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4:魔法使いと弟子の永遠
79.終わらない夜を数える ①
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「最近、北のほうで随分と魔獣が増えているらしいからな。本格的な冬が来る前に、大規模な討伐隊が組まれるかもしれない」
騎士団から声がかかることが増えたという話題の中で飛び出したそれに、テオバルドは図面から顔を上げて、発言者の先輩を見やった。
「そうか、次はおまえに声がかかる順番だったな」
「その予定です」
自分では力不足となれば、先輩方に指名がいく可能性はあるが。持ち回りの順番として近いのは自分である。頷くと、先輩は帰り支度をしていた手を止めた。
「大がかりなものになると、下手をすると一月は戻れない。気に留めておいてもいいかもしれないぞ」
「そうします」
視線を合わせて寄せられた忠告に、素直に頭を下げる。余計な心配をかけたくはないが、正式に決定したら、父くらいには知らせておくべきなのかもしれない。
成人した息子は一人前と区切りをつけているのか、同業でない自分に言えることはないと考えているのかはわからない。けれど、父はいっさい自分の仕事について尋ねてこないし、口を挟むこともしなかった。
アシュレイにはなんだかんだと構い続けているくせに、と思ってしまうのは、いったいどちらに対する妬心なのだろう。
「でも、一ヶ月は長いですよねぇ」
「なにを言う。エンバレーの遠征は年単位だったんだぞ」
腰の引けた後輩の発言に、勢いよく発破をかける声が被さって、テオバルドも小さく笑った。それは、まぁ、四年も帰ってこなかった人と比べたら、一ヶ月などあっというまに違いない。
「だが、魔獣の討伐は、国民のために働く宮廷魔法使いの重大な任務だ。ある程度の危険と不自由はしかたがない」
「そうですよね。でも、私、恥ずかしながら、大型の魔獣をこの目で見たことがないんです。いつかは自分にも回ってくると思いますが、少し緊張します」
「それは経験を積むしかないな。誰でも大型にははじめは驚く。むしろ、恐怖心を抱かない無謀な新人のほうが恐ろしい。――テオバルド、おまえもあまり遅くならないうちに帰りなさい」
「そうします」
先輩の声かけに、もう一度頷いて、おつかれさまです、とテオバルドはふたりを見送った。
「それでは、私もお先に失礼しますね」
「おつかれさま、テオバルド。また明日ね」
小一時間後、仕事を切り上げたテオバルドは、もう少し残るという先輩に断って、外に出た。
夜の風は冷たく、鼻先がすぐに凍えそうになる。
アパートメントに向かってひとり歩きながら、それにしても、とテオバルドは数日前のことを思い返していた。
――あの夜の師匠は、なんだか雰囲気が妙だったな。
うまく言えないのだが、緑の瞳がどこか心あらずというふうで、どうにも引っかかったのだ。
弟子である自分が尋ねてもなにも言わないだろうと思うと、聞けずじまいになってしまったのだけれど。
――父さんにだったら、言ったのかな。
対等な力がなくとも、友人だから。あるいは、師匠が心を寄せている相手だから。
父が尋ねたら、彼は打ち明けたのだろうか。昔から、そうであったように。
騎士団から声がかかることが増えたという話題の中で飛び出したそれに、テオバルドは図面から顔を上げて、発言者の先輩を見やった。
「そうか、次はおまえに声がかかる順番だったな」
「その予定です」
自分では力不足となれば、先輩方に指名がいく可能性はあるが。持ち回りの順番として近いのは自分である。頷くと、先輩は帰り支度をしていた手を止めた。
「大がかりなものになると、下手をすると一月は戻れない。気に留めておいてもいいかもしれないぞ」
「そうします」
視線を合わせて寄せられた忠告に、素直に頭を下げる。余計な心配をかけたくはないが、正式に決定したら、父くらいには知らせておくべきなのかもしれない。
成人した息子は一人前と区切りをつけているのか、同業でない自分に言えることはないと考えているのかはわからない。けれど、父はいっさい自分の仕事について尋ねてこないし、口を挟むこともしなかった。
アシュレイにはなんだかんだと構い続けているくせに、と思ってしまうのは、いったいどちらに対する妬心なのだろう。
「でも、一ヶ月は長いですよねぇ」
「なにを言う。エンバレーの遠征は年単位だったんだぞ」
腰の引けた後輩の発言に、勢いよく発破をかける声が被さって、テオバルドも小さく笑った。それは、まぁ、四年も帰ってこなかった人と比べたら、一ヶ月などあっというまに違いない。
「だが、魔獣の討伐は、国民のために働く宮廷魔法使いの重大な任務だ。ある程度の危険と不自由はしかたがない」
「そうですよね。でも、私、恥ずかしながら、大型の魔獣をこの目で見たことがないんです。いつかは自分にも回ってくると思いますが、少し緊張します」
「それは経験を積むしかないな。誰でも大型にははじめは驚く。むしろ、恐怖心を抱かない無謀な新人のほうが恐ろしい。――テオバルド、おまえもあまり遅くならないうちに帰りなさい」
「そうします」
先輩の声かけに、もう一度頷いて、おつかれさまです、とテオバルドはふたりを見送った。
「それでは、私もお先に失礼しますね」
「おつかれさま、テオバルド。また明日ね」
小一時間後、仕事を切り上げたテオバルドは、もう少し残るという先輩に断って、外に出た。
夜の風は冷たく、鼻先がすぐに凍えそうになる。
アパートメントに向かってひとり歩きながら、それにしても、とテオバルドは数日前のことを思い返していた。
――あの夜の師匠は、なんだか雰囲気が妙だったな。
うまく言えないのだが、緑の瞳がどこか心あらずというふうで、どうにも引っかかったのだ。
弟子である自分が尋ねてもなにも言わないだろうと思うと、聞けずじまいになってしまったのだけれど。
――父さんにだったら、言ったのかな。
対等な力がなくとも、友人だから。あるいは、師匠が心を寄せている相手だから。
父が尋ねたら、彼は打ち明けたのだろうか。昔から、そうであったように。
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