58 / 139
3:不老の魔法使い
57.愛惜 ②
しおりを挟む
覚えた安堵を胸に、腰をかがめ薬草を摘み取るエレノアの横顔を見つめた。
そばかすが浮いて桃色だった頬には年相応の疲れがにじみ、目元には皺も刻まれている。かつてのトレードマークだったおさげのみつあみは、今は低いところでひとつにまとめられていて、見た目だけで言えば、まさに成人した子どものいる母親というふうだ。
口にしたことはないが、アシュレイはその変化を美しいと思う。自分には失われたものだからかもしれない。
イーサンもそうだ。イーサンとエレノア。ふたり並んで年老いていくところを、自分はひとり遠くから見送り続けている。そうして、小さかったテオバルドも、とうとう自分を追い越してしまった。
「じゃあ、これで。また来月来るわ。よろしくね、アシュレイ」
「エレノア」
「なにかしら」
呼び止めたアシュレイに、エレノアが不思議そうな顔をした。めったとないことだったからだろう。
「留守にしているあいだ、家の中の面倒も見てくれたのか?」
「まさか。あなたの家なんて、どんな恐ろしいものがあるかわからないもの。怖くて入る気も起こらないわよ。頼まれた薬草園の管理はしていたけれど」
笑って否定したエレノアが、だから、と家を見やった。
「テオバルドよ」
なにをあたりまえのことを言っているの、と言わんばかりの調子だった。考えるように軽く瞬いたアシュレイに、諭すようにエレノアは続ける。
「むしろ、あの子じゃなかったら、誰の仕業だと思ったのよ。そもそも、あなた、この家の中に入ることのできる人間を制限しているでしょう。その制限を通り抜けて、かつ、あなたが不快にならない範囲で手を入れることができる人間なんて、テオバルドしかいないと思うのだけど」
「……」
「違うかしら?」
「……いや、そうだな」
認めて、アシュレイはわずかに苦笑をこぼした。
「そうだ」
「そうよ」
にこりと母親のような顔でほほえんで、今度こそエレノアは背を向けた。濃い青いスカートの裾がふわりと秋の風に舞う。夜の色と言ったテオバルドの髪の色と、少し似ていた。
帰る日は伝えなかったから、自分の帰還を知って手を入れてくれたわけではないはずだ。そうであるのならば、いつ帰ってきてもいいように、定期的に手を入れてくれていたのだろう。
――王都での仕事も、忙しいだろうに。
イーサンも忙しそうにしていると言っていたし、宮廷で姿を見かけたいずれも忙しそうにしていた。それなのに。
――本当に、そういうところばかりマメにできているな。
学院に在籍していた当時も、テオバルドは約束のとおり頻繁に手紙を寄こした。手紙を書く時間を友人と過ごす時間に充てればいいだろうに、とまったく思わなかったと言えば嘘になるが、届く限りはありがたく受け取ろうと決めていた。
テオバルドらしい几帳面な文字で綴られた手紙は、テオバルドの努力や、学び、そうして、はじめて得た知己との交流の喜びであふれていて、ひとりになったアシュレイの心をたしかに潤わせた。けれど、それも昔の話だ。
三年が長かったことと同じくらい、テオバルドにとって宮廷魔法使いとなってからの四年は長く充実したものであったことであろう。自分とこの場所で過ごした日々と同じだけの時間を、あの弟子は外で過ごしている。そうして、正しい居場所を見つけたのだ。
そのすべてが、かつての自分が望んだことだ。
――おまえのこれからに、限りない幸福があらんことを。
開いたおのれの右手を、アシュレイは緑の瞳でじっと見下ろした。代わるべき災厄は、まだ訪れていない。
そばかすが浮いて桃色だった頬には年相応の疲れがにじみ、目元には皺も刻まれている。かつてのトレードマークだったおさげのみつあみは、今は低いところでひとつにまとめられていて、見た目だけで言えば、まさに成人した子どものいる母親というふうだ。
口にしたことはないが、アシュレイはその変化を美しいと思う。自分には失われたものだからかもしれない。
イーサンもそうだ。イーサンとエレノア。ふたり並んで年老いていくところを、自分はひとり遠くから見送り続けている。そうして、小さかったテオバルドも、とうとう自分を追い越してしまった。
「じゃあ、これで。また来月来るわ。よろしくね、アシュレイ」
「エレノア」
「なにかしら」
呼び止めたアシュレイに、エレノアが不思議そうな顔をした。めったとないことだったからだろう。
「留守にしているあいだ、家の中の面倒も見てくれたのか?」
「まさか。あなたの家なんて、どんな恐ろしいものがあるかわからないもの。怖くて入る気も起こらないわよ。頼まれた薬草園の管理はしていたけれど」
笑って否定したエレノアが、だから、と家を見やった。
「テオバルドよ」
なにをあたりまえのことを言っているの、と言わんばかりの調子だった。考えるように軽く瞬いたアシュレイに、諭すようにエレノアは続ける。
「むしろ、あの子じゃなかったら、誰の仕業だと思ったのよ。そもそも、あなた、この家の中に入ることのできる人間を制限しているでしょう。その制限を通り抜けて、かつ、あなたが不快にならない範囲で手を入れることができる人間なんて、テオバルドしかいないと思うのだけど」
「……」
「違うかしら?」
「……いや、そうだな」
認めて、アシュレイはわずかに苦笑をこぼした。
「そうだ」
「そうよ」
にこりと母親のような顔でほほえんで、今度こそエレノアは背を向けた。濃い青いスカートの裾がふわりと秋の風に舞う。夜の色と言ったテオバルドの髪の色と、少し似ていた。
帰る日は伝えなかったから、自分の帰還を知って手を入れてくれたわけではないはずだ。そうであるのならば、いつ帰ってきてもいいように、定期的に手を入れてくれていたのだろう。
――王都での仕事も、忙しいだろうに。
イーサンも忙しそうにしていると言っていたし、宮廷で姿を見かけたいずれも忙しそうにしていた。それなのに。
――本当に、そういうところばかりマメにできているな。
学院に在籍していた当時も、テオバルドは約束のとおり頻繁に手紙を寄こした。手紙を書く時間を友人と過ごす時間に充てればいいだろうに、とまったく思わなかったと言えば嘘になるが、届く限りはありがたく受け取ろうと決めていた。
テオバルドらしい几帳面な文字で綴られた手紙は、テオバルドの努力や、学び、そうして、はじめて得た知己との交流の喜びであふれていて、ひとりになったアシュレイの心をたしかに潤わせた。けれど、それも昔の話だ。
三年が長かったことと同じくらい、テオバルドにとって宮廷魔法使いとなってからの四年は長く充実したものであったことであろう。自分とこの場所で過ごした日々と同じだけの時間を、あの弟子は外で過ごしている。そうして、正しい居場所を見つけたのだ。
そのすべてが、かつての自分が望んだことだ。
――おまえのこれからに、限りない幸福があらんことを。
開いたおのれの右手を、アシュレイは緑の瞳でじっと見下ろした。代わるべき災厄は、まだ訪れていない。
0
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説
きっと世界は美しい
木原あざみ
BL
人気者美形×根暗。自分に自信のないトラウマ持ちが初めての恋に四苦八苦する話です。
**
本当に幼いころ、世界は優しく正しいのだと信じていた。けれど、それはただの幻想だ。世界は不平等で、こんなにも息苦しい。
それなのに、世界の中心で笑っているような男に恋をしてしまった……というような話です。
大学生同士。リア充美形と根暗くんがアパートのお隣さんになったことで始まる恋の話。
「好きになれない」のスピンオフですが、話自体は繋がっていないので、この話単独でも問題なく読めると思います。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
辺境のご長寿魔法使いと世話焼きの弟子
志野まつこ
BL
250歳位なのに童顔で世捨て人な魔法使いと、そこに押しかけて来た天才の話。弟子を追い出そうとしては失敗する師匠だったがある春ようやく修行の日々が終わりを迎える。これでお役ご免だと思ったのに顔よしガタイよしの世話焼きで料理上手な弟子は卒業の夜、突如奇行に走った。
出会った時は弟子は子供でしたがすぐ育ちます。
ほのぼのとした残酷表現があります。他サイトにも掲載しています。
ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~
てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」
仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。
フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。
銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。
愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。
それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。
オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。
イラスト:imooo様
【二日に一回0時更新】
手元のデータは完結済みです。
・・・・・・・・・・・・・・
※以下、各CPのネタバレあらすじです
①竜人✕社畜
異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――?
②魔人✕学生
日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!?
③王子・魔王✕平凡学生
召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。
④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――?
⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。
【R18/完結】転生したらモブ執事だったので、悪役令息を立派なライバルに育成します!
ナイトウ
BL
農家の子供ルコとして現代から異世界に転生した主人公は、12歳の時に登場キャラクター、公爵令息のユーリスに出会ったことをきっかけにここが前世でプレイしていたBLゲームの世界だと気づく。そのままダメ令息のユーリスの元で働くことになったが色々あって異様に懐かれ……。
異世界ファンタジーが舞台で王道BLゲーム転生者が主人公のアホエロ要素があるBLです。
CP:
年下ライバル悪役令息×年上転生者モブ執事
●各話のエロについての注意書きは前書きに書きます。地雷のある方はご確認ください。
●元々複数CPのオムニバスという構想なので、世界観同じで他の話を書くかもです。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる