69 / 139
3:不老の魔法使い
68.帰りつくところ ⑥
しおりを挟む
「まぁ、いいが」
嫌と言うものをしつこく掘り下げる趣味もない。だが、しかし、そうか。顔には出さないまま、母親と早くに引き離しすぎた弊害だろうか、とアシュレイは考えた。
――いや、だが、その場合の責任は、イーサンとエレノアにあるな。
引き受けたのは自分だが、幼い息子を弟子に出すと決めたのは、あのふたりである。テオバルドが黙り込んでしまったので、アシュレイも黙って口元にコーヒーを運んだ。
雲雀の声がのどかな、気持ちのいい気候だった。
元来、アシュレイの口数は多くない。ルカといればルカが喋るし、イーサンがいればイーサンが、エレノアがいればエレノアが喋る。他愛のない話を聞くだけで充分で、自分のことを喋ろうという気が起きないのだ。
テオバルドと暮らしていたころを思い返しても、そうだった。テオバルドのするささやかな話と、穏やかな沈黙。そのふたつで自分は充分に満たされていた。
「少し驚きました」
ぽつりとした調子に、隣に視線を向ける。
「あなたもあんなふうに振る舞えるのだと」
「あぁ」
なんのことか思い至って、アシュレイは軽く笑った。そういえば、種類の違う驚きの視線がひとつ混ざっていた。
「王の前だぞ。俺にも建前くらいはある。おまえも卒業するときに誓ったろう。この偉大なる魔の力は、フレグラントル王国と民のためにのみ使用する、と」
「それは、まぁ、誓いましたが」
「強大な力を個人の所有にしないという考え方は、おおむね正しい」
手元を見つめていたテオバルドの視線がこちらに動く。師匠の言葉はすべて覚えていたいと言っていた幼い瞳を思い出す。その瞳を見返して、アシュレイは淡々と言葉を継いだ。
「強すぎる力は、時として人を狂わせる。だから、制約があるくらいがちょうどいい」
「……そういうものですか」
「少なくとも、俺はそう思っている」
あくまでも自分の主観というていを最後に取ったのは、テオバルドはもう自分で判断できる年であるし、そうあるべきだと考えたからだ。
「その杖は自分でつくったのか」
話を変えて、テオバルドの杖に視線を移す。魔法学院に入学する直前に与えた杖は、卒業のタイミングで役目を終えたのだろう。
小さい身体でも扱いやすいように小ぶりのものを用意していたが、随分と大きなものになっている。
必要以上の大きさとルカに評される自分の杖に比べると小さいが、宮廷魔法使いたちの中では大きな部類に違いない。
「はい、及ばずながら」
「見せてもらってもいいか」
「もちろんです、師匠」
コーヒーを置いて、差し出された杖をアシュレイは大事に受け取った。よく使い込まれている事実が、指先を通じて伝わってくる。
幼いころテオバルドが使用していたものは、アシュレイの魔力を入れ込んで調整をかけたものだった。けれど、これはもうすべてがテオバルドのものだ。
指先で杖の輪郭をなぞって、そっと緑の瞳を細める。
嫌と言うものをしつこく掘り下げる趣味もない。だが、しかし、そうか。顔には出さないまま、母親と早くに引き離しすぎた弊害だろうか、とアシュレイは考えた。
――いや、だが、その場合の責任は、イーサンとエレノアにあるな。
引き受けたのは自分だが、幼い息子を弟子に出すと決めたのは、あのふたりである。テオバルドが黙り込んでしまったので、アシュレイも黙って口元にコーヒーを運んだ。
雲雀の声がのどかな、気持ちのいい気候だった。
元来、アシュレイの口数は多くない。ルカといればルカが喋るし、イーサンがいればイーサンが、エレノアがいればエレノアが喋る。他愛のない話を聞くだけで充分で、自分のことを喋ろうという気が起きないのだ。
テオバルドと暮らしていたころを思い返しても、そうだった。テオバルドのするささやかな話と、穏やかな沈黙。そのふたつで自分は充分に満たされていた。
「少し驚きました」
ぽつりとした調子に、隣に視線を向ける。
「あなたもあんなふうに振る舞えるのだと」
「あぁ」
なんのことか思い至って、アシュレイは軽く笑った。そういえば、種類の違う驚きの視線がひとつ混ざっていた。
「王の前だぞ。俺にも建前くらいはある。おまえも卒業するときに誓ったろう。この偉大なる魔の力は、フレグラントル王国と民のためにのみ使用する、と」
「それは、まぁ、誓いましたが」
「強大な力を個人の所有にしないという考え方は、おおむね正しい」
手元を見つめていたテオバルドの視線がこちらに動く。師匠の言葉はすべて覚えていたいと言っていた幼い瞳を思い出す。その瞳を見返して、アシュレイは淡々と言葉を継いだ。
「強すぎる力は、時として人を狂わせる。だから、制約があるくらいがちょうどいい」
「……そういうものですか」
「少なくとも、俺はそう思っている」
あくまでも自分の主観というていを最後に取ったのは、テオバルドはもう自分で判断できる年であるし、そうあるべきだと考えたからだ。
「その杖は自分でつくったのか」
話を変えて、テオバルドの杖に視線を移す。魔法学院に入学する直前に与えた杖は、卒業のタイミングで役目を終えたのだろう。
小さい身体でも扱いやすいように小ぶりのものを用意していたが、随分と大きなものになっている。
必要以上の大きさとルカに評される自分の杖に比べると小さいが、宮廷魔法使いたちの中では大きな部類に違いない。
「はい、及ばずながら」
「見せてもらってもいいか」
「もちろんです、師匠」
コーヒーを置いて、差し出された杖をアシュレイは大事に受け取った。よく使い込まれている事実が、指先を通じて伝わってくる。
幼いころテオバルドが使用していたものは、アシュレイの魔力を入れ込んで調整をかけたものだった。けれど、これはもうすべてがテオバルドのものだ。
指先で杖の輪郭をなぞって、そっと緑の瞳を細める。
0
お気に入りに追加
304
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる