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3:不老の魔法使い
52.帰郷 ②
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「いらっしゃい――って、やだ、アシュレイじゃない」
こちらを見とめるなり目を丸くしたエレノアだったが、すぐに納得したふうに頷いた。
「そういえば、大魔法使いさまのご帰還で王都は賑わってるって言ってたわね。なによ、帰ってくるなら、向こうに着いたタイミングで手紙のひとつでもくれたらいいのに。ねぇ、イーサン」
アシュレイ、帰ってきたわよ、とエレノアが店の奥に声をかける。月に一度テオバルドを連れてきていたときと変わらない調子。
まったく本当にあいかわらずだ、とアシュレイは店内を窺った。夕方になる前の時間だが、席の六割ほどはすでに埋まっていて、そのうちの半分ほどは見覚えのある顔だった。
ひさしぶりに現れた大魔法使いに騒めいた雰囲気も、エレノアの普段どおりの応対で、ほとんど元に戻っている。イーサンの店だ、と思った。
「おう、アシュレイ」
奥から顔を出したイーサンが、人のいい笑みを浮かべる。
「よく帰ったな、おつかれさん。それにしても、今回は随分長かったな。大変だったろ」
「あぁ」
その笑顔をじっと見つめて、アシュレイは頷いた。
「ただいま帰った」
エンバレーに赴いて、四年。王都に着いてからも忙しくしていたせいか、今ひとつ帰ったという実感はなかったのだが、ここに来てようやくそれが湧いた気がした。
「ちょっと、ちょっと。そんなところで男ふたり見つめ合ってないで、さっさっと入って座りなさいよ」
「いや」
「なによ。まさか顔だけ出して帰るつもりだったの? あの家、なにもないでしょう。ゆっくりしていったらいいじゃない」
ほら、と近づいてきたエレノアに引っ張られて、軽く眉をひそめる。
「エレノア。そう気安く男に触るな」
「あら。ご心配どうも。でも、私、あなたのことは大きな息子にしか思えなくて」
「俺はおまえの先輩にあたるはずだが」
「二十年以上前の話を持ち出さないでちょうだい。それで? どうするの」
強引に案内されたテーブルを一瞥して、アシュレイはしかたなく椅子を引いた。店の奥の、ふたりがけのテーブル。かつてよくテオバルドと使っていたものだった。
杖を立てかけて、酒でいい、と応じる。
「王都で散々ルカに付き合わされたんだ」
「あいかわらずみたいね、緑の大魔法使いさまも。ちょっと待って、イーサンに伝えてくるわ。要望が通るかどうかはわからないけど。あの人、あなたを見ると食べさせたがるのよ」
機嫌の良い顔で請け負ったエレノアが、イーサンのもとへ戻って行く。その背中を見送ったアシュレイは、改めて店内を見渡した。
この席からエレノアや常連客と話すテオバルドを眺めていたのは、もう随分と昔のことなのに、つい昨日のことのようにも思える。
十四才だったテオバルドは、魔法学院に通う三年間を途方もなく長いと言ったが、あっというまの年月だった。そのあとにルカと過ごした最果ての地での四年間も。
――だが、まぁ、大きくなったな、本当に。
それだけの時間が流れた事実はあったということであろう。この店も、イーサンも、エレノアもそうだ。変わらないところをいくつ探したところで、確実に変わったものは増えている。まぁ、ずっと、変わっていないものもあるわけだが。
イーサンと楽しそうに話すエレノアの横顔から、そっとアシュレイは視線を外した。
こちらを見とめるなり目を丸くしたエレノアだったが、すぐに納得したふうに頷いた。
「そういえば、大魔法使いさまのご帰還で王都は賑わってるって言ってたわね。なによ、帰ってくるなら、向こうに着いたタイミングで手紙のひとつでもくれたらいいのに。ねぇ、イーサン」
アシュレイ、帰ってきたわよ、とエレノアが店の奥に声をかける。月に一度テオバルドを連れてきていたときと変わらない調子。
まったく本当にあいかわらずだ、とアシュレイは店内を窺った。夕方になる前の時間だが、席の六割ほどはすでに埋まっていて、そのうちの半分ほどは見覚えのある顔だった。
ひさしぶりに現れた大魔法使いに騒めいた雰囲気も、エレノアの普段どおりの応対で、ほとんど元に戻っている。イーサンの店だ、と思った。
「おう、アシュレイ」
奥から顔を出したイーサンが、人のいい笑みを浮かべる。
「よく帰ったな、おつかれさん。それにしても、今回は随分長かったな。大変だったろ」
「あぁ」
その笑顔をじっと見つめて、アシュレイは頷いた。
「ただいま帰った」
エンバレーに赴いて、四年。王都に着いてからも忙しくしていたせいか、今ひとつ帰ったという実感はなかったのだが、ここに来てようやくそれが湧いた気がした。
「ちょっと、ちょっと。そんなところで男ふたり見つめ合ってないで、さっさっと入って座りなさいよ」
「いや」
「なによ。まさか顔だけ出して帰るつもりだったの? あの家、なにもないでしょう。ゆっくりしていったらいいじゃない」
ほら、と近づいてきたエレノアに引っ張られて、軽く眉をひそめる。
「エレノア。そう気安く男に触るな」
「あら。ご心配どうも。でも、私、あなたのことは大きな息子にしか思えなくて」
「俺はおまえの先輩にあたるはずだが」
「二十年以上前の話を持ち出さないでちょうだい。それで? どうするの」
強引に案内されたテーブルを一瞥して、アシュレイはしかたなく椅子を引いた。店の奥の、ふたりがけのテーブル。かつてよくテオバルドと使っていたものだった。
杖を立てかけて、酒でいい、と応じる。
「王都で散々ルカに付き合わされたんだ」
「あいかわらずみたいね、緑の大魔法使いさまも。ちょっと待って、イーサンに伝えてくるわ。要望が通るかどうかはわからないけど。あの人、あなたを見ると食べさせたがるのよ」
機嫌の良い顔で請け負ったエレノアが、イーサンのもとへ戻って行く。その背中を見送ったアシュレイは、改めて店内を見渡した。
この席からエレノアや常連客と話すテオバルドを眺めていたのは、もう随分と昔のことなのに、つい昨日のことのようにも思える。
十四才だったテオバルドは、魔法学院に通う三年間を途方もなく長いと言ったが、あっというまの年月だった。そのあとにルカと過ごした最果ての地での四年間も。
――だが、まぁ、大きくなったな、本当に。
それだけの時間が流れた事実はあったということであろう。この店も、イーサンも、エレノアもそうだ。変わらないところをいくつ探したところで、確実に変わったものは増えている。まぁ、ずっと、変わっていないものもあるわけだが。
イーサンと楽しそうに話すエレノアの横顔から、そっとアシュレイは視線を外した。
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