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4:魔法使いと弟子の永遠

104.冬の最果て ⑥

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「危ない!」

 危険を周知すると同時に、テオバルドは杖から雷を放った。魔獣の爪先から生まれた稲妻と相殺して、白い空に雷鳴が走る。
 すぐそばで上がった悲鳴のような声に続き、抑え直すことは不可能との報告が上がる。先ほどの稲妻で、右足を抑えていた魔法陣の効力が完全に切れたのだ。だが、そこ以外の部分の抑えはまだ機能している。
 そのあいだに退避して、体制を立て直すしか道はない。

「アイラも一度下がれ!」
「いや!」

 即座に言い返したアイラが、どうにか魔法陣の修復を図ろうとしていた同僚を押しのけ、新たな注射針を取り出した。もう一度、打ち込むつもりなのだ。無謀すぎる。

「諦めろ、アイラ!」
「いやよ! 諦めたら今までの研究がぜんぶ無駄になっちゃうじゃない! 緑の大魔法使いさまに顔向けできないわ!」

 魔力をゼロにする魔法薬。その効果を大型の魔獣で確認するためにアイラは帯同していた。けれど、効いていないのだ。失敗だと認めるほかない。

「なにが駄目だったの? データを、せめてデータだけでも集めないと」

 薬の効果をもう一回分見るだけの猶予がないことは明白だった。言葉による説得を放棄して、テオバルドは小柄な身体を抱き上げようとした。
 その瞬間、拒もうとアイラが振りかぶった注射器が杖に当たって、パリンと軽い音を立てた。「え」とアイラの瞳が驚愕に染まる。
 
「――っ、テオバルド!」
「上だ!」

 遠くから響いた怒号に、使い慣れた魔法を発動させようとして、テオバルドはできないことに気がついた。自分の中のあるべきはずの魔力が、なぜかほとんど感じとることができないのだ。

 ――あの薬か!

 たしかに数滴、顔にかかった。避けきれないと悟って、アイラを抱え込んだまま地面に伏せる。だが、覚悟した衝撃は訪れなかった。後方からの援助が届いたのか、あの恐ろしいほどだった圧は消え去っている。

 ――あの大型を、誰かが一撃で……?

 そんな芸当をできる魔法使いが、この部隊にいただろうか。
 信じられない思いで、テオバルドは上体を起こした。振り返って確認したが、やはり大型の魔獣は完全に倒れ伏している。

「テオバルド……」

 呆然とした声に、テオバルドは視線を戻した。へたりこんだままアイラが呟く。

「あなた、生きてる?」
「生きてる。……きみも大丈夫そうだね」

 いまさらながらに震え出したアイラに手を差し伸べて、その身を起こす。蒼白の顔で魔獣を確認したアイラが、テオバルドを見上げた。

「ごめんなさい。私、その」
「いや、いいんだ」

 憑き物の落ちたような顔を前に、それ以上を責める気にはならなかった。彼女が緑の大魔法使いに心酔していたことはよくよく知っている。
 ひとまず、誰の命も奪われてはいないのだ。隊長からなにかしらの処分が下る可能性はあるが、テオバルド個人としては、なにも言う気はない。

 魔法陣の外から駆け寄ってきた隊員たちが、魔獣の状況の確認に取りかかり始めている。
 合間にかけられる声に「大丈夫です」と返事をして、テオバルドは杖を掴み直した。指先に走る、ぴりっとした感触。大丈夫。もう、魔力は戻っている。

「アイラ」

 その呼びかけに、アイラががばりと頭を下げる。

「私、本当にごめんなさい」
「大丈夫だよ。もう戻ってる。でも、たしかに一時、魔力の流れが切れたような気はしたな」
「え……」
「おい、テオバルド、アイラ」

 険しい表情で歩み寄ってきたジェイデンに、大丈夫だよ、と先手を打ってテオバルドは明言した。

「大丈夫。アイラに怪我はないし、俺も問題ない」
「……ごめんなさい、その、心配をかけて。私、ちょっとどうかしてたわ」

 ジェイデンにも素直に頭を下げたアイラに、ジェイデンが表情をわずかにゆるめた。しかたないとばかりに、アイラの赤銅色の髪を撫でる。
 ほっとした様子のアイラを見とめて、テオバルドは改めて問いかけた。

「それより、誰がやったの? あの大型の魔獣を一撃で」
「……おまえじゃないのか?」
「え?」

 不審そうなジェイデンの反応に、眉をひそめる。
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