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1:箱庭の森

21.春を祈る ⑤

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「テオ」

 おいで、と唯一の弟子を呼ぶ。アシュレイの弟子は、生涯テオバルドだけだ。
 素直に椅子を立ったテオバルドが、すぐそばにやってくる。幼さの残る輪郭に、アシュレイはそっと指を這わせた。

「おまえは世界そのものだな」
「……え?」
「夜色の髪と、星の瞳。おまけに、――太陽の匂いもする」

 テオバルドの髪に鼻先を埋めて、くすくすとした笑みをこぼす。柔らかで、か弱く、いくら魔法の才があろうとも、すぐに死んでしまいそうだった、小さな子ども。

「たしかにおまえは神の贈り物だ」

 子どもを愛おしいと思ったことは、はじめてだった。いな、育ての親であるルカと、はじめて愛した男であったイーサン以外に、こんな溢れそうな感情を抱いたこと自体が。
 師匠のルカ、学院で出逢ったイーサン、そうして、テオバルド。人生の節目で愛しい人間に出逢うことのできた自分は、間違いなく幸福だ。
 同じだけの、それ以上の幸福を、このかわいい子どもに与えてやりたい。いつしかアシュレイは心から願うようになっていた。
 おまえの中では、もう、テオバルドのほうが大きいんだな。イーサンに言われて、あらためて気がついた。自分が一番かわいく思う存在は、この弟子なのだ、と。

「俺のすべてをかけて祝おう。おまえのこれからに、限りない幸福があらんことを」

 その代わり、おまえに降りかかる不幸のすべては、俺が貰い受けよう。後半は胸のうちでのみ呟いて、額に口づけを落とす。大切だった。この子どもが。今や、アシュレイの世界のすべてだ。
 だから、手離す覚悟はできていたのだ。かつて、イーサンに対してそうしたのと同じように。

 テオバルド。賢く優秀なおまえには、直に俺は要らなくなる。
 
「テオバルド」

 輝く星の瞳を誰よりも近くで見つめて、アシュレイは告げた。

「十五になったら、王立魔法学院に行け。これは命令だ」
「……でも、そうしたら、師匠は」

 ひとりになりませんか、とおずおずとした調子でテオバルドが言う。イーサンは甘やかしすぎだと笑っていたが、それだけではない。
 心根の優しい弟子は、父と母と頻繁に会うことができなくなることを寂しく思うと同等に、ひとりになる変わり者の師を案じているのだ。まったくもってできた弟子だと、アシュレイは笑った。

弟子おまえ大魔法使いを案ずる資格があるのか?」
「ですが」
「俺もそうした」

 事実であった。森の外にも世界はあると師が諭したとおり、アシュレイはイーサンに出逢った。
 あの日々は、間違いなく幸福だった。だから、と淡々と続ける。

「おまえもそうしろ」

 そうして、もっと大切なものを見つけたらいい。アシュレイがかつてそうであったように。

 暗い森に引き籠り続ける日々は、かわいく賢いおまえには似合わない。揺れる金の瞳を見つめて、アシュレイは静かにほほえんだ。

 テオバルド。おまえの幸福を、いついつまでも願っている。
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