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6:番外編

8.魔法使いと弟子とそのあとのこと ⑥

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「テオバルド。申し訳ないのだけど、ひとつ頼まれてくれない?」

 終業間近、自分の机で書類仕事を進めていたテオバルドは、「構いませんが」と声のほうに顔を向けた。二期上の先輩である。

「魔法書庫の戸締まりですか?」
「そうなの。今日は私の当番なんだけれど、どうしても早くに帰らないといけない用事があって」

 帰り支度を整えた彼女に託された宮廷の魔法書庫の鍵を机に置き、テオバルドはほほえんだ。

「わかりました。代わりにやっておきますね」
「ごめんね、本当に助かったわ」

 ありがとう、と頭を下げられ、苦笑を返す。早く帰らないとならない用事もないし、こういうものはお互いさまだ。

「とくに予定もないので。気にしないでください」
「そう言ってくれるとありがたいわ。利用者が誰もいなかったらよかったんだけど、そうもいかなくて。おまけにちょっと急かしづらい方だったものだから」

 ちょっと急かしづらい方。誰だろうなと想像しつつ、「了解しました」と頷く。
 まだ使っているということであれば、もう少し仕事をしてから顔を出したほうがいいのかもしれない。そう決めて、にこりとした笑みを向ける。

「ちょうどやっておきたい仕事もあったので、一時間ほど置いて確認することにします」
「そうしてもらってもいいかしら。まぁ、テオバルドだったら急かすこともできるのかもしれないけれど」
「え?」
「あら、ごめんなさい。肝心のことを言ってなかったわね。あなたのお師匠さまなのよ」

 だから、あなたに頼むことにしたの、と続いた台詞に、テオバルドは金色の瞳を瞬かせた。

「あ、……そうでしたか」

 なるほど、と納得した半分で、なんだか少し申し訳がない。とは言え、自分が謝るのも、たぶん、少し変な話だ。逡巡の末に、「了解しました」とテオバルドは了承を繰り返した。

「本当に助かったわ。じゃあ、申し訳ないけれど、よろしくね」

 それじゃあ、また明日、と慌てて帰っていった先輩を見送り、テオバルドは言付かった鍵を持ち上げた。
 それは、まぁ、大魔法使いに鍵を閉めたいから早く帰ってくれ、とは言いにくいだろうな、と思う。そんなことで気を悪くする人ではないとテオバルドは知っているけれど、それはそれと言うやつだ。

 ――でも、それだけ遅くまで宮廷にいるなら、事前に教えてくれてもいいのに。

 そうしたら、一緒に帰ることもできるのに。言えるわけのない幼い不満を、そっと打ち消す。そんなことを言った日には、また子ども扱いをされてしまいそうだ。

 ……べつに、されたくないわけじゃないけど。

 ある程度はしかたがないと割り切っている。ただ、対等な相手として扱ってもらいたいという願いも、いつだって持っていた。
 悶々とした感情を呑み込み、切りのいいところまでやってしまおうと、テオバルドは机に向かい直した。


 宮廷の書庫の、さらに奥。
 魔法に携わる者だけに許可される魔法書庫の扉を開けると、アシュレイは熱心に蔵書を漁っているところだった。
 書架の前で読み耽っている様子に、これは声をかけづらかっただろうな、と内心で苦笑する。
 扉付近に立ったまま眺めていると、アシュレイが本を閉じた。もう終わったのだろうかと思っていると、片手に本を抱えたまま、今度は最上段に手を伸ばしている。
 
 ――ここ、一応、魔法禁止区域なんだけどな。

 という懸念が伝わったわけではないだろうが、ごく当然と本を浮かせようとしていたアシュレイが魔力の放出を止めた。
 だが、しかし。魔法禁止区域であることは思い出しても、踏み台を取りに行くという発想はなかったらしい。
 そのままどうにか本に手を伸ばそうとしているので、しかたなくテオバルドは近くに歩み寄った。
 
「取りますよ」
「……手伝う気があるなら、もっと早くに声をかけたらどうだ」
「来たところです」

 さらりと言ってのけて、書架から取り出した本を手渡す。真面目な顔で手を伸ばす姿がかわいかったので、もう少し見ていたかったというだけだ。

「ほかにも気になる本があるなら取りますよ。持ち出しの手続きもしておきますが」

 迷うような表情に、テオバルドは笑顔で言い足した。
 このあいだ言われたばかりのことだ。彼なりの気遣いであることはわかるけれど。

「使える弟子は使ったらいいでしょう。そのほうが合理的ですよ」
「また休憩中か」
「今日はもう仕事は終わったので」

 その台詞に、書架ばかりを眺めていた緑の瞳がぐるりと動いた。テオバルドをじっと見上げ、バツの悪い調子で「もうそんな時間か」と問うので、どうにか苦笑を呑み込む。
 たしかに、もうそんな時間で、没頭すると周囲を忘れる悪癖も本当にあいかわらずと思うが、そのすべてがいまさらだ。

「なので、魔法書庫の戸締まりは代わってもらいました。私が閉めるので、まだ構いませんよ」
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