105 / 139
4:魔法使いと弟子の永遠
104.冬の最果て ⑥
しおりを挟む
「危ない!」
危険を周知すると同時に、テオバルドは杖から雷を放った。魔獣の爪先から生まれた稲妻と相殺して、白い空に雷鳴が走る。
すぐそばで上がった悲鳴のような声に続き、抑え直すことは不可能との報告が上がる。先ほどの稲妻で、右足を抑えていた魔法陣の効力が完全に切れたのだ。だが、そこ以外の部分の抑えはまだ機能している。
そのあいだに退避して、体制を立て直すしか道はない。
「アイラも一度下がれ!」
「いや!」
即座に言い返したアイラが、どうにか魔法陣の修復を図ろうとしていた同僚を押しのけ、新たな注射針を取り出した。もう一度、打ち込むつもりなのだ。無謀すぎる。
「諦めろ、アイラ!」
「いやよ! 諦めたら今までの研究がぜんぶ無駄になっちゃうじゃない! 緑の大魔法使いさまに顔向けできないわ!」
魔力をゼロにする魔法薬。その効果を大型の魔獣で確認するためにアイラは帯同していた。けれど、効いていないのだ。失敗だと認めるほかない。
「なにが駄目だったの? データを、せめてデータだけでも集めないと」
薬の効果をもう一回分見るだけの猶予がないことは明白だった。言葉による説得を放棄して、テオバルドは小柄な身体を抱き上げようとした。
その瞬間、拒もうとアイラが振りかぶった注射器が杖に当たって、パリンと軽い音を立てた。「え」とアイラの瞳が驚愕に染まる。
「――っ、テオバルド!」
「上だ!」
遠くから響いた怒号に、使い慣れた魔法を発動させようとして、テオバルドはできないことに気がついた。自分の中のあるべきはずの魔力が、なぜかほとんど感じとることができないのだ。
――あの薬か!
たしかに数滴、顔にかかった。避けきれないと悟って、アイラを抱え込んだまま地面に伏せる。だが、覚悟した衝撃は訪れなかった。後方からの援助が届いたのか、あの恐ろしいほどだった圧は消え去っている。
――あの大型を、誰かが一撃で……?
そんな芸当をできる魔法使いが、この部隊にいただろうか。
信じられない思いで、テオバルドは上体を起こした。振り返って確認したが、やはり大型の魔獣は完全に倒れ伏している。
「テオバルド……」
呆然とした声に、テオバルドは視線を戻した。へたりこんだままアイラが呟く。
「あなた、生きてる?」
「生きてる。……きみも大丈夫そうだね」
いまさらながらに震え出したアイラに手を差し伸べて、その身を起こす。蒼白の顔で魔獣を確認したアイラが、テオバルドを見上げた。
「ごめんなさい。私、その」
「いや、いいんだ」
憑き物の落ちたような顔を前に、それ以上を責める気にはならなかった。彼女が緑の大魔法使いに心酔していたことはよくよく知っている。
ひとまず、誰の命も奪われてはいないのだ。隊長からなにかしらの処分が下る可能性はあるが、テオバルド個人としては、なにも言う気はない。
魔法陣の外から駆け寄ってきた隊員たちが、魔獣の状況の確認に取りかかり始めている。
合間にかけられる声に「大丈夫です」と返事をして、テオバルドは杖を掴み直した。指先に走る、ぴりっとした感触。大丈夫。もう、魔力は戻っている。
「アイラ」
その呼びかけに、アイラががばりと頭を下げる。
「私、本当にごめんなさい」
「大丈夫だよ。もう戻ってる。でも、たしかに一時、魔力の流れが切れたような気はしたな」
「え……」
「おい、テオバルド、アイラ」
険しい表情で歩み寄ってきたジェイデンに、大丈夫だよ、と先手を打ってテオバルドは明言した。
「大丈夫。アイラに怪我はないし、俺も問題ない」
「……ごめんなさい、その、心配をかけて。私、ちょっとどうかしてたわ」
ジェイデンにも素直に頭を下げたアイラに、ジェイデンが表情をわずかにゆるめた。しかたないとばかりに、アイラの赤銅色の髪を撫でる。
ほっとした様子のアイラを見とめて、テオバルドは改めて問いかけた。
「それより、誰がやったの? あの大型の魔獣を一撃で」
「……おまえじゃないのか?」
「え?」
不審そうなジェイデンの反応に、眉をひそめる。
危険を周知すると同時に、テオバルドは杖から雷を放った。魔獣の爪先から生まれた稲妻と相殺して、白い空に雷鳴が走る。
すぐそばで上がった悲鳴のような声に続き、抑え直すことは不可能との報告が上がる。先ほどの稲妻で、右足を抑えていた魔法陣の効力が完全に切れたのだ。だが、そこ以外の部分の抑えはまだ機能している。
そのあいだに退避して、体制を立て直すしか道はない。
「アイラも一度下がれ!」
「いや!」
即座に言い返したアイラが、どうにか魔法陣の修復を図ろうとしていた同僚を押しのけ、新たな注射針を取り出した。もう一度、打ち込むつもりなのだ。無謀すぎる。
「諦めろ、アイラ!」
「いやよ! 諦めたら今までの研究がぜんぶ無駄になっちゃうじゃない! 緑の大魔法使いさまに顔向けできないわ!」
魔力をゼロにする魔法薬。その効果を大型の魔獣で確認するためにアイラは帯同していた。けれど、効いていないのだ。失敗だと認めるほかない。
「なにが駄目だったの? データを、せめてデータだけでも集めないと」
薬の効果をもう一回分見るだけの猶予がないことは明白だった。言葉による説得を放棄して、テオバルドは小柄な身体を抱き上げようとした。
その瞬間、拒もうとアイラが振りかぶった注射器が杖に当たって、パリンと軽い音を立てた。「え」とアイラの瞳が驚愕に染まる。
「――っ、テオバルド!」
「上だ!」
遠くから響いた怒号に、使い慣れた魔法を発動させようとして、テオバルドはできないことに気がついた。自分の中のあるべきはずの魔力が、なぜかほとんど感じとることができないのだ。
――あの薬か!
たしかに数滴、顔にかかった。避けきれないと悟って、アイラを抱え込んだまま地面に伏せる。だが、覚悟した衝撃は訪れなかった。後方からの援助が届いたのか、あの恐ろしいほどだった圧は消え去っている。
――あの大型を、誰かが一撃で……?
そんな芸当をできる魔法使いが、この部隊にいただろうか。
信じられない思いで、テオバルドは上体を起こした。振り返って確認したが、やはり大型の魔獣は完全に倒れ伏している。
「テオバルド……」
呆然とした声に、テオバルドは視線を戻した。へたりこんだままアイラが呟く。
「あなた、生きてる?」
「生きてる。……きみも大丈夫そうだね」
いまさらながらに震え出したアイラに手を差し伸べて、その身を起こす。蒼白の顔で魔獣を確認したアイラが、テオバルドを見上げた。
「ごめんなさい。私、その」
「いや、いいんだ」
憑き物の落ちたような顔を前に、それ以上を責める気にはならなかった。彼女が緑の大魔法使いに心酔していたことはよくよく知っている。
ひとまず、誰の命も奪われてはいないのだ。隊長からなにかしらの処分が下る可能性はあるが、テオバルド個人としては、なにも言う気はない。
魔法陣の外から駆け寄ってきた隊員たちが、魔獣の状況の確認に取りかかり始めている。
合間にかけられる声に「大丈夫です」と返事をして、テオバルドは杖を掴み直した。指先に走る、ぴりっとした感触。大丈夫。もう、魔力は戻っている。
「アイラ」
その呼びかけに、アイラががばりと頭を下げる。
「私、本当にごめんなさい」
「大丈夫だよ。もう戻ってる。でも、たしかに一時、魔力の流れが切れたような気はしたな」
「え……」
「おい、テオバルド、アイラ」
険しい表情で歩み寄ってきたジェイデンに、大丈夫だよ、と先手を打ってテオバルドは明言した。
「大丈夫。アイラに怪我はないし、俺も問題ない」
「……ごめんなさい、その、心配をかけて。私、ちょっとどうかしてたわ」
ジェイデンにも素直に頭を下げたアイラに、ジェイデンが表情をわずかにゆるめた。しかたないとばかりに、アイラの赤銅色の髪を撫でる。
ほっとした様子のアイラを見とめて、テオバルドは改めて問いかけた。
「それより、誰がやったの? あの大型の魔獣を一撃で」
「……おまえじゃないのか?」
「え?」
不審そうなジェイデンの反応に、眉をひそめる。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
出戻り勇者の求婚
木原あざみ
BL
「ただいま、師匠。俺と結婚してください」
五年前、見事魔王を打ち倒し、ニホンに戻ったはずの勇者が、なぜか再びエリアスの前に現れた。
こちらの都合で勝手に召喚された、かわいそうな子ども。黒い髪に黒い瞳の伝説の勇者。魔王の討伐が終わったのだから、せめて元の世界で幸せになってほしい。そう願ってニホンに送り返した勇者に求婚目的で出戻られ、「??」となっている受けの話です。
太陽みたいに明るい(けど、ちょっと粘着質な)元勇者×人生休憩中の元エリート魔術師。
なにもかも討伐済みの平和になった世界なので、魔法も剣もほとんど出てきません。ファンタジー世界を舞台にした再生譚のようななにかです。
辺境のご長寿魔法使いと世話焼きの弟子
志野まつこ
BL
250歳位なのに童顔で世捨て人な魔法使いと、そこに押しかけて来た天才の話。弟子を追い出そうとしては失敗する師匠だったがある春ようやく修行の日々が終わりを迎える。これでお役ご免だと思ったのに顔よしガタイよしの世話焼きで料理上手な弟子は卒業の夜、突如奇行に走った。
出会った時は弟子は子供でしたがすぐ育ちます。
ほのぼのとした残酷表現があります。他サイトにも掲載しています。
薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす
ひなた
BL
薬師のクラウスは、弟子のテオドールとともに田舎でのんびり過ごしていた。 ある日、クラウスはテオドールに王立学院の入学を勧める。 混乱するテオドールに、クラウスは理由を語った。 ある出来事がきっかけで竜に呪われたテオドールは、番い(つがい)を探さなければならない。 不特定多数の人間と交流するには学院が最適だと説得するクラウス。 すると、テオドールが衝撃的な言葉を口にする。 「なら俺、学院に行かなくても大丈夫です。俺の番いは師匠だから」 弟子の一言がきっかけとなり、師弟関係が変わっていく。 弟子×師匠、R18は弟子が十八歳になってから。 ※つけます。 師匠も弟子も感情重め。 ムーンライトノベルズさんでも掲載中です。
チート魔王はつまらない。
碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王
───────────
~あらすじ~
優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。
その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。
そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。
しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。
そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──?
───────────
何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*)
最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`)
※BLove様でも掲載中の作品です。
※感想、質問大歓迎です!!
罰ゲームから始まる不毛な恋とその結末
すもも
BL
学校一のイケメン王子こと向坂秀星は俺のことが好きらしい。なんでそう思うかって、現在進行形で告白されているからだ。
「柿谷のこと好きだから、付き合ってほしいんだけど」
そうか、向坂は俺のことが好きなのか。
なら俺も、向坂のことを好きになってみたいと思った。
外面のいい腹黒?美形×無表情口下手平凡←誠実で一途な年下
罰ゲームの告白を本気にした受けと、自分の気持ちに素直になれない攻めとの長く不毛な恋のお話です。
ハッピーエンドで最終的には溺愛になります。
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる