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3:不老の魔法使い
56.愛惜 ①
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何年も変わらないものは、気味が悪い。離れてみて、あの子どももその事実に気がついたのかもしれない。
しばらく考えて、アシュレイはその結論に到達した。そうだとすると、道理をわかっていない子どもにこの顔を晒し続けた自分の落ち度であるのだろう。
――それにしても、イーサンはそこまで変わっていないと言っていたが、あれは随分と擦れていないか?
森の家で手紙を片づけていたアシュレイは、そう首をひねった。
数日前に顔を合わせたテオバルドのことである。大人になったというよりも、思春期の子どものように見えて、どうにも扱いに困ったのだ。
聞き分けの良い上品な子どもというふうだったあの弟子は、いったいどこへ行ったのか。
ルカの言うように遅れに遅れた反抗期というやつか。それとも、多忙な宮仕えで精神をどっぷりとやられでもしたか。
後者であるのなら、まったく気の毒な話だ。まぁ、多少ツンケンとされたところで、かわいいことに違いはないが。
手紙を箱に仕舞い、居間の窓を開け放つ。光と一緒に入り込んだ薬草園の香りに、アシュレイはふっと目を細めた。
大がかりな掃除を覚悟していたのだが、何年も空けていたはずの家の中は、予想を裏切って随分ときれいだった。
エレノアが気を利かせてくれたのかもしれない。今日あたりやってくるだろうから確認しておこうと考えていると、エレノアの気配がした。
フードを被って、扉を開ける。しばらくすると、森の中からエレノアが姿を現した。
「こんにちは、アシュレイ。カモミールを貰っていいかしら。やっぱりあなたの畑のカモミールが一番いいの。あなたの魔力を食べて育っているからなのかしらね」
「エレノア」
「調子はいかが? と言っても、あなたは本当に昔から変わらないけれど。そんななりだから、あの人の心配も尽きないんでしょうね」
いつもの口上といったふうに笑ったエレノアが、慣れた調子で薬草園に入り込む。本当にいつものことだったので、なにも返さず、アシュレイはそのあとを追った。薬草の匂いが強くなる。
「あれは、きっとあの人が死ぬまで続くわよ。テオバルドに受け継がれないといいんだけど。父子揃って大魔法使いに首ったけだなんて、笑えないんだから」
「……イーサンが首ったけなのはおまえだろう。テオバルドについて言えば、あの年で母親に首ったけだといささかまずい気はするが」
「そうね」
しかたなく応じれば、それはそうだわ、というあっけらかんとした返事。
要領良くてきぱきと薬草を摘んでいく姿を見守っていると、エレノアが口火を切った。
「今月も、イーサンに変わりはないわ。あいかわらず魔力の魔の字もないけれど、至って健康。でも健康すぎることもない。ちゃんと人間」
「そうか」
それならばなによりだ、と心の中で呟く。この報告を直接聞くことも、思えば四年ぶりだ。
しばらく考えて、アシュレイはその結論に到達した。そうだとすると、道理をわかっていない子どもにこの顔を晒し続けた自分の落ち度であるのだろう。
――それにしても、イーサンはそこまで変わっていないと言っていたが、あれは随分と擦れていないか?
森の家で手紙を片づけていたアシュレイは、そう首をひねった。
数日前に顔を合わせたテオバルドのことである。大人になったというよりも、思春期の子どものように見えて、どうにも扱いに困ったのだ。
聞き分けの良い上品な子どもというふうだったあの弟子は、いったいどこへ行ったのか。
ルカの言うように遅れに遅れた反抗期というやつか。それとも、多忙な宮仕えで精神をどっぷりとやられでもしたか。
後者であるのなら、まったく気の毒な話だ。まぁ、多少ツンケンとされたところで、かわいいことに違いはないが。
手紙を箱に仕舞い、居間の窓を開け放つ。光と一緒に入り込んだ薬草園の香りに、アシュレイはふっと目を細めた。
大がかりな掃除を覚悟していたのだが、何年も空けていたはずの家の中は、予想を裏切って随分ときれいだった。
エレノアが気を利かせてくれたのかもしれない。今日あたりやってくるだろうから確認しておこうと考えていると、エレノアの気配がした。
フードを被って、扉を開ける。しばらくすると、森の中からエレノアが姿を現した。
「こんにちは、アシュレイ。カモミールを貰っていいかしら。やっぱりあなたの畑のカモミールが一番いいの。あなたの魔力を食べて育っているからなのかしらね」
「エレノア」
「調子はいかが? と言っても、あなたは本当に昔から変わらないけれど。そんななりだから、あの人の心配も尽きないんでしょうね」
いつもの口上といったふうに笑ったエレノアが、慣れた調子で薬草園に入り込む。本当にいつものことだったので、なにも返さず、アシュレイはそのあとを追った。薬草の匂いが強くなる。
「あれは、きっとあの人が死ぬまで続くわよ。テオバルドに受け継がれないといいんだけど。父子揃って大魔法使いに首ったけだなんて、笑えないんだから」
「……イーサンが首ったけなのはおまえだろう。テオバルドについて言えば、あの年で母親に首ったけだといささかまずい気はするが」
「そうね」
しかたなく応じれば、それはそうだわ、というあっけらかんとした返事。
要領良くてきぱきと薬草を摘んでいく姿を見守っていると、エレノアが口火を切った。
「今月も、イーサンに変わりはないわ。あいかわらず魔力の魔の字もないけれど、至って健康。でも健康すぎることもない。ちゃんと人間」
「そうか」
それならばなによりだ、と心の中で呟く。この報告を直接聞くことも、思えば四年ぶりだ。
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