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4:魔法使いと弟子の永遠

103.冬の最果て ⑤

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 魔法陣の中央へ近づくにつれ、魔獣から感じる圧は否が応でも増していく。
 大型の魔獣とこれほど近距離で相対すること自体はじめてであったが、それにしても、とんでもない魔力の量だ。

 ――師匠にはじめて会ったときも、こんなふうだったな。

 彼の尋常でない魔力の保有量に、幼かったテオバルドは圧倒された。それと似た感覚だということは、自分よりはるかに格が上ということだ。
 すっと息を吐いて、魔獣の一番近くに残っていた同僚の魔法使いふたりに確認の声をかける。全体を抑えている魔法陣とはべつに、これから注射を打つ予定の前足部分だけを固定しているのだ。

「問題は」
「問題ありません。薬を注入次第、百のカウントを開始。その後、この右前腕部のみ魔法陣の効力を切ります。よろしいか」

 魔法陣の効力を切ることで、注入された薬の効果の有無を見るのだ。なにも反応がなければ、それで良し。魔力の反応が見られたときは、残念だが失敗ということになる。
 最後の確認は、特殊任務を実行するアイラに向けられたものだった。はっきりと頷いたアイラが、躊躇なく膝をついた。
 薬剤を確認する手に迷いはないが、その額にはじっとりと汗がにじんでいる。彼女にとっても、大型にこれほど接近する経験ははじめてに違いない。

 ……隊長は、これでもまだ子どもの部類だって言ってたけど。

 成獣であれば、いくら上からの許可があっても、現場の責任者として許可はできなかった、とも言っていた。それほど危険な存在なのだ。
 北の地でいくつも葬ったと平然と話していた師匠は、やはりとんでもないのだろう。こんな場面だというのに、テオバルドは改めて思い知った気分だった。

 ――どれほど追いかけても、あの人には追いつける気がしないな。

 むしろ、大人になってからのほうが、あの深緑のローブを遠く感じているかもしれない。
 金色の髪も、緑色の瞳も。自分に向けられていたはずの柔らかな笑みも。なにもかもが、今はひどく遠かった。

「それでは五のカウントのあとに打ちます。以降、合図はすべてこちらで行います。五」

 緊張をはらんだ声が、数字をカウントしていく。ゼロのカウントと同時に、過たずアイラは注射針を打ち込んだ。
 その瞬間。魔獣の呻く声が大きくなり、完全に抑え込んでいたはずの右足の指がぴくりと動いた。

「アイラ」
「大丈夫。この反応は昨日の中型のときにもあった。もう少しこのまま待って。あと九十五」
「でも」

 中型と大型で魔力が違いすぎる。強く押し戻そうとしているのだろう。魔法陣に込められる魔力が強くなる。
 だが、これが彼らの最高値のはずだ。長くは続かない。大型がさらに暴れるようなことがあれば、制御不能に陥りかねない。

「大丈夫! あと九十」
「……っ、行けます」

 苦しそうながらも、はっきりとした了承が同僚から返ってきて、テオバルドは逡巡を呑み込んだ。
 
 ――いざとなったら、俺が一撃を防ぐしかないか。

 そのあいだにどうにか退避してもらうほかない。最初の攻撃さえ防げば、あとは後方から支援が入るだろう。
 希望的な観測だが、最悪の事態はそれで免れるはずだ。アイラと彼らを守ることはできる。

「五十、あと半分」

 アイラのカウントとともに、魔獣の指の動きはたしかに鈍くなりつつあった。
 ぐるぐると唸る声は変わらないが、魔法陣の効力を打ち破ってまで動き出しそうな気配はない。

「三十、……二十」

 魔獣に神経を集中させながら、カウントが終わるのをテオバルドは待った。
 本番はそのあとなのだ。右足だけとは言え、無力化させている魔法陣の効力を切るのだから。

「三、二、一、ゼロ。お願いします!」

 その合図で、右前足を抑えていた魔法陣の効力がゆるんだ。なにも起こらない。
 ほっと安堵したのか、魔法使いのひとりが力を抜いた、まさにそのとき。魔獣の爪がかすかに動いた。
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