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2:魔法使いの弟子
36.あるひとつの終焉 ③
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「よく言うわよ。一年時も二年時も首席だったじゃない、あなた」
「努力はしたからね。俺とジェイデンの部屋の蝋燭の消費量は、二年連続で一位らしいよ」
「たしかに。いつもジェイデンと競ってるものね」
くすくすと笑って、アイラが肩をすくめる。
「まぁ、とにかく、がんばるわ。でも、そういえば、テオバルドは、緑の大魔法使いさまと会ったことはないと言ってたわよね。あなたのお師匠のお師匠なのに」
「あぁ」
苦笑ひとつでテオバルドは頷いた。
「師匠も何年も顔は見ていないとおしゃっていたから。長く国を空けていらっしゃるみたいだね」
寂しくはないのかと尋ねたことを、テオバルドはよく覚えている。おまえがいるから寂しいと思う暇もないとほほえんだアシュレイの優しい瞳も。
「やっぱり、そうなのね。それだけ重要なご任務ということなのでしょうけど。早くお戻りになるといいわよね。緑の大魔法使いさまがいらっしゃるというだけで、この国は明るくなる気がするもの。――あ、いけない」
研究棟のほうから響いたアイラを呼ぶ声に、「今から戻るわ」とアイラが叫び返した。そうしてから、「ごめんなさい。私が引き留めたのに」とテオバルドに断りを入れる。
「後輩が呼んでいるから、急いで戻るわ。じゃあ、また、明日、教室で」
「うん。がんばって」
「ありがとう! あなたもね」
にこと笑ったアイラが、そのまま研究棟へ駆け戻って行く。その背中を見送って、テオバルドも書庫に向かって歩き始めた。
――そういえば、父さんと母さんも研究棟で親しくなったって言ってたっけ。
父が熱心に取り組んでいた研究会に母が入会し、そこで親しくなったのだという話を聞いた覚えがある。なんでも、母のほうが父に入れ込んでいたらしい。
そばで聞いていた師匠も否定しなかったので、酔っ払った父の戯言ではなく事実なのだろう。
――でも、なんで、父さんだったんだろうな。
父親として尊敬してはいるけれど、人当たりが良く親しみやすいというほかに目立つ要素のない人だ。すぐ近くに大天才の師匠がいたというのに、若かりし母はよく父を選んだなと思う。
自分だったら、と考えそうになったところで、テオバルドはひっそりと苦笑をこぼした。選ぶもなにも、父と師匠である。
「あ……」
こぼれたひとりごとに、テオバルドの足が止まる。若かりしころの父たちのことを考えていたせいか、ふいに気がついたのだ。
この年で、自分は十八になる。十八の冬。
「……そうか」
この年は、父が魔力を失った年だ。
もし、自分がそうなったら、と想像して湧いた実感に、テオバルドはぞっとした。
魔力がなくなるということは、師匠と同じ高みを目指すことはもうできないということだ。魔法使いになるために積み上げた努力も、すべて無に帰してしまうということだ。
自分にとって父に魔力がないことはあたりまえで、だから、わかっていなかった。
本当にいまさらな話だと、自身の薄情さには呆れるしかない。とんでもなかっただろう喪失感を、過去のこととして笑い話に消化している父は、きっと、とても芯の強い人なのだ。
だから、とテオバルドは思い直した。
だから、母は父に惹かれたのだろうか。だから。
だから、師匠の唯一の友が父だったのだろうか。
「努力はしたからね。俺とジェイデンの部屋の蝋燭の消費量は、二年連続で一位らしいよ」
「たしかに。いつもジェイデンと競ってるものね」
くすくすと笑って、アイラが肩をすくめる。
「まぁ、とにかく、がんばるわ。でも、そういえば、テオバルドは、緑の大魔法使いさまと会ったことはないと言ってたわよね。あなたのお師匠のお師匠なのに」
「あぁ」
苦笑ひとつでテオバルドは頷いた。
「師匠も何年も顔は見ていないとおしゃっていたから。長く国を空けていらっしゃるみたいだね」
寂しくはないのかと尋ねたことを、テオバルドはよく覚えている。おまえがいるから寂しいと思う暇もないとほほえんだアシュレイの優しい瞳も。
「やっぱり、そうなのね。それだけ重要なご任務ということなのでしょうけど。早くお戻りになるといいわよね。緑の大魔法使いさまがいらっしゃるというだけで、この国は明るくなる気がするもの。――あ、いけない」
研究棟のほうから響いたアイラを呼ぶ声に、「今から戻るわ」とアイラが叫び返した。そうしてから、「ごめんなさい。私が引き留めたのに」とテオバルドに断りを入れる。
「後輩が呼んでいるから、急いで戻るわ。じゃあ、また、明日、教室で」
「うん。がんばって」
「ありがとう! あなたもね」
にこと笑ったアイラが、そのまま研究棟へ駆け戻って行く。その背中を見送って、テオバルドも書庫に向かって歩き始めた。
――そういえば、父さんと母さんも研究棟で親しくなったって言ってたっけ。
父が熱心に取り組んでいた研究会に母が入会し、そこで親しくなったのだという話を聞いた覚えがある。なんでも、母のほうが父に入れ込んでいたらしい。
そばで聞いていた師匠も否定しなかったので、酔っ払った父の戯言ではなく事実なのだろう。
――でも、なんで、父さんだったんだろうな。
父親として尊敬してはいるけれど、人当たりが良く親しみやすいというほかに目立つ要素のない人だ。すぐ近くに大天才の師匠がいたというのに、若かりし母はよく父を選んだなと思う。
自分だったら、と考えそうになったところで、テオバルドはひっそりと苦笑をこぼした。選ぶもなにも、父と師匠である。
「あ……」
こぼれたひとりごとに、テオバルドの足が止まる。若かりしころの父たちのことを考えていたせいか、ふいに気がついたのだ。
この年で、自分は十八になる。十八の冬。
「……そうか」
この年は、父が魔力を失った年だ。
もし、自分がそうなったら、と想像して湧いた実感に、テオバルドはぞっとした。
魔力がなくなるということは、師匠と同じ高みを目指すことはもうできないということだ。魔法使いになるために積み上げた努力も、すべて無に帰してしまうということだ。
自分にとって父に魔力がないことはあたりまえで、だから、わかっていなかった。
本当にいまさらな話だと、自身の薄情さには呆れるしかない。とんでもなかっただろう喪失感を、過去のこととして笑い話に消化している父は、きっと、とても芯の強い人なのだ。
だから、とテオバルドは思い直した。
だから、母は父に惹かれたのだろうか。だから。
だから、師匠の唯一の友が父だったのだろうか。
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