夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第一話

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【夢の続きの話をしよう】


『――では、もう一度ご覧いただきましょう。先日A代表のデビュー戦で魅せてくれました、若干18歳の新星、折原選手の逆転弾のシーンです』

 大学のサークルでの飲み会からの帰り道、偶然通りかかった大手電気屋の店頭。そこで耳に飛び込んできた名前に、気が付いたときには足が止まっていた。
 吸い寄せられるように持ち上げた視線の先で、巨大なスクリーンに映る折原の姿があった。
 ゴールを決めた直後の映像なんだろう、日本代表の青いユニフォームを身に纏った折原が、チームメイトにもみくちゃにされながら笑っていた。


「あ、折原くんだ」
「かっこいいよねー、あたしファンなんだ」

 すぐ傍で生まれた会話に、一緒に帰っていたメンバーの存在を思い出した。
 この笑顔が可愛いんだよね、と中高時代、俺が何度も聞いた女子の声と同じ感嘆を放つ友人に、何年経っても変わらないのだなと苦笑することしかできなかった。

「ファンって、芸能人なわけじゃねぇだろ」

 そしてこれもまた昔の俺が思っていた台詞だ。大学に入学してから、丸二年つるんでいる悪友が笑う。

 庄司と、栞と真知ちゃん。フットサルサークルに入学後まもなく入部して以来、行動を共にすることが多いメンバーだ。盛り上がる会話を後目に、俺はスロー再生が始まった映像からそっと視線を逸らした。

「庄司、知らないの? 折原くん、すっごい人気あるんだよー。かっこいいから。あたしこの間、練習見に行ってサインも貰っちゃったもん」
「や、知ってるし。確かに顔もかっこいいけどさ、サッカー選手じゃん。プレー褒めてやれよ。っつか栞、ルールとか分かってたっけ?」」
「何それー。あたし一応、うちのマネージャーなんですけど」
「ほぼ飲みサーだけどな。なぁ、佐野。……佐野?」

 ぼうっとしていて一瞬反応が遅れた。そんな俺を悪酔いしたと思ったのか、庄司が顔を覗き込んでくる。

「あぁ、悪い。聞いてなかった」
「ちょっとちょっと聞いててよ。佐野、あたしちゃんとマネージャーじゃんね?」

 上目づかいで見上げてくる栞に、「そうそう」と適当に応じてやると、満足そうな笑みを見せた。
 ミーハーで気分屋なところもあるが、いつも明るい栞はこのメンバー内のムードメイカーだ。

「あ、そうだ。庄司と佐野もさー、今度一緒に練習見に行こうよ」
「試合なら見に行ってもいいけど、練習はいいわ。どうせ女の子が集ってるだけだろ」
「えーいいじゃん。結構おもしろかったよー。それに確かにファンの子多かったんだけどさ、ちゃんと折原くんみんなの相手してくれたんだよ。それだけで行った甲斐あったもん」
「なおさら良いわ、それ。俺らが行っても楽しくねぇだろ」
「えー、佐野も? いや?」

 こちらに飛んできた誘いに、どう断ろうかと悩むより早く、真知ちゃんが「あたしが付き合ったげるから二人で行こうよ」と栞を取り成してくれた。
 庄司とはきっと異なる理由だけれど、行きたくないと思っていた俺には、その対応はかなり有り難かった。

 お兄さんがずっとサッカーをしていたと言う真知ちゃんは、高校サッカーマニアと言う奴だ。
 大学に入ってからの知り合いの中では、たぶん唯一真知ちゃんだけが、俺が高校まで真剣にサッカーをやっていて、そして故障したことを知っている。
 折原と同じグランドに立っていたということも。


「ねぇ、じゃあ次どこ行くー?」
「あ、悪い。俺、帰るわ」

 当たり前の様に次の店の提案が上がったが、あの映像を見てしまった今、これ以上飲む気分になれなかった。
 断ると、予想外だったからだろう、栞と庄司が不満そうな声を出す。

「えー、佐野、付き合い悪い! いいじゃん、明日休みなんだし」
「悪い、明日朝から用事あんだよ」

 別にそんな用事は、なかったのだけれど。今更だと分かっている。いつまで引きずるつもりだと自嘲したいのも本音だ。けれど、今、これ以上アルコールをいれたら、きっと自分はろくでもない本音をさらしてしまう。そんな気がしてしょうがなかった。

「今度は絶対付き合えよ」だの「帰り道襲われんなよ」だの好き勝手言ってくるのを、おざなりに手を振って、駅に向かってひとり歩きだす。


 だから言っただろう、と思う。
 あれはもう何年前の話になるんだろうと考えて、三年も前になるのだと言うことに驚いた。
 それなのに、俺の中では、まだあんなに鮮明に折原が残ってしまっている。

 でも、あんたがいないじゃないですかと。佐野先輩がいないのは嫌だと。何かをこらえて絞り出したような声で折原が言う。
 まだ高校一年生の折原だ。


 大丈夫、――大丈夫。

 なぁ、大丈夫だっただろう?
 おまえは今、俺がいなくても、なんの不足も感じていないだろう?
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