不老の魔法使いと弟子の永遠

木原あざみ

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3:不老の魔法使い

68.帰りつくところ ⑥

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「まぁ、いいが」

 嫌と言うものをしつこく掘り下げる趣味もない。だが、しかし、そうか。顔には出さないまま、母親と早くに引き離しすぎた弊害だろうか、とアシュレイは考えた。
 
 ――いや、だが、その場合の責任は、イーサンとエレノアにあるな。

 引き受けたのは自分だが、幼い息子を弟子に出すと決めたのは、あのふたりである。テオバルドが黙り込んでしまったので、アシュレイも黙って口元にコーヒーを運んだ。
 雲雀の声がのどかな、気持ちのいい気候だった。
 元来、アシュレイの口数は多くない。ルカといればルカが喋るし、イーサンがいればイーサンが、エレノアがいればエレノアが喋る。他愛のない話を聞くだけで充分で、自分のことを喋ろうという気が起きないのだ。
 テオバルドと暮らしていたころを思い返しても、そうだった。テオバルドのするささやかな話と、穏やかな沈黙。そのふたつで自分は充分に満たされていた。

「少し驚きました」

 ぽつりとした調子に、隣に視線を向ける。

「あなたもあんなふうに振る舞えるのだと」
「あぁ」

 なんのことか思い至って、アシュレイは軽く笑った。そういえば、種類の違う驚きの視線がひとつ混ざっていた。

「王の前だぞ。俺にも建前くらいはある。おまえも卒業するときに誓ったろう。この偉大なる魔の力は、フレグラントル王国と民のためにのみ使用する、と」
「それは、まぁ、誓いましたが」
「強大な力を個人の所有にしないという考え方は、おおむね正しい」

 手元を見つめていたテオバルドの視線がこちらに動く。師匠の言葉はすべて覚えていたいと言っていた幼い瞳を思い出す。その瞳を見返して、アシュレイは淡々と言葉を継いだ。

「強すぎる力は、時として人を狂わせる。だから、制約があるくらいがちょうどいい」
「……そういうものですか」
「少なくとも、俺はそう思っている」

 あくまでも自分の主観というていを最後に取ったのは、テオバルドはもう自分で判断できる年であるし、そうあるべきだと考えたからだ。
 
「その杖は自分でつくったのか」

 話を変えて、テオバルドの杖に視線を移す。魔法学院に入学する直前に与えた杖は、卒業のタイミングで役目を終えたのだろう。
 小さい身体でも扱いやすいように小ぶりのものを用意していたが、随分と大きなものになっている。
 必要以上の大きさとルカに評される自分の杖に比べると小さいが、宮廷魔法使いたちの中では大きな部類に違いない。

「はい、及ばずながら」
「見せてもらってもいいか」
「もちろんです、師匠」

 コーヒーを置いて、差し出された杖をアシュレイは大事に受け取った。よく使い込まれている事実が、指先を通じて伝わってくる。
 幼いころテオバルドが使用していたものは、アシュレイの魔力を入れ込んで調整をかけたものだった。けれど、これはもうすべてがテオバルドのものだ。
 指先で杖の輪郭をなぞって、そっと緑の瞳を細める。
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