不老の魔法使いと弟子の永遠

木原あざみ

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3:不老の魔法使い

50.大魔法使いの帰還 ⑤

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「テオバルド・ノアです。七つの春から十五まで私の下で育てました。ご覧のとおり優秀な魔法使いですよ」
「ノア。あぁ、そうか。そうだったね」

 しげしげとラストネームを繰り返されて、ひっそりと訝しむ。
 師匠の師匠だ。知っていてもおかしくはないのだろうけれど、この人は、父と母のことをいったいどういうふうに把握しているのだろう。
 顔を上げたテオバルドに、緑の大魔法使いがいかにも優しい笑みを浮かべた。

「会うのははじめてだね、テオバルド。父君と母君は元気にしておいでかな」
「はい。ありがとうございます。父も母も変わらずグリットンで元気にやっております」
「それはなによりだね。母君にはたまに会う機会があるのけれど、父君のほうはめっきり会っていなくて。元気でいるなら安心したよ」

 なにせ、と緑の大魔法使いが楽しそうに声をひそめる。

「私の弟子は、そういう話はなにもしてくれないんだ」
「ルカ」
「そう嫌がらなくてもいいだろうに」

 嫌そうに制したアシュレイの肩を、気安い調子で彼が抱いた。自分の師匠のどこか子どもじみた反応を、思わず凝視する。純粋に驚いたのだ。
 口を挟めないでいるテオバルドに、緑の大魔法使いが気取らない笑顔を向ける。

「あぁ、そうだ。きみももう呑める年だろう。ちょうどいい機会だ。きみも一緒に呑まないか?」
「あ、……ですが」
「この四年は水入らずだったのだけどね。きみが弟子入りをしていたころは、なかなか顔を見に行くことができなかったんだ。ぜひいろいろと聞かせてほしいな」
「いえ」

 親しみやすいと思ったはずの笑みを、真顔でテオバルドは見つめ返した。なにがどうというわけではないのだが、なにがどうとも気に食わない。

「私にもまだ仕事がありますので。どうぞおふたりで水入らずにお過ごしください」

 あまりにも慇懃無礼だったからか、大魔法使いふたりがちらりと顔を見合わせる。

「そうか」

 けれど、こちらに向き直ったアシュレイの考えていることは、テオバルドにはよくわからなかった。肩に回った手を振り払うこともせず、淡々と頷く。

「なら、しかたないな」
  
 残念に思っているのか、そうでないのかも読めない、至極あっさりとした態度だった。その調子のまま、彼の師匠を見上げる。

「そういうことだ。かわいいからといって孫弟子に絡むのはやめてくれ。挨拶が残っているんだろう? 早く済ませよう。面倒だ」
「そうだね、そうしようか。――邪魔をしたね、テオバルド」

 では、また、とほほえまれて、テオバルドはぎこちなく笑み返した。本当に、いったいなんなんだ。こんなことなら、非礼だとアシュレイに叱られたほうが、間違いなくマシだった。
 置いてけぼりを食らうかたちになって、数秒。テオバルドはぼそりと呟いた。

「……なんだ、それ」

 自分がかわいげのない態度を取ったことはわかっている。歓迎の意を示さなかったのも、仕事があるという建前を使ったのも、ぜんぶ自分だ。わかっている。ただ、その上で、「なんだ、それ」という語彙しか浮かばなかったのである。
 膨らみ続けるもやもやを少しでも押し出そうと、深い溜息を吐く。言葉にすると、ものすごくみっともない。でも、たぶん、自分はショックだったのだ。
 
 誰よりもかわいい弟子と言って、自分をなによりも優先してくれていたアシュレイが、自分ではない人を優先した。

 その事実が、なんだかどうしようもないほど、テオバルドにはショックだったのだ。
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