62 / 139
3:不老の魔法使い
61.頑なな心の裏腹 ④
しおりを挟む
――アイラの憔悴ぶりも致し方なしって感じだったな、特殊研究棟。
取り次ぐ案件があったから顔を出したのに、「ちょっと待って」の言葉を最後に長々とした放置を食らってしまった。
出てきたばかりの棟を見やって、テオバルドは小さく息を吐く。
エンバレーからの薬草で進捗があったのは、アイラが取り組む研究だけではなかったらしい。
煩雑とした研究所内のあちらこちらからさまざまな薬草が漂っていて、十分少々滞在しただけでもローブに匂いが移る始末だった。
ローブを軽く指先でつまんで、秋の風に泳がせる。近道になる中庭を抜けて研究部に戻ろうとしたテオバルドだったが、避けていた気配を感じ取って、ぎょっと踵を返した。
――このまま進んだら、間違いなく、いる。
師匠のことである。実家の店で鉢合わせたとき、事前に気がつかなかったのは、アシュレイが気配を抑えていたからだ。店を気遣ってのことだったのだろうが、宮廷ではこれ見よがしなほどに気配を隠さない。
近づけるのなら近づいてみろと言わんばかりのそれを、最近のテオバルドはありがたく回避策として活用させてもらっていた。
なんでこんなことをしているんだろうなぁ、とももちろん思っているのだが、顔を合わせづらいのだ。
だから、早々に離れるつもりだったのに。
「待て、テオバルド」
背中にかかった声に、ぴたりとテオバルドの足が止まる。けれど、しかたないだろう、とも思う。
鉢合わせしないよう画策しておいて言えた台詞でもないだろうが、師匠を無視できるほど不義理にできていないのだ。呼吸を整えて、振り返る。
「なにか御用ですか」
「御用というほどではなかったんだが。おまえがあまりにもわかりやすく方向を変えるから……、と、なんだ。すごい匂いだな」
「あぁ、これは」
研究棟で、と言いかけたところで、言葉が途切れた。近づいてきたアシュレイが胸元のローブを掴んで、顔を寄せたからである。フードの下から覗く金色の睫毛が、ぱさりと揺れる。
「師……」
「ルカが拾ってきたやつか。余計な配合が混ざっている気もするが」
いや、違うな、これは、とぶつぶつと呟き始めたアシュレイは、もはやテオバルドに意識を向けてはいまい。
――でも、まぁ、そういう人だよな。
興味のあるものを前にすると、何時間でも没頭してしまう人。だから、子どものころの自分は、放っておけないと勝手に思っていた。
「気になるのなら、薬草学研究所に行かれたらどうですか。間違いなく歓迎されますよ。煮詰まっているそうですから」
「いや、いい」
研究所の魔法使いと交流することを面倒と感じたに違いない。思いのほかあっさりと手を離されて、テオバルドは安堵半分で首を振った。
「はぁ、そうですか」
「なんだ、その気のない返事は」
苦言を呈されはしたものの、さして気分を害したふうでもない。あいかわらずと言えば、あいかわらずなのかもしれない。アシュレイを見下ろしたまま、テオバルドはそう思い直した。
父の店で話したときもそうだったけれど、昔からだ。
師匠として弟子を咎めることはあっても、アシュレイは本質的なところでテオバルドに甘かった。
取り次ぐ案件があったから顔を出したのに、「ちょっと待って」の言葉を最後に長々とした放置を食らってしまった。
出てきたばかりの棟を見やって、テオバルドは小さく息を吐く。
エンバレーからの薬草で進捗があったのは、アイラが取り組む研究だけではなかったらしい。
煩雑とした研究所内のあちらこちらからさまざまな薬草が漂っていて、十分少々滞在しただけでもローブに匂いが移る始末だった。
ローブを軽く指先でつまんで、秋の風に泳がせる。近道になる中庭を抜けて研究部に戻ろうとしたテオバルドだったが、避けていた気配を感じ取って、ぎょっと踵を返した。
――このまま進んだら、間違いなく、いる。
師匠のことである。実家の店で鉢合わせたとき、事前に気がつかなかったのは、アシュレイが気配を抑えていたからだ。店を気遣ってのことだったのだろうが、宮廷ではこれ見よがしなほどに気配を隠さない。
近づけるのなら近づいてみろと言わんばかりのそれを、最近のテオバルドはありがたく回避策として活用させてもらっていた。
なんでこんなことをしているんだろうなぁ、とももちろん思っているのだが、顔を合わせづらいのだ。
だから、早々に離れるつもりだったのに。
「待て、テオバルド」
背中にかかった声に、ぴたりとテオバルドの足が止まる。けれど、しかたないだろう、とも思う。
鉢合わせしないよう画策しておいて言えた台詞でもないだろうが、師匠を無視できるほど不義理にできていないのだ。呼吸を整えて、振り返る。
「なにか御用ですか」
「御用というほどではなかったんだが。おまえがあまりにもわかりやすく方向を変えるから……、と、なんだ。すごい匂いだな」
「あぁ、これは」
研究棟で、と言いかけたところで、言葉が途切れた。近づいてきたアシュレイが胸元のローブを掴んで、顔を寄せたからである。フードの下から覗く金色の睫毛が、ぱさりと揺れる。
「師……」
「ルカが拾ってきたやつか。余計な配合が混ざっている気もするが」
いや、違うな、これは、とぶつぶつと呟き始めたアシュレイは、もはやテオバルドに意識を向けてはいまい。
――でも、まぁ、そういう人だよな。
興味のあるものを前にすると、何時間でも没頭してしまう人。だから、子どものころの自分は、放っておけないと勝手に思っていた。
「気になるのなら、薬草学研究所に行かれたらどうですか。間違いなく歓迎されますよ。煮詰まっているそうですから」
「いや、いい」
研究所の魔法使いと交流することを面倒と感じたに違いない。思いのほかあっさりと手を離されて、テオバルドは安堵半分で首を振った。
「はぁ、そうですか」
「なんだ、その気のない返事は」
苦言を呈されはしたものの、さして気分を害したふうでもない。あいかわらずと言えば、あいかわらずなのかもしれない。アシュレイを見下ろしたまま、テオバルドはそう思い直した。
父の店で話したときもそうだったけれど、昔からだ。
師匠として弟子を咎めることはあっても、アシュレイは本質的なところでテオバルドに甘かった。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
出戻り勇者の求婚
木原あざみ
BL
「ただいま、師匠。俺と結婚してください」
五年前、見事魔王を打ち倒し、ニホンに戻ったはずの勇者が、なぜか再びエリアスの前に現れた。
こちらの都合で勝手に召喚された、かわいそうな子ども。黒い髪に黒い瞳の伝説の勇者。魔王の討伐が終わったのだから、せめて元の世界で幸せになってほしい。そう願ってニホンに送り返した勇者に求婚目的で出戻られ、「??」となっている受けの話です。
太陽みたいに明るい(けど、ちょっと粘着質な)元勇者×人生休憩中の元エリート魔術師。
なにもかも討伐済みの平和になった世界なので、魔法も剣もほとんど出てきません。ファンタジー世界を舞台にした再生譚のようななにかです。
辺境のご長寿魔法使いと世話焼きの弟子
志野まつこ
BL
250歳位なのに童顔で世捨て人な魔法使いと、そこに押しかけて来た天才の話。弟子を追い出そうとしては失敗する師匠だったがある春ようやく修行の日々が終わりを迎える。これでお役ご免だと思ったのに顔よしガタイよしの世話焼きで料理上手な弟子は卒業の夜、突如奇行に走った。
出会った時は弟子は子供でしたがすぐ育ちます。
ほのぼのとした残酷表現があります。他サイトにも掲載しています。
薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす
ひなた
BL
薬師のクラウスは、弟子のテオドールとともに田舎でのんびり過ごしていた。 ある日、クラウスはテオドールに王立学院の入学を勧める。 混乱するテオドールに、クラウスは理由を語った。 ある出来事がきっかけで竜に呪われたテオドールは、番い(つがい)を探さなければならない。 不特定多数の人間と交流するには学院が最適だと説得するクラウス。 すると、テオドールが衝撃的な言葉を口にする。 「なら俺、学院に行かなくても大丈夫です。俺の番いは師匠だから」 弟子の一言がきっかけとなり、師弟関係が変わっていく。 弟子×師匠、R18は弟子が十八歳になってから。 ※つけます。 師匠も弟子も感情重め。 ムーンライトノベルズさんでも掲載中です。
罰ゲームから始まる不毛な恋とその結末
すもも
BL
学校一のイケメン王子こと向坂秀星は俺のことが好きらしい。なんでそう思うかって、現在進行形で告白されているからだ。
「柿谷のこと好きだから、付き合ってほしいんだけど」
そうか、向坂は俺のことが好きなのか。
なら俺も、向坂のことを好きになってみたいと思った。
外面のいい腹黒?美形×無表情口下手平凡←誠実で一途な年下
罰ゲームの告白を本気にした受けと、自分の気持ちに素直になれない攻めとの長く不毛な恋のお話です。
ハッピーエンドで最終的には溺愛になります。
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる