不老の魔法使いと弟子の永遠

木原あざみ

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4:魔法使いと弟子の永遠

116.星を言祝ぐ ⑤

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「……本当にしかたのないやつだな、おまえは」

 深く耳に馴染んだ声が根負けしたように笑って、背中に彼の手が回る。
 自分がまだ幼かったころ、あやすために抱きしめてくれたときと変わらない、焦がれていたぬくもり。鼻の奥がツンと熱くなって、テオバルドはその肩口に目元を埋めた。
 耳のすぐそばで、ふっと吐息が震える。

「だから、泣くなと言ったろう」

 本当にしかたのないやつだ、と。自分のことを棚に上げているとしか思えない台詞が落ちてきて、テオバルドは声を振り絞った。

「もう二度と、こんなことはしないでください」
「テオバルド」
「あなたがいないと、俺は生きていけません」

 ほんのわずか、抱きしめた身体が動揺したような気配があった。

「そんなことはないだろう」
「あるんです」

 頑なにテオバルドは主張した。

「あなたがなんと言おうと、そうなんです」

 彼の師匠が言っていたとおりだ。たとえ、自分の命が助かったとして、その代わりにこの人の命が失われるのだとしたら、そんなものは本当に呪いでしかない。そう思った。

「だから、あなたは、俺のために、自分自身を大切にしてください」

 祈る気持ちで、そう告げる。返事を迷うような沈黙が、どうしようもなく長かった。

「テオバルド」

 顔を上げろ、という師匠の声に、ぎこちなく押しつけていた目元を離す。その声に逆らうことは、どうしたって自分にはできないのだ。
 緑の瞳に映る自分の顔は、緊張に強張っている。その顔に、アシュレイが手を伸ばした。確認するように輪郭をなぞって、夜の色だと慈しんでくれていた髪に触れる。

「なによりも大切なおまえに誓おう。おまえに誓って、ここにいよう。おまえの隣にずっと」
「師……」
「さすがに待ち飽きたのだが、そろそろ私のことも思い出してもらってもよかったかな」

 突如として背後から響いた声に、テオバルドはぎょっとして固まった。完全に忘れていたからである。
 目の前の緑の瞳に、いかにも嫌そうな色が浮かんだ。小さく溜息を吐いて手を離したアシュレイが、その態度のまま、ルカ、と緑の大魔法使いを呼ぶ。

「ここまで黙っていたのなら、最後まで口を噤んでいればいいものを」
「照れ隠しにしても、かわいくない態度だね」
「あなたはあいかわらず趣味が悪い。ひとの大事な弟子で遊ぶなと何度も言ったはずだが」
「遊んではいない。試したんだ」
「……それは、なお悪いだろう」

 うんざりとした呟きに内心で同意を示しつつ、テオバルドは振り返った。目が合った緑の大魔法使いが、なにひとつ悪びれていない調子で、さて、とほほえむ。
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