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2:魔法使いの弟子

40.あるひとつの終焉 ⑦

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 案の定と言うべきか、その夜、テオバルドはなかなか寝つくことができなかった。何度目かの寝返りを打って、声にならない声で呟く。

 ――好き、か。

 アシュレイのことは、あたりまえに好きだ。弟子として尊敬している。憧れている。笑っているところを見るとうれしいし、ずっとずっと一緒にいたいと思う。手紙が届くとうれしくて、彼のことを想像しながら何度も読んだ。
 はぁ、と溜息のような吐息をこぼれる。アシュレイのことばかり考えていたせいか、無性に逢いたくなってしまったのだ。三年近く我慢して、あともう少しで逢うことも叶うのに。逢いたくてしかたがない。
 あの緑の瞳を間近で見たい。自分だけの愛情を一身に浴びたい。あの声でテオと呼ばれたい。きっと、もう、自分のほうが大きくなった。見上げなくても視線は合うし、幼い子どものような庇護を受ける必要もない。彼には届かなくても、会いに行くころには一端の魔法使いだ。
 だから。撫でられることを待つのではなくて、手を伸ばして、触れたい。はじめて覚えた欲求に、テオバルドははっとした。

 ……逢いたいな。

 噛み締めるように呟く。逢いたい。
 恋しいというのは、こういった感情のことなのだろうか。父と母に対する「愛している」では到底足りない、この感情の名前は。
 きっと、自分は、そういう意味で彼のことが好きなのだ。師匠だからだとか、そういうこととは関係がなく。アシュレイのことを好きなのだと思い知った。眠れそうになくて、シーツに頭を擦りつける。
 我ながら、本当に遅い初恋の自覚だったと思う。



 テオバルドたちの門出を祝福するように、卒業式の日の王都の空は広く晴れ渡っていた。
 式典を終え最後に講堂を出たテオバルドは、ぐるりと学院を見渡した。三年を過ごした学院生寮に、多くの講義を受けた学舎、実習場。研究棟に、地下にある書庫に繋がる旧学舎。そのどれもにたくさんの思い出がつまっている。

 ――入る前はとてつもなく長いって思ってたけど、振り返るとあっというまだった気もするな。

 入学初日、ハロルドに馬鹿にされて寮の部屋で拗ねていたことも、今となっては懐かしい記憶だ。それなりの関係に落ち着いたから、そう思うことができているのだろうけれど。

「昨日の夜も食堂で散々騒いだが、いざ卒業となると寂しいな」
「ジェイデン」

 隣に並んだジェイデンを軽く見上げて、ほほえむ。寂しさももちろんあるけれど、それ以上にわくわくとした気持ちがテオバルドは強かった。
 宮廷は今以上に高度な研究を続けることのできる唯一と言っていい職場だし、なによりも師匠に会いに行くことができる。

「まぁ、俺たちはまた同期だけどね。宮廷でもよろしく」
「まったく心強いぜ。しかし、結局、おまえには一度も勝てなかったな。それが少し残念だ」
「ジェイデンが相手になってくれたおかげだよ」

 魔法使いという目標に向かって切磋琢磨できる相手がいたことは、本当に幸せなことだった。同じ部屋でよかった、と素直に告げれば、ジェイデンが照れくさそうな顔をする。

「そうだな。なら、ありがたくそういうことにしておくか」
「そういうことだよ。ところで、ジェイデンは、ちゃんとアイラを誘えたの?」
「……」
「同じ宮仕えが決まったからって、そんなに怖気づかなくてもいいのに」

 気まずく目を逸らしたジェイデンに、駄目押しするようにテオバルドは言った。師匠のことを指摘されたお返し、というわけではないけれど。あまりに弱腰なので、つい口が出てしまったのだ。

 ――アイラもまんざらでもなさそうだし、問題ないと思うんだけどな。

 そのアイラは、見事三位の成績をおさめ、希望どおり宮廷の薬草学研究部に配属されることが決まっている。あともうひとりは、四位だったハロルドだ。
 大変なこともあるだろうけれど、楽しくなりそうだなと思う。

 ――でも、まだ師匠からの返事、来てないんだよな。

 卒業式が終わったらグリットンに戻りますと改めて手紙で伝えたのが、十日ほど前のこと。いつもなら二、三日で来る返事は、今回に限って届いていない。
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