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6:番外編

3.魔法使いと弟子とそのあとのこと ①

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 所用で宮廷内を歩いていたテオバルドは、初秋の風に乗って届いた魔力の気配に、ふと足を止めた。薬草学研究所のほうに視線を向ける。

 ――今日も来てたんだ。

 言わずもがな、アシュレイのことである。
 いつだったか、「犬のような嗅覚だな」とジェイデンに引いた顔をされたが、ある程度の範囲であれば、どこにいるのかは手に取るようにわかる。もっとも、アシュレイに隠す気がないからわかるというだけではあるのだが。
 わずかな逡巡のあと、テオバルドは視線を向けた方角に歩き始めた。大魔法使いである師匠が宮廷に顔を出しているのだ。研究部に戻る前に挨拶に少しくらい時間を取っても構わないだろう、と思うことにして。

 エンバレーからの帰還を経て、師弟以上の関係になった今も、アシュレイは変わらずたびたび宮廷に顔を出している。ちなみに、今の目当ては、森の家に置くことのできない薬草学研究所の機材なのだそうだ。

 ――あいかわらずというか、なんというか。あの人から研究意欲がなくなることはないんだろうな。

 先週末、森の家を訪れたときも、取り組んでいる研究の話を聞かされたばかりだ。誇らしいような、ほんの少しほほえましいような。そんな気持ちのまま角を曲がったテオバルドだったが、視界に入った姿に再び立ち止まった。
 見慣れた深緑のローブと並ぶ宮廷魔法使いの――つまるところ同僚の濃紺のローブ。薬草学研究所を出たところで、立ち話をしているところだったらしい。
 珍しいな、とテオバルドは思った。アシュレイが宮廷で立ち話に興じていることもだが、なによりも、フードを被っていてもにじむ、父の店で話をしているときに似た、柔らかな雰囲気が。
 
「テオバルド」

 視線が気になったのか、アシュレイがこちらに顔を向けた。
 そんなところで見ているのなら、声をかけたらいいだろう、と続いた台詞に、はっとして笑みを張りつける。

「お話し中だったようなので」

 彼らのもとに近づいてそう告げれば、アシュレイは静かに頭を振った。

「行き合ったから、少し話をしていただけだ。そう気を使うな」
「すみません。……モーガンさんも」

 その言葉に、モーガンが穏やかな笑顔を浮かべる。テオバルドより七つほど上の男性の中堅魔法使いだ。細かな所属は違うものの部署は同じなので、先輩というかたちだ。

「こちらこそ。お師匠との邪魔をして申し訳ない」
「いえ……」

 曖昧に頷いて、ちら、とアシュレイに視線を移す。その視線を受け、アシュレイは、ああ、と頷いた。

「エンバレーで一緒だったんだ」
「あぁ、エンバレーで」

 そういえば、彼も遠征隊の一員だったな、と。親しげだった理由に納得していると、テオバルドとモーガンを見比べたアシュレイが、またひとつ首を縦に振った。

「そうか。今はうちの弟子が世話になっているのか。よろしく頼む」
「いえ、とんでもない。お弟子はとても優秀で――」

 この年になってまで師匠に「弟子を頼む」と言われると、面映ゆいを通り越して、いささか居た堪れない。控えめな愛想笑いでやりすごしていると、「それでは」とモーガンが話を切り上げた。

「お引き止めして申し訳ありません、アシュレイさま。ぜひ、また」
「あぁ、また」

 立ち去った先輩を見送り、ぎこちない動きでアシュレイを見下ろす。あまりにも聞き慣れない呼称だったからだ。

「アシュレイさま」
「敬称をつける必要はないと言ったんだが。折れなかったんだ」

 まぁ、森の大魔法使いさまという呼び方も似たようなものだな、とアシュレイが言う。いや、違うだろ。口にはしなかったものの、心底テオバルドはそう思った。
 せっかく宮廷で師匠と会ったというのに、なんだかものすごく悶々とした感情を抱えてしまった気分だ。いや、言わないけれど。

「テオバルド?」

 どうかしたのか、というふうに名を呼ばれ、テオバルドははたとほほえんだ。とってつけたように、そうですね、と相槌を打つ。たいしたことではないと思ったのだろう。アシュレイも、それ以上はなにも問わなかった。

 そのことにほっとしつつ、テオバルドはどうにか悶々を呑み込んだ。なんのことはない。狭量と思われたくなかったというだけである。
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