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4:魔法使いと弟子の永遠
95.幸福のかたち ②
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「イーサンが選んだのはおまえで、テオバルドを産み育てたのはおまえだ。エレノア」
だから、と淡々とアシュレイは続けた。
「俺に負い目を感じる必要は、なにもない」
事実だった。そうであるのに、今まで言わなかったのは、自分の小さな意地であったのだろう。そうね、と感情を抑えた声でエレノアが呟く。
「そうよね、アシュレイ」
ありがとう、と続いた震える声は、聞こえなかったことにした。
――同じような台詞を、まさかテオバルドから聞くことになるとはな。
まだ自分が若く、あふれ出る感情を抑えきることができなかったころを知るエレノアであればともかく、あの弟子は、いったいどこからそう感じ取ったのか。
呆れとも自嘲ともつかない溜息をひとつこぼして、アシュレイは手にしたままのグラスを揺らした。
――いや、だが、聡い子どもだったからな、あれは。
賢く優秀で、優しさも持ち合わせていた、きらめく星の瞳。その瞳が、アシュレイはたしかに好きだった。なにをしてでも守ってやりたいと思っているし、師匠として当然の感情だと思っていた。
――もう子どもではないので、ここには泊まれません。
「気鬱そうだな」
「イーサン」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、人懐こい笑みを浮かべたイーサンが、ごくあたりまえの態度で向かいの椅子を引いた。
店の奥の、一番目立たないふたりがけのテーブル。まだ夕方にもなっていない時間だ。客の入りはあるが、そう多くはない。おまけに、そのほとんどが常連客である。
自由が利くことをいいことに、勝手に休憩を取ることにしたらしい。なんの気もない行動だとアシュレイにはわかるが、聡すぎる弟子は深読みをしたのかもしれない。
隠さずに溜息をもうひとつ吐けば、イーサンが軽く眉を上げた。
「なんだ、どうした。テオバルドのことか? たしかに、もうそろそろ一週間になるのか。向こうは寒いことだろうな」
「そのことについての心配は、べつにしてはいないが」
イーサンの言うとおり、なにごともなければ目的地に到着しているだろうが、遠征についての心配はまったくと言っていいほどアシュレイはしていない。
首を横に振れば、イーサンの表情が苦笑いに変わった。
「それなら、なんだ。行く前になにか言われでもしたのか? ここでも少し妙なことを言っていたが」
「妙なこと?」
「まぁ、妙というか、考えすぎだろうと笑ってやりたくなるようなことだな。我が息子ながら、頭が良すぎるんだろうな。だから余計なことばかりを考える」
どうとも言えず、アシュレイは黙ってグラスを傾けた。
余計なことを聞いた、とは、テオバルド本人も言っていたことだった。わかっていたにもかかわらず問いをこぼしたのは、はじめてだという大規模な遠征を前にしていたからだったのだろうか。
だから、と淡々とアシュレイは続けた。
「俺に負い目を感じる必要は、なにもない」
事実だった。そうであるのに、今まで言わなかったのは、自分の小さな意地であったのだろう。そうね、と感情を抑えた声でエレノアが呟く。
「そうよね、アシュレイ」
ありがとう、と続いた震える声は、聞こえなかったことにした。
――同じような台詞を、まさかテオバルドから聞くことになるとはな。
まだ自分が若く、あふれ出る感情を抑えきることができなかったころを知るエレノアであればともかく、あの弟子は、いったいどこからそう感じ取ったのか。
呆れとも自嘲ともつかない溜息をひとつこぼして、アシュレイは手にしたままのグラスを揺らした。
――いや、だが、聡い子どもだったからな、あれは。
賢く優秀で、優しさも持ち合わせていた、きらめく星の瞳。その瞳が、アシュレイはたしかに好きだった。なにをしてでも守ってやりたいと思っているし、師匠として当然の感情だと思っていた。
――もう子どもではないので、ここには泊まれません。
「気鬱そうだな」
「イーサン」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、人懐こい笑みを浮かべたイーサンが、ごくあたりまえの態度で向かいの椅子を引いた。
店の奥の、一番目立たないふたりがけのテーブル。まだ夕方にもなっていない時間だ。客の入りはあるが、そう多くはない。おまけに、そのほとんどが常連客である。
自由が利くことをいいことに、勝手に休憩を取ることにしたらしい。なんの気もない行動だとアシュレイにはわかるが、聡すぎる弟子は深読みをしたのかもしれない。
隠さずに溜息をもうひとつ吐けば、イーサンが軽く眉を上げた。
「なんだ、どうした。テオバルドのことか? たしかに、もうそろそろ一週間になるのか。向こうは寒いことだろうな」
「そのことについての心配は、べつにしてはいないが」
イーサンの言うとおり、なにごともなければ目的地に到着しているだろうが、遠征についての心配はまったくと言っていいほどアシュレイはしていない。
首を横に振れば、イーサンの表情が苦笑いに変わった。
「それなら、なんだ。行く前になにか言われでもしたのか? ここでも少し妙なことを言っていたが」
「妙なこと?」
「まぁ、妙というか、考えすぎだろうと笑ってやりたくなるようなことだな。我が息子ながら、頭が良すぎるんだろうな。だから余計なことばかりを考える」
どうとも言えず、アシュレイは黙ってグラスを傾けた。
余計なことを聞いた、とは、テオバルド本人も言っていたことだった。わかっていたにもかかわらず問いをこぼしたのは、はじめてだという大規模な遠征を前にしていたからだったのだろうか。
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