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6:番外編

5.魔法使いと弟子とそのあとのこと ③

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 いや、だが、あるいは、中途半端に距離が近づいた分だけ、悪化している可能性もあるのでは。
 テオバルドが真面目にそう思い直したのは、数日後。ひさしぶりにグリットンの森の家を訪れたときのことだった。


「……またなにか新しい実験でも」

 扉を閉め、室内を一瞥したところで、恐る恐るの問いがこぼれる。居間の丸テーブルの惨状がひさかたぶりに見るとんでもなさだったからだ。
 最近は薬草学研究所に入り浸っているからと完全に油断していた。

 テオバルドからすれば信じがたいバランスで鎮座している器具と薬草とを順々に見やって、その隙間で器用に魔法書を繰っているアシュレイに目を向ける。
 七つだったころから、「倒したらどうするのだろう」と案じ続けているのだが、テオバルドがなにを言ってもアシュレイはどこ吹く風だ。そんな粗相も終ぞ見ないままだったので、師匠にとっては問題のない配置なのかもしれないが。
 それにしても、今回は一段とすごい。呆れ半分で感心していると、昔から変わらない調子で「そんなところだ」とアシュレイが頷いた。

「書き留めたら一息つこうと思っていたんだ。適当に待っていてくれ」

 言葉どおりペンを取ると、淀みのない速さで書き記していく。フードを外しているので、少し離れた位置からでも真剣な瞳はよく見ることができた。その横顔をそっと見つめ、テオバルドもローブを脱いだ。
 テーブルの散らかり具合いと裏腹に、もうひとつある椅子の上だけはなにひとつ物は乗っていない。
 作業をする彼を見つめることのできる、テオバルドの特等席。その椅子を引き、師匠のペンの音が止まるまで静かに待つ。
 この席からアシュレイを見ることが、テオバルドは変わらずずっと好きなのだ。


「それで、今日はなにをされていたのですか」

 世間話というよりは、魔法に携わる者の興味として、改めて問いかける。薬草学研究所の一角を占有する勢いで通われている、という話は、少し前にアイラからも聞いていたのだが。そちらのほうはもう一段落ついたのだろうか。
 テオバルドが淹れた薬草茶――森に入る前に立ち寄った実家で、母に持たされたものだ――を飲んでいたアシュレイがテーブルに視線を動かした。

「このあいだ話していた実験の続きだ」
「このあいだというと、薬草学研究所でされていた実験ですか」
「宮廷の外に持ち出すには厄介な手続きのいる薬草が必要だったんだ。それで足を運んでいたんだが」

 許可が下りたので、行く必要はなくなったということらしい。器具のほうも、森の家にあるもので代用がきいたということなのだろう。

「それで」

 半分ほど納得して、テオバルドは頷いた。だが、少し珍しいな、とも思う。覚えた引っかかりに、そのままを問いかける。

「つまり、許可が下りたのですか。珍しいですね。……あぁ、いえ。許可がおりたことではなく、厄介な申請のためにあなたが腰を上げたことが、ですが」
「いや」

 テオバルドが片づけて生み出したスペースに、アシュレイは苦笑ひとつでカップを戻した。そのまま腕を組み、なんでもないふうに答える。

「モーガンがな」
「……モーガンさんが」
「家でやるほうが気が楽だとぼやいていたら、内々で申請を済ませてくれるというから甘えさせてもらったのだが。……テオバルド?」

 どうかしたのか、と不思議そうに問われ、いえ、と笑顔を取り繕う。どうしたもなにも、甘えさせてもらったという言いように衝撃を受けたというだけだ。
 アシュレイの人づきあいが丸くなったことは安堵すべき事象なのだろうが、少しばかり丸くなりすぎではないだろうか。だが、言えるわけもない。
 悶々とした感情を抑え、テオバルドは控えめに主張をした。弟子として正当な範囲のつもりである。

「言っていただいたら、私がやりましたが」
「おまえに無理を言うつもりはない」

 あっさりと断ったアシュレイが、それに、と言葉を継ぐ。

「おまえも、必要以上に俺の弟子と評されたくはないだろう」

 師匠なりの気遣いであることは理解できたものの、やんわりとテオバルドは食い下がった。

「そんなことはありませんが」

 つい、このあいだ。目の前で「弟子を頼む」と言われ、居た堪れなくなったことは脇に置いてほほえむ。

「俺にとって、師匠の弟子だということは昔から誇りでしかありませんから」
「あいかわらずかわいいことを言う」

 こちらを見つめる緑の瞳が、ふっと柔らかにゆるんだ。
 そうして、それこそあいかわらずの優しい声音でアシュレイが続ける。ある意味で、幼い弟子に言い聞かせる調子とたいして変わらないもの。
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