117 / 139
4:魔法使いと弟子の永遠
116.星を言祝ぐ ⑤
しおりを挟む
「……本当にしかたのないやつだな、おまえは」
深く耳に馴染んだ声が根負けしたように笑って、背中に彼の手が回る。
自分がまだ幼かったころ、あやすために抱きしめてくれたときと変わらない、焦がれていたぬくもり。鼻の奥がツンと熱くなって、テオバルドはその肩口に目元を埋めた。
耳のすぐそばで、ふっと吐息が震える。
「だから、泣くなと言ったろう」
本当にしかたのないやつだ、と。自分のことを棚に上げているとしか思えない台詞が落ちてきて、テオバルドは声を振り絞った。
「もう二度と、こんなことはしないでください」
「テオバルド」
「あなたがいないと、俺は生きていけません」
ほんのわずか、抱きしめた身体が動揺したような気配があった。
「そんなことはないだろう」
「あるんです」
頑なにテオバルドは主張した。
「あなたがなんと言おうと、そうなんです」
彼の師匠が言っていたとおりだ。たとえ、自分の命が助かったとして、その代わりにこの人の命が失われるのだとしたら、そんなものは本当に呪いでしかない。そう思った。
「だから、あなたは、俺のために、自分自身を大切にしてください」
祈る気持ちで、そう告げる。返事を迷うような沈黙が、どうしようもなく長かった。
「テオバルド」
顔を上げろ、という師匠の声に、ぎこちなく押しつけていた目元を離す。その声に逆らうことは、どうしたって自分にはできないのだ。
緑の瞳に映る自分の顔は、緊張に強張っている。その顔に、アシュレイが手を伸ばした。確認するように輪郭をなぞって、夜の色だと慈しんでくれていた髪に触れる。
「なによりも大切なおまえに誓おう。おまえに誓って、ここにいよう。おまえの隣にずっと」
「師……」
「さすがに待ち飽きたのだが、そろそろ私のことも思い出してもらってもよかったかな」
突如として背後から響いた声に、テオバルドはぎょっとして固まった。完全に忘れていたからである。
目の前の緑の瞳に、いかにも嫌そうな色が浮かんだ。小さく溜息を吐いて手を離したアシュレイが、その態度のまま、ルカ、と緑の大魔法使いを呼ぶ。
「ここまで黙っていたのなら、最後まで口を噤んでいればいいものを」
「照れ隠しにしても、かわいくない態度だね」
「あなたはあいかわらず趣味が悪い。ひとの大事な弟子で遊ぶなと何度も言ったはずだが」
「遊んではいない。試したんだ」
「……それは、なお悪いだろう」
うんざりとした呟きに内心で同意を示しつつ、テオバルドは振り返った。目が合った緑の大魔法使いが、なにひとつ悪びれていない調子で、さて、とほほえむ。
深く耳に馴染んだ声が根負けしたように笑って、背中に彼の手が回る。
自分がまだ幼かったころ、あやすために抱きしめてくれたときと変わらない、焦がれていたぬくもり。鼻の奥がツンと熱くなって、テオバルドはその肩口に目元を埋めた。
耳のすぐそばで、ふっと吐息が震える。
「だから、泣くなと言ったろう」
本当にしかたのないやつだ、と。自分のことを棚に上げているとしか思えない台詞が落ちてきて、テオバルドは声を振り絞った。
「もう二度と、こんなことはしないでください」
「テオバルド」
「あなたがいないと、俺は生きていけません」
ほんのわずか、抱きしめた身体が動揺したような気配があった。
「そんなことはないだろう」
「あるんです」
頑なにテオバルドは主張した。
「あなたがなんと言おうと、そうなんです」
彼の師匠が言っていたとおりだ。たとえ、自分の命が助かったとして、その代わりにこの人の命が失われるのだとしたら、そんなものは本当に呪いでしかない。そう思った。
「だから、あなたは、俺のために、自分自身を大切にしてください」
祈る気持ちで、そう告げる。返事を迷うような沈黙が、どうしようもなく長かった。
「テオバルド」
顔を上げろ、という師匠の声に、ぎこちなく押しつけていた目元を離す。その声に逆らうことは、どうしたって自分にはできないのだ。
緑の瞳に映る自分の顔は、緊張に強張っている。その顔に、アシュレイが手を伸ばした。確認するように輪郭をなぞって、夜の色だと慈しんでくれていた髪に触れる。
「なによりも大切なおまえに誓おう。おまえに誓って、ここにいよう。おまえの隣にずっと」
「師……」
「さすがに待ち飽きたのだが、そろそろ私のことも思い出してもらってもよかったかな」
突如として背後から響いた声に、テオバルドはぎょっとして固まった。完全に忘れていたからである。
目の前の緑の瞳に、いかにも嫌そうな色が浮かんだ。小さく溜息を吐いて手を離したアシュレイが、その態度のまま、ルカ、と緑の大魔法使いを呼ぶ。
「ここまで黙っていたのなら、最後まで口を噤んでいればいいものを」
「照れ隠しにしても、かわいくない態度だね」
「あなたはあいかわらず趣味が悪い。ひとの大事な弟子で遊ぶなと何度も言ったはずだが」
「遊んではいない。試したんだ」
「……それは、なお悪いだろう」
うんざりとした呟きに内心で同意を示しつつ、テオバルドは振り返った。目が合った緑の大魔法使いが、なにひとつ悪びれていない調子で、さて、とほほえむ。
0
お気に入りに追加
304
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる