、悪い。聞いてなかった」
「ちょっとちょっと聞いててよ。佐野、あたしちゃんとマネージャーじゃんね?」
上目づかいで見上げてくる栞に、「そうそう」と適当に応じてやると、満足そうな笑みを見せた。
ミーハーで気分屋なところもあるが、いつも明るい栞はこのメンバー内のムードメイカーだ。
「あ、そうだ。庄司と佐野もさー、今度一緒に練習見に行こうよ」
「試合なら見に行ってもいいけど、練習はいいわ。どうせ女の子が集ってるだけだろ」
「えーいいじゃん。結構おもしろかったよー。それに確かにファンの子多かったんだけどさ、ちゃんと折原くんみんなの相手してくれたんだよ。それだけで行った甲斐あったもん」
「なおさら良いわ、それ。俺らが行っても楽しくねぇだろ」
「えー、佐野も? いや?」
こちらに飛んできた誘いに、どう断ろうかと悩むより早く、真知ちゃんが「あたしが付き合ったげるから二人で行こうよ」と栞を取り成してくれた。
庄司とはきっと異なる理由だけれど、行きたくないと思っていた俺には、その対応はかなり有り難かった。
お兄さんがずっとサッカーをしていたと言う真知ちゃんは、高校サッカーマニアと言う奴だ。
大学に入ってからの知り合いの中では、たぶん唯一真知ちゃんだけが、俺が高校まで真剣にサッカーをやっていて、そして故障したことを知っている。
折原と同じグランドに立っていたということも。
「ねぇ、じゃあ次どこ行くー?」
「あ、悪い。俺、帰るわ」
当たり前の様に次の店の提案が上がったが、あの映像を見てしまった今、これ以上飲む気分になれなかった。
断ると、予想外だったからだろう、栞と庄司が不満そうな声を出す。
「えー、佐野、付き合い悪い! いいじゃん、明日休みなんだし」
「悪い、明日朝から用事あんだよ」
別にそんな用事は、なかったのだけれど。今更だと分かっている。いつまで引きずるつもりだと自嘲したいのも本音だ。けれど、今、これ以上アルコールをいれたら、きっと自分はろくでもない本音をさらしてしまう。そんな気がしてしょうがなかった。
「今度は絶対付き合えよ」だの「帰り道襲われんなよ」だの好き勝手言ってくるのを、おざなりに手を振って、駅に向かってひとり歩きだす。
だから言っただろう、と思う。
あれはもう何年前の話になるんだろうと考えて、三年も前になるのだと言うことに驚いた。
それなのに、俺の中では、まだあんなに鮮明に折原が残ってしまっている。
でも、あんたがいないじゃないですかと。佐野先輩がいないのは嫌だと。何かをこらえて絞り出したような声で折原が言う。
まだ高校一年生の折原だ。
大丈夫、――大丈夫。
なぁ、大丈夫だっただろう?
おまえは今、俺がいなくても、なんの不足も感じていないだろう?
2
お気に入りに追加
239
あなたにおすすめの小説
胸キュンシチュの相手はおれじゃないだろ?
一ノ瀬麻紀
BL
今まで好きな人どころか、女の子にも興味をしめさなかった幼馴染の東雲律 (しののめりつ)から、恋愛相談を受けた月島湊 (つきしま みなと)と弟の月島湧 (つきしまゆう)
湊が提案したのは「少女漫画みたいな胸キュンシチュで、あの子のハートをGETしちゃおう作戦!」
なのに、なぜか律は湊の前にばかり現れる。
そして湊のまわりに起こるのは、湊の提案した「胸キュンシチュエーション」
え?ちょっとまって?実践する相手、間違ってないか?
戸惑う湊に打ち明けられた真実とは……。
DKの青春BL✨️
2万弱の短編です。よろしくお願いします。
ノベマさん、エブリスタさんにも投稿しています。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭

愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる