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4:魔法使いと弟子の永遠
107.悔いと未来 ②
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「おい、エレノア」
自分以上の取り乱しぶりを見せつけられて、逆に落ち着いたらしい。イーサンがエレノアを宥め始めたのを見て、アシュレイはひとまずほっとした。
エレノアのことはイーサンに任せておけば、まず間違いはないのだ。イーサンのことも、エレノアに任せておけば、まず間違いはない。
心の底から素直にそう思って、安堵している。つまるところ、実らなかった古い初恋は、もう自分の中に巣食っていないのだ。
――だというのに、エレノアも、テオバルドも、余計なことにばかり気を回そうとする。
自分が死ねば、煩わされることもなくなるのだろうが。自分の右手に、そっと視線を落とす。意識体であるせいか、半透明に透けてしまっていた。
おかげで、見たくもない店内の様子が否が応でも目に入る。
「じゃあ、私、緑の大魔法使いさまを呼んでくるわ!」
立ち上がって宣言したエレノアが、店の外に走り出していく。やめておけ、と思ったが、当然の結果としてアシュレイの声は届かない。
あいつは、ここから王都まで、どれだけの時間がかかると思っているのだ。行って帰ってくるころには、どっぷりと日が暮れている。女がひとりで行く時間ではない。
イーサンも止めればいいものを、「気をつけていけよ」の一言で許可を出してやっている。
――夫婦そろって、人がいいな。
それも、本当に、昔からではあるのだけれど。エレノアを見送ったイーサンが、遠巻きに眺めていた常連客たちに、そこでようやく声をかけた。
「悪いな。今日は店は終いにさせてくれ」
「それはいいが、大丈夫なのか?」
「なぁに、大丈夫だ。面倒ごとに巻き込んで悪かったな」
グリットンの町の人間は、基本的に善良にできている。目の前で誰かが倒れたら、それがいくら変わり者であれど、安否が気にかかるのだろう。
なんでもないふうに応じたイーサンが、自分の身体を抱え上げて、笑う。
「こいつは、大魔法使いだからな」
無理をさせている、と。悟らざるを得なかった。
自分が抱いている思いが恋愛感情でなくなっても、あの男が抱いている思いに端から恋愛感情がなくとも。唯一無二の友なのだ。
自分が行ったことは正しかったとアシュレイは思っている。結果として、少ししくじってはいるものの、たったひとりの弟子の危険は救ったはずだからだ。
それが師匠としての務めであると思っていたし、自分が与えてやることのできる数少ないものだと思っていた。
もうひとつそもそもで言っていいのであれば、アシュレイは、自分の命は拾いものだと思っている。赤子のころ、捨てられていた自分を師匠であるルカが拾わなかったら、尽きていたはずの命だ。
イーサンの命を救ったときに、捨てる覚悟もあった命だ。
そうやって拾った命だったから、大魔法使いの責任として、この国と民を守ってもきた。そのことに大きな不満はない。けれど、最後くらいは、自分の一等大切なものを救うために使いたかった。
だから、加護を授けたのだ。けれど、といまさらになって、ほんの少し後悔をしている。
優しく育ったあの弟子は、このことを知れば、未熟な自分を責めてしまうのではないだろうか。
自分以上の取り乱しぶりを見せつけられて、逆に落ち着いたらしい。イーサンがエレノアを宥め始めたのを見て、アシュレイはひとまずほっとした。
エレノアのことはイーサンに任せておけば、まず間違いはないのだ。イーサンのことも、エレノアに任せておけば、まず間違いはない。
心の底から素直にそう思って、安堵している。つまるところ、実らなかった古い初恋は、もう自分の中に巣食っていないのだ。
――だというのに、エレノアも、テオバルドも、余計なことにばかり気を回そうとする。
自分が死ねば、煩わされることもなくなるのだろうが。自分の右手に、そっと視線を落とす。意識体であるせいか、半透明に透けてしまっていた。
おかげで、見たくもない店内の様子が否が応でも目に入る。
「じゃあ、私、緑の大魔法使いさまを呼んでくるわ!」
立ち上がって宣言したエレノアが、店の外に走り出していく。やめておけ、と思ったが、当然の結果としてアシュレイの声は届かない。
あいつは、ここから王都まで、どれだけの時間がかかると思っているのだ。行って帰ってくるころには、どっぷりと日が暮れている。女がひとりで行く時間ではない。
イーサンも止めればいいものを、「気をつけていけよ」の一言で許可を出してやっている。
――夫婦そろって、人がいいな。
それも、本当に、昔からではあるのだけれど。エレノアを見送ったイーサンが、遠巻きに眺めていた常連客たちに、そこでようやく声をかけた。
「悪いな。今日は店は終いにさせてくれ」
「それはいいが、大丈夫なのか?」
「なぁに、大丈夫だ。面倒ごとに巻き込んで悪かったな」
グリットンの町の人間は、基本的に善良にできている。目の前で誰かが倒れたら、それがいくら変わり者であれど、安否が気にかかるのだろう。
なんでもないふうに応じたイーサンが、自分の身体を抱え上げて、笑う。
「こいつは、大魔法使いだからな」
無理をさせている、と。悟らざるを得なかった。
自分が抱いている思いが恋愛感情でなくなっても、あの男が抱いている思いに端から恋愛感情がなくとも。唯一無二の友なのだ。
自分が行ったことは正しかったとアシュレイは思っている。結果として、少ししくじってはいるものの、たったひとりの弟子の危険は救ったはずだからだ。
それが師匠としての務めであると思っていたし、自分が与えてやることのできる数少ないものだと思っていた。
もうひとつそもそもで言っていいのであれば、アシュレイは、自分の命は拾いものだと思っている。赤子のころ、捨てられていた自分を師匠であるルカが拾わなかったら、尽きていたはずの命だ。
イーサンの命を救ったときに、捨てる覚悟もあった命だ。
そうやって拾った命だったから、大魔法使いの責任として、この国と民を守ってもきた。そのことに大きな不満はない。けれど、最後くらいは、自分の一等大切なものを救うために使いたかった。
だから、加護を授けたのだ。けれど、といまさらになって、ほんの少し後悔をしている。
優しく育ったあの弟子は、このことを知れば、未熟な自分を責めてしまうのではないだろうか。
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