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1:箱庭の森
16.花祭りの夜 ③
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「テオバルド」
広場の輪を抜け出して近づいてきた弟子に、酒を置いて、アシュレイは声をかけた。
「なんだ、もういいのか?」
「はい、大丈夫です」
名残惜しさのかけらもない調子に、ちらりと抜けてきた方向に目をやる。
こちらを窺っている様子の娘が何人かいるのだが、当のテオバルドは少しも興味がなさそうだ。
――今夜くらい、町の子どもに戻って、素直に楽しめばいいものを。
そのために、ローブも杖も置いて行け、と。森の家を出る前に言い諭したのだ。アシュレイなりの師匠心というやつだったのだが、どうも伝わっていないらしい。まったくしかたのないやつだ。
エレノアのように座るでもなく立ったままのテオバルドに、緑の瞳を向ける。
「どうした?」
「あの、これ」
そう言ってテオバルドが差し出したのは、小さな花束だった。予想外の行動に、軽く瞳を瞬かせる。
花を見つめて、テオバルドを見て、また花を見る。可憐な見た目にそぐわぬ、きつい匂い。その匂いに、アシュレイはようやく表情をゆるめた。
「ギプソフィラか」
ぽつりと学名を呟いて、顔を上げる。こちらを見下ろすテオバルドは、どこか緊張したような面持ちだ。
その顔を見つめて、アシュレイは首を傾げた。
「俺でいいのか?」
花祭りで花を渡すことは、好意と感謝のしるしだ。けれど、基本的には、好いた女に対して行うものである。
後ろ手に持っていることには気づいても、自分に差し出されるとは思わなかった理由だ。だが、しかし。
――気に入った娘か、そうでなくとも、エレノアに渡してやればいいだろうに。
広場のこうこうとした光で、テオバルドの白い頬が赤らんで見える。幼いながらに整った顔を見上げたまま、アシュレイは苦笑を呑み込んだ。
町の娘など選び放題だろうに、と呆れたのだ。
魔力を持って生まれる人間の数は、そう多くない。王立魔法学院に入学を許可され、宮廷に仕える魔法使いになるほどの素養を持つ人間となると、なおのことだ。
そうして、宮廷魔法使いは下位の貴族と同等、大魔法使いの名を冠する者は中位の貴族と同等の地位と権限を、王より授けられることになる。
大魔法使いに弟子入りをしているテオバルドは、そういった存在になると目されているのだ。加えて、見目も良く、性根も優しい。アシュレイの自慢の弟子だ。好かれないわけがない。
だから、と思う。だから、多少のお遊びは大目に見ようと決めていたのに。
――それなのに、本当に、しかたのない。
生真面目な顔のまま、こくりとテオバルドが頷く。
「師匠が、いいいんです」
「……そうか」
けれど、これも、あと三度限りだ。
広場から響く賑やかな歌声を聞くともなしに聞きながら、そうおのれに言い聞かせる。
この夜が明ければ、テオバルドが十二の花祭りが終わる。
十三、十四。そうして、十五。内心でアシュレイは指折り時を数えた。
十五の年の花祭りが終われば、テオバルドは魔法学院に行く。そうなれば、こんなふうな夜を過ごすことはもうないのであろう。
子どもとは、本当に恐ろしい速さで成長していく生き物だ。
まっすぐに見下ろしてくる瞳を見つめ返して、アシュレイはほほえんだ。手を伸ばして、そっと花束を受け取る。
「ありがとう、テオバルド」
すぐに枯れてしまうだろうから、押し花にしてもいいかもしれない。永遠の愛は枯れても、記憶には残る。
感じた視線に、顔を上げる。明るい夜の中で光る星の瞳は、どこまでも美しく、愛おしいものだった。
広場の輪を抜け出して近づいてきた弟子に、酒を置いて、アシュレイは声をかけた。
「なんだ、もういいのか?」
「はい、大丈夫です」
名残惜しさのかけらもない調子に、ちらりと抜けてきた方向に目をやる。
こちらを窺っている様子の娘が何人かいるのだが、当のテオバルドは少しも興味がなさそうだ。
――今夜くらい、町の子どもに戻って、素直に楽しめばいいものを。
そのために、ローブも杖も置いて行け、と。森の家を出る前に言い諭したのだ。アシュレイなりの師匠心というやつだったのだが、どうも伝わっていないらしい。まったくしかたのないやつだ。
エレノアのように座るでもなく立ったままのテオバルドに、緑の瞳を向ける。
「どうした?」
「あの、これ」
そう言ってテオバルドが差し出したのは、小さな花束だった。予想外の行動に、軽く瞳を瞬かせる。
花を見つめて、テオバルドを見て、また花を見る。可憐な見た目にそぐわぬ、きつい匂い。その匂いに、アシュレイはようやく表情をゆるめた。
「ギプソフィラか」
ぽつりと学名を呟いて、顔を上げる。こちらを見下ろすテオバルドは、どこか緊張したような面持ちだ。
その顔を見つめて、アシュレイは首を傾げた。
「俺でいいのか?」
花祭りで花を渡すことは、好意と感謝のしるしだ。けれど、基本的には、好いた女に対して行うものである。
後ろ手に持っていることには気づいても、自分に差し出されるとは思わなかった理由だ。だが、しかし。
――気に入った娘か、そうでなくとも、エレノアに渡してやればいいだろうに。
広場のこうこうとした光で、テオバルドの白い頬が赤らんで見える。幼いながらに整った顔を見上げたまま、アシュレイは苦笑を呑み込んだ。
町の娘など選び放題だろうに、と呆れたのだ。
魔力を持って生まれる人間の数は、そう多くない。王立魔法学院に入学を許可され、宮廷に仕える魔法使いになるほどの素養を持つ人間となると、なおのことだ。
そうして、宮廷魔法使いは下位の貴族と同等、大魔法使いの名を冠する者は中位の貴族と同等の地位と権限を、王より授けられることになる。
大魔法使いに弟子入りをしているテオバルドは、そういった存在になると目されているのだ。加えて、見目も良く、性根も優しい。アシュレイの自慢の弟子だ。好かれないわけがない。
だから、と思う。だから、多少のお遊びは大目に見ようと決めていたのに。
――それなのに、本当に、しかたのない。
生真面目な顔のまま、こくりとテオバルドが頷く。
「師匠が、いいいんです」
「……そうか」
けれど、これも、あと三度限りだ。
広場から響く賑やかな歌声を聞くともなしに聞きながら、そうおのれに言い聞かせる。
この夜が明ければ、テオバルドが十二の花祭りが終わる。
十三、十四。そうして、十五。内心でアシュレイは指折り時を数えた。
十五の年の花祭りが終われば、テオバルドは魔法学院に行く。そうなれば、こんなふうな夜を過ごすことはもうないのであろう。
子どもとは、本当に恐ろしい速さで成長していく生き物だ。
まっすぐに見下ろしてくる瞳を見つめ返して、アシュレイはほほえんだ。手を伸ばして、そっと花束を受け取る。
「ありがとう、テオバルド」
すぐに枯れてしまうだろうから、押し花にしてもいいかもしれない。永遠の愛は枯れても、記憶には残る。
感じた視線に、顔を上げる。明るい夜の中で光る星の瞳は、どこまでも美しく、愛おしいものだった。
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