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3:不老の魔法使い

57.愛惜 ②

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 覚えた安堵を胸に、腰をかがめ薬草を摘み取るエレノアの横顔を見つめた。
 そばかすが浮いて桃色だった頬には年相応の疲れがにじみ、目元には皺も刻まれている。かつてのトレードマークだったおさげのみつあみは、今は低いところでひとつにまとめられていて、見た目だけで言えば、まさに成人した子どものいる母親というふうだ。
 口にしたことはないが、アシュレイはその変化を美しいと思う。自分には失われたものだからかもしれない。
 イーサンもそうだ。イーサンとエレノア。ふたり並んで年老いていくところを、自分はひとり遠くから見送り続けている。そうして、小さかったテオバルドも、とうとう自分を追い越してしまった。


「じゃあ、これで。また来月来るわ。よろしくね、アシュレイ」
「エレノア」
「なにかしら」

 呼び止めたアシュレイに、エレノアが不思議そうな顔をした。めったとないことだったからだろう。

「留守にしているあいだ、家の中の面倒も見てくれたのか?」
「まさか。あなたの家なんて、どんな恐ろしいものがあるかわからないもの。怖くて入る気も起こらないわよ。頼まれた薬草園の管理はしていたけれど」

 笑って否定したエレノアが、だから、と家を見やった。

「テオバルドよ」

 なにをあたりまえのことを言っているの、と言わんばかりの調子だった。考えるように軽く瞬いたアシュレイに、諭すようにエレノアは続ける。

「むしろ、あの子じゃなかったら、誰の仕業だと思ったのよ。そもそも、あなた、この家の中に入ることのできる人間を制限しているでしょう。その制限を通り抜けて、かつ、あなたが不快にならない範囲で手を入れることができる人間なんて、テオバルドあなたの弟子しかいないと思うのだけど」
「……」
「違うかしら?」
「……いや、そうだな」

 認めて、アシュレイはわずかに苦笑をこぼした。

「そうだ」
「そうよ」

 にこりと母親のような顔でほほえんで、今度こそエレノアは背を向けた。濃い青いスカートの裾がふわりと秋の風に舞う。夜の色と言ったテオバルドの髪の色と、少し似ていた。


 帰る日は伝えなかったから、自分の帰還を知って手を入れてくれたわけではないはずだ。そうであるのならば、いつ帰ってきてもいいように、定期的に手を入れてくれていたのだろう。

 ――王都での仕事も、忙しいだろうに。

 イーサンも忙しそうにしていると言っていたし、宮廷で姿を見かけたいずれも忙しそうにしていた。それなのに。

 ――本当に、そういうところばかりマメにできているな。

 学院に在籍していた当時も、テオバルドは約束のとおり頻繁に手紙を寄こした。手紙を書く時間を友人と過ごす時間に充てればいいだろうに、とまったく思わなかったと言えば嘘になるが、届く限りはありがたく受け取ろうと決めていた。
 テオバルドらしい几帳面な文字で綴られた手紙は、テオバルドの努力や、学び、そうして、はじめて得た知己との交流の喜びであふれていて、ひとりになったアシュレイの心をたしかに潤わせた。けれど、それも昔の話だ。
 三年が長かったことと同じくらい、テオバルドにとって宮廷魔法使いとなってからの四年は長く充実したものであったことであろう。自分とこの場所で過ごした日々と同じだけの時間を、あの弟子は外で過ごしている。そうして、正しい居場所を見つけたのだ。
 そのすべてが、かつての自分が望んだことだ。

 ――おまえのこれからに、限りない幸福があらんことを。

 開いたおのれの右手を、アシュレイは緑の瞳でじっと見下ろした。代わるべき災厄は、まだ訪れていない。
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