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4:魔法使いと弟子の永遠

72.秘密ごと ③

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 たゆまぬ努力あってこそと承知しているが、アイラには薬草学の才がある。だからこそ、連日連夜駆り出されているのだろうけれど。
 その彼女にテオバルドが気になる話を聞かされたのは、数日前のことだ。

 研究棟の前でばたりと出会ったときに、何日も籠っているから、ちょっと気晴らしにつきあってよ、と笑って、アイラが引き留めたのだ。
 もしかすると、自分が通りかかるのを待っていたのかもしれない。


「――狙って成功したわけではないから、少し不本意ではあるのだけど。でも、研究とはそういうものだものね」

 取り組んでいる研究についての与太話をそう締めくくったあとで、できたの、とアイラは言った。けれど、そのわりには表情が冴えない。
 首を傾げたテオバルドに、アイラはどこか淡々と説明を続けた。

「緑の大魔法使いさまが持ち帰ってくださった新種の薬草を使った実験が、停滞していると言っていたでしょう」
「あぁ、言ってたね。だいぶ苦戦していたみたいだったけど」
「そう。ずっと試行錯誤だったのだけれど、その過程でできたのよ。魔獣の魔力を限りなくゼロに抑える薬が」
「え……」
「とは言っても、まだ鼠の魔獣で成功しただけの話だから、中型、大型と試していかないとなんとも言えないのだけど」

 すぐには信じることのできない話だった。
 絶句したテオバルドから晩秋の空に視線を移して、アイラは赤銅色の長い髪を掻きやった。冷たくなり始めた風が吹き抜けていく。

「もし完成したら、すごいことよ。魔獣討伐の特効薬になるけれど、使い方を誤れば、私たち魔法使いにとって大きな脅威となる」
「……俺が聞いていい話だった?」
「あなただから話したのよ。テオバルド・ノア。この研究の第一人者のエレノア・ノアの息子で、緑の大魔法使いさまと森の大魔法使いさまに縁のあるあなただから」

 確認したテオバルドに、アイラは真面目な瞳を向け直した。きっぱりと断言した上で、だから、と静かに念を押す。

「よければ、心に留めておいてくれないかしら」


 ――よければ、心に留めておいてくれないかしら、か。

 椅子に腰を下ろして、テオバルドは暗い窓の外を眺めた。
 魔獣の存在は、この世界に生きる力ない人々にとって大きな脅威だ。けれど、魔獣も、ただ魔力を持って生まれただけの動物である。本質的には、テオバルドたちとなにも変わりはない。
 殺すことなく無害化できるというのであれば、素晴らしいことだろう。だが、同時に、アイラの懸念はもっともだった。
 もし、魔獣と同じように、魔法使いの魔力も消失させることができるのだとすれば。とてつもなく恐ろしい効能だ。

 テオバルドの父は、かつて魔力があったのだという。アイラが言っていたように、体調やストレス、あるいは特有の周期によって魔力の幅が増減することはある。だが、あるものがゼロになることはない。
 魔力とは、そういうものであるはずだった。テオバルドの父が、そうであるはずの輪から外れたというだけで。

 ――でも、輪を外れているのは、師匠も同じか。

 深淵に触れ成長の時が止まったのだと仮定して。あの人から、あの絶対な魔の力が消えたなら、止まっていた時が進み出す可能性はあるのだろうか。
 そこまで考えたところで、いや、とテオバルドは思い直した。

 ――そんな都合の良い話があるわけはないな。

 それに、アシュレイは自分の魔力を誇っている。あたりまえだ。彼が生まれ持ち、研鑽したものなのだから。その魔力を失いたいとは思わないだろう。
 そもそも、実験段階の薬の話である。人に使おうと考えるなんて、とんでもない話だ。
 
 窓の外は暗い。けれど、この暗い空の奥の奥は、グリットンの森に続いている。その暗闇をじっと見つめたまま、テオバルドは昔に思いを馳せた。本当に幼かったころのことだ。
 師匠が不老であったとしても、なにも問題はないと考えていた。そんなわけはないとわかるようになったのは、自分が年を重ねてからだ。

 自分以外の人間が、着実に年を重ねていく。自分より幼かった弟子が、自分を追い抜いていく。アシュレイが実際にどう思っているのかはわからない。
 ただ、これほどの孤独はないのではないか、と。いつしかテオバルドは思うようになった。

 おまえは俺のようになるな、と言った師匠の言葉は、テオバルドの中で重みを年々増し始めている。
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