不老の魔法使いと弟子の永遠

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
122 / 139
5:エピローグ

121.幸せはきみのかたちをしている ④

しおりを挟む
 夜がまた少し深まると、広場の賑わいに変化が表れた。意中の相手に花を渡そうとする若者が増え始めたからである。

 夜目の利く視界が捉えた子どもの姿に、アシュレイはふっと目元を笑ませた。
 背に花を隠し持った、そわそわとした横顔。それがどうにも懐かしかったのだ。

「おまえも昔、ギプソフィラをくれたことがあったな」
「……学名で言うところが、いかにもあなたらしいと思いましたよ」

 子どものころの話を持ち出されたことが気恥ずかしかったのか、応じる声音はどこか嫌そうで、けれど、アシュレイの目にはどうしようもなくかわいく映る。
 喉を鳴らすと、しかたないとばかりにテオバルドも笑った。石段の上に置いていた指と指とが触れて、隣にふと視線を向ける。
 見上げた先で、 幼いころから変わらない星の瞳が柔らかにほほえんだ。にじむ愛おしさに、知らず指先がじんと痛む。
 アシュレイが、いつしか一番愛おしいと感じるようになったもの。

「あなたが、押し花にしてくれていたことを、知っています」

 今度のそれは、純粋に過去を懐かしむ調子だった。知っていたのか、と応じる代わりに、ひとつ頷く。
 新しい世界が広がれば、こんなふうに花を貰うこともなくなるのだろう。あたりまえの事実としてわかっていたから、せめて自分は長く持っていようと思っていたのだ。

「今、どうなっているのかは知りませんが、長く大事にしようとしてくれた気持ちがうれしかった」
「今もあるが」
「え?」

 きょとんと目を丸くした顔が妙に幼くて、ごく自然と笑みがこぼれる。

「俺の部屋の本棚の、一番上の左から二冊目。六十七頁。嘘だと思うのなら、見にくればいい」
「誘っているんですか?」
「そうかもしれないな」

 冗談めかそうとした言葉尻に乗らなかったアシュレイに、テオバルドの瞳が揺れる。
 もう子どもではないので、この家には泊まれません。そう告げてテオバルドが頑なな背中を向けた日から、自分たちの関係は変わったはずなのに、テオバルドは一向に立ち寄らない。
 気恥ずかしくなるようなことはいくらでも言うくせに、死にかけた人が無理をしないでください、と繰り返すばかりで、必要以上に触れてこようとしないのだ。
 まったく、どれだけこちらが我慢しているのか、なにひとつわかっていないに違いない。

「教えてくれ、テオバルド」

 迷う必要も、待つ必要もないのだと。言い聞かせるように、アシュレイはテオバルドの頬に手を伸ばした。幼いころの柔らかさはもうない。けれど、自分を真ん中に映す星の瞳も、夜色の髪も。すべて変わらず愛おしかった。
 自分だけのものだ、とも思う。そうして、これからもずっとそうであってほしい。

「おまえのすべてを見てみたい」

 おまえは俺の世界そのものだ。囁いた声は、花祭りの夜に密やかに溶けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...