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4:魔法使いと弟子の永遠

94.幸福のかたち ①

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 ――師匠、師匠!

 子ども特有の高く澄んだ声が、長らくひとりだった森の家に響く。
 アシュレイはうるさいものが嫌いだ。自分の集中を邪魔されることも嫌いだ。だから、手間を取るだけの弟子など迎え入れるつもりはいっさいなかったのだ。
 そのはずだったのに、季節が一巡するころには、煩わらしかった声は幸福の音になっていた。

 不思議なものだと、自分でも思う。ひとりで生きていこうと誓ったつもりで、事実、学院を卒業後の十年近い日々をひとりで問題なく過ごしてきたというのに。
 たった一年、あの男の血を継ぐ子どもをそばに置いただけで、なにもかもが変わってしまった。

 十五年前。かつて愛した男が連れてきた子どもは、呪われた緑の瞳を見て、きれいだ、と言った。はじめて出逢ったときのイーサンと同じ、星の瞳で。
 あれは幸福の象徴だったのか、それとも、災厄だったのか。惨めなことに、今も答えを出すことができないでいる。



「アシュレイ。私ね、あなたにあの子を預かってもらってよかったと思ってるの。おかげであの子は偉大な魔法使いになったわ。私たちのもとに置いていたら、ここまでにはきっとならなかった。あの子にはあなたが必要だったのよ」

 その台詞を聞いたのは、エンバレーからグリットンの森に戻ってきてすぐのころだった。定期報告がてらやってきたエレノアが、留守のあいだ任せていた薬草園に我が物顔で手を入れながら、そう言ったのだ。

「でもね。あの人は、あなたにあの子が必要だと考えていたのかもしれない」
「……」
「もしそうだったとしたら、なかなかよね。あの人、あなたと自分のために七つの息子を差し出したことになるのよ」
「……そんなわけはないだろう」

 くすくすと笑うエレノアに、アシュレイはどうにかそう返した。エレノアは変わらず笑っている。

「いいのよ、アシュレイ。しかたのないことだわ」

 しかたのないことというエレノアの言い回しが、アシュレイはあまり好きではなかった。鬱陶しかったからだ。
 たとえば、イーサンが自分を優先したとき。エレノアは物わかりの良い顔で、なにも知らないというそぶりを貫く。
 愛嬌だけが取り柄の、大雑把な女がする顔ではないだろう。そう思ったからこそ、アシュレイは、どれだけ誘われてもイーサンの店に頑なとして行かなかった。雪解けたのは、幼いテオバルドが森にやってきてからのことである。

 黙っていると、エレノアがまた笑った。なにもかも承知しているという、腹の立つ顔で。

「だって、テオバルドがいるのは、あなたのおかげだもの」

 違う。自分はイーサンを生かしただけだ。そんなことしか自分にはできなかった。魔力を失って沈んでいたイーサンの心を救い上げたのはエレノアで、イーサンに新たな道を提示したのもエレノアだった。
 イーサンの心を生かしたのは、エレノアだ。

「おまえがいなかったら、テオバルドは生まれなかった」

 舌打ちと溜息を呑み込んで、あたりまえの事実をアシュレイは告げた。言葉にしたことは、はじめてであったかもしれない。
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