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4:魔法使いと弟子の永遠
71.秘密ごと ②
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――でも、あれ、俺が小さかったから、火急のもの以外を固辞されていただけだった気もするんだよな。
本当に、今になって思えば、ではある。けれど、自分が大きくなるにつれ、アシュレイが家を空けることは増えたので、当たらずとも遠からずに違いない。
自分のせいだとは、師匠は言わないだろうけれど。
――まぁ、それはそれとして、出てきてくださると誘いやすいから、正直、すごくありがたいけど。
また誘ってもいいですかという問いかけに、柔らかい笑みで応えてもらってからというもの、テオバルドはたびたびアシュレイに声をかけていた。
宮廷で遭遇したときに声をかけることもあれば、呑んだ夜に、次に会う約束を取り決めてしまうこともある。ぜんぶ自分からではあるけれど、断られたことは一度もない。いつも控えめにほほえんで、アシュレイは誘いを受けてくれる。
だから、それで満足しないといけないな、と思う。アパートメントまでの冷えた道をふたりで足早にたどりながら、改めてテオバルドは自分に言い聞かせた。
「だが、テオバルドにとっては、森の大魔法使いさまが王都によく来られることは幸運だろう。またいそいそと誘って出かけているのか?」
「いそいそとって、弟子として師匠と交流しているだけだよ」
心でも読めるのかと疑いたくなる話題転換に、テオバルドはうんざりと首を振った。たしかにたびたび誘っているけれど、「いそいそと」と評されるほどの頻度ではないつもりだ。
「意地が取れたようでなによりと思っているだけだ。そう照れなくてもいいだろう。まぁ、あの部屋にお泊めするときは、ドアに目印でもつけておいたほうがいいとは思うが」
「……ジェイデン」
「エルフィーに休みの日の朝っぱらから何度も飛び込んでこられたら、俺が敵わん」
三ヶ月ほど前の大騒動を思い返したらしく、ジェイデンが肩を震わせる。
俺も敵わないよ、と苦い顔をする代わりに、あの一回きりだよ、とテオバルドは言った。
「そうなのか? まさかその度に宿でも?」
「緑の大魔法使いさまのところに帰られることが多いかな。少し距離はあるんだけど、都合が良いって」
そう言われてしまえば、引き留める理由はテオバルドにはなくなってしまう。
苦笑ひとつでアパートメントの扉を引くと、ようやく少しだけ寒さが和らいだ。もうすっかり夜は冬だな、と思う。このアパートメントで過ごす四度目の冬だ。
三階の自分の部屋の前で、じゃあ、とテオバルドは手を上げた。
「今日は本当にありがとう。アイラにもあまり根を詰め過ぎないように伝えてあげて」
「俺が言っても聞くかどうか。あいつの恋人は薬草学だな」
半ば冗談でもないふうに笑って、ジェイデンが階段を上っていく。ジェイデンの部屋はこの上の四階だ。
「また明日」
「うん、また明日」
にこ、と応じて、自室の鍵をひねる。森の奥の一軒家で過ごした冬を思えば幾分もマシではあるものの、寒いものは寒い。
ふぅ、と息を吐いて、ローブを外す。
――薬草学が恋人、か。
ジェイデンの台詞は、自分に時間を割く気配のない恋人への愚痴半分だったのだろうが――忙しさも重要性も認識しているがために、アイラには文句のひとつも言えていないのだろう――、テオバルドには真実そのものに思えた。
本当に、今になって思えば、ではある。けれど、自分が大きくなるにつれ、アシュレイが家を空けることは増えたので、当たらずとも遠からずに違いない。
自分のせいだとは、師匠は言わないだろうけれど。
――まぁ、それはそれとして、出てきてくださると誘いやすいから、正直、すごくありがたいけど。
また誘ってもいいですかという問いかけに、柔らかい笑みで応えてもらってからというもの、テオバルドはたびたびアシュレイに声をかけていた。
宮廷で遭遇したときに声をかけることもあれば、呑んだ夜に、次に会う約束を取り決めてしまうこともある。ぜんぶ自分からではあるけれど、断られたことは一度もない。いつも控えめにほほえんで、アシュレイは誘いを受けてくれる。
だから、それで満足しないといけないな、と思う。アパートメントまでの冷えた道をふたりで足早にたどりながら、改めてテオバルドは自分に言い聞かせた。
「だが、テオバルドにとっては、森の大魔法使いさまが王都によく来られることは幸運だろう。またいそいそと誘って出かけているのか?」
「いそいそとって、弟子として師匠と交流しているだけだよ」
心でも読めるのかと疑いたくなる話題転換に、テオバルドはうんざりと首を振った。たしかにたびたび誘っているけれど、「いそいそと」と評されるほどの頻度ではないつもりだ。
「意地が取れたようでなによりと思っているだけだ。そう照れなくてもいいだろう。まぁ、あの部屋にお泊めするときは、ドアに目印でもつけておいたほうがいいとは思うが」
「……ジェイデン」
「エルフィーに休みの日の朝っぱらから何度も飛び込んでこられたら、俺が敵わん」
三ヶ月ほど前の大騒動を思い返したらしく、ジェイデンが肩を震わせる。
俺も敵わないよ、と苦い顔をする代わりに、あの一回きりだよ、とテオバルドは言った。
「そうなのか? まさかその度に宿でも?」
「緑の大魔法使いさまのところに帰られることが多いかな。少し距離はあるんだけど、都合が良いって」
そう言われてしまえば、引き留める理由はテオバルドにはなくなってしまう。
苦笑ひとつでアパートメントの扉を引くと、ようやく少しだけ寒さが和らいだ。もうすっかり夜は冬だな、と思う。このアパートメントで過ごす四度目の冬だ。
三階の自分の部屋の前で、じゃあ、とテオバルドは手を上げた。
「今日は本当にありがとう。アイラにもあまり根を詰め過ぎないように伝えてあげて」
「俺が言っても聞くかどうか。あいつの恋人は薬草学だな」
半ば冗談でもないふうに笑って、ジェイデンが階段を上っていく。ジェイデンの部屋はこの上の四階だ。
「また明日」
「うん、また明日」
にこ、と応じて、自室の鍵をひねる。森の奥の一軒家で過ごした冬を思えば幾分もマシではあるものの、寒いものは寒い。
ふぅ、と息を吐いて、ローブを外す。
――薬草学が恋人、か。
ジェイデンの台詞は、自分に時間を割く気配のない恋人への愚痴半分だったのだろうが――忙しさも重要性も認識しているがために、アイラには文句のひとつも言えていないのだろう――、テオバルドには真実そのものに思えた。
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