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1:箱庭の森

19.春を祈る ③

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 泊まっていけばいいだろうにという誘いを断ったアシュレイは、ひとり杖を手に夜の森を歩いていた。
 ローブはまだ少し水分を含んでいるが、雨は上がっている。おまけに幼少期から暮らしている森だ。夜目の利くアシュレイにとっては、昼の街道を歩くときと変わりなく、危険はない。

 ――まぁ、それに、帰れるのであれば、帰ってやるべきだろう。

 あの弟子は、自分と違い、すぐに寂しがる。たしかに、多少、甘やかしすぎたのかもしれない。
 この森を二週間ほど離れると告げたときも、随分と不服そうな顔をしていた。思い浮かんだ表情に、ふっとアシュレイは笑みをこぼした。

 このあたりは雪も深くはないが、北の国境沿いはひどい吹雪であった。
 薬草を煎じる。魔獣を討伐する。そのどちらもが国に仕える魔法使いに課された、重要な役割である。
 魔力を持って生まれた者は、おのれのためのみに行使することなく、国と民のためにその力を使わなければならない。
 学院を卒業し魔法使いとなるときに求められる誓いだ。例に漏れずアシュレイも誓っている。概ね正しいとも思っている。その正しい道を、きっとテオバルドも行くことであろう。 

 あの弟子は、正しい存在だ。そう信じているからこそ、アシュレイは自分が乱してしまわぬよう気をつけてきたつもりだ。
 十五になるまで大事に育てようと心に誓ってきたつもりだ。



「師匠、どうしてですか?」

 純粋な疑問八割、不納得二割といった問いかけに、アシュレイは無言で弟子を見つめた。
 もう幾年も前。テオバルドが今よりもずっと幼かったころのことだ。森で怪我をしたテオバルドに、手当てをしてやったことがあった。
 たいした怪我でもないのに、覚えたばかりの治癒魔法を使おうとした弟子を叱って、煎じ薬を塗り、包帯を巻いてやっていたのだ。

「どうして、魔法で治してはいけないのですか?」
「テオバルド。おまえは人をやめるのか?」
「……え?」
「魔法に頼りすぎると、時が止まるぞ」

 素直に驚いたテオバルドに、アシュレイは淡々と続けた。

「正しく年を重ねて、正しく死ね」

 手当てをするアシュレイの手元に、ゆっくりとテオバルドの視線が動く。少し脅しすぎたかとアシュレイは口調をゆるめた。

「テオバルド。おまえの父が言っていたように、たしかにおまえには才がある。だが、俺のようにはなるな」
「……」
「おまえは、人の輪の中で死んでいけ」
「……師匠は? 師匠はどうなのですか」
「そんなことは、おまえは考えなくていい」

 苦笑ひとつで、そう切り捨てる。子どもというものは、本当に、おかしなところにまで気を回そうとする。悩むような間のあとで、テオバルドがもうひとつ尋ねた。

「師匠は死なないの?」
「さぁな。あいにく死にかけたことも死んだことも俺はない」
「……」
「だが、まぁ、切れば血は出るし、相応の痛みも覚える。治りが異様に早いということもない。いつかは必ず死ぬだろう」

 そのいつかが常人と同じなのか、はたまたそうでないのかが、師匠のルカをもってしても答えを出せなかったというだけだ。
 王立魔法学院の最終学年だった十八の冬。イーサン・ノアは魔力を失い、アシュレイ・アトウッドは、不老となった。揺るぎのない事実は、そのふたつきりである。

 テオバルドが十五となり、王立魔法学院に入るまで、あと半年。
 最後まで正しく、あの小さな背を押してやらなければならない。もう何年も心に決めていることを、アシュレイは改めておのれに繰り返した。
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