上 下
17 / 139
1:箱庭の森

16.花祭りの夜 ③

しおりを挟む
「テオバルド」

 広場の輪を抜け出して近づいてきた弟子に、酒を置いて、アシュレイは声をかけた。

「なんだ、もういいのか?」
「はい、大丈夫です」

 名残惜しさのかけらもない調子に、ちらりと抜けてきた方向に目をやる。
 こちらを窺っている様子の娘が何人かいるのだが、当のテオバルドは少しも興味がなさそうだ。

 ――今夜くらい、町の子どもに戻って、素直に楽しめばいいものを。

 そのために、ローブも杖も置いて行け、と。森の家を出る前に言い諭したのだ。アシュレイなりの師匠心というやつだったのだが、どうも伝わっていないらしい。まったくしかたのないやつだ。
 エレノアのように座るでもなく立ったままのテオバルドに、緑の瞳を向ける。
 
「どうした?」
「あの、これ」

 そう言ってテオバルドが差し出したのは、小さな花束だった。予想外の行動に、軽く瞳を瞬かせる。
 花を見つめて、テオバルドを見て、また花を見る。可憐な見た目にそぐわぬ、きつい匂い。その匂いに、アシュレイはようやく表情をゆるめた。

「ギプソフィラか」

 ぽつりと学名を呟いて、顔を上げる。こちらを見下ろすテオバルドは、どこか緊張したような面持ちだ。
 その顔を見つめて、アシュレイは首を傾げた。

「俺でいいのか?」

 花祭りで花を渡すことは、好意と感謝のしるしだ。けれど、基本的には、好いた女に対して行うものである。
 後ろ手に持っていることには気づいても、自分に差し出されるとは思わなかった理由だ。だが、しかし。

 ――気に入った娘か、そうでなくとも、エレノアに渡してやればいいだろうに。

 広場のこうこうとした光で、テオバルドの白い頬が赤らんで見える。幼いながらに整った顔を見上げたまま、アシュレイは苦笑を呑み込んだ。

 町の娘など選び放題だろうに、と呆れたのだ。

 魔力を持って生まれる人間の数は、そう多くない。王立魔法学院に入学を許可され、宮廷に仕える魔法使いになるほどの素養を持つ人間となると、なおのことだ。
 そうして、宮廷魔法使いは下位の貴族と同等、大魔法使いの名を冠する者は中位の貴族と同等の地位と権限を、王より授けられることになる。

 大魔法使いに弟子入りをしているテオバルドは、そういった存在になると目されているのだ。加えて、見目も良く、性根も優しい。アシュレイの自慢の弟子だ。好かれないわけがない。
 だから、と思う。だから、多少のお遊びは大目に見ようと決めていたのに。

 ――それなのに、本当に、しかたのない。

 生真面目な顔のまま、こくりとテオバルドが頷く。

「師匠が、いいいんです」
「……そうか」

 けれど、これも、あと三度限りだ。
 広場から響く賑やかな歌声を聞くともなしに聞きながら、そうおのれに言い聞かせる。
 この夜が明ければ、テオバルドが十二の花祭りが終わる。
 十三、十四。そうして、十五。内心でアシュレイは指折り時を数えた。
 十五の年の花祭りが終われば、テオバルドは魔法学院に行く。そうなれば、こんなふうな夜を過ごすことはもうないのであろう。
 子どもとは、本当に恐ろしい速さで成長していく生き物だ。

 まっすぐに見下ろしてくる瞳を見つめ返して、アシュレイはほほえんだ。手を伸ばして、そっと花束を受け取る。

「ありがとう、テオバルド」

 すぐに枯れてしまうだろうから、押し花にしてもいいかもしれない。永遠の愛カスミソウは枯れても、記憶アシュレイの中には残る。
 感じた視線に、顔を上げる。明るい夜の中で光る星の瞳は、どこまでも美しく、愛おしいものだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

出戻り勇者の求婚

木原あざみ
BL
「ただいま、師匠。俺と結婚してください」 五年前、見事魔王を打ち倒し、ニホンに戻ったはずの勇者が、なぜか再びエリアスの前に現れた。 こちらの都合で勝手に召喚された、かわいそうな子ども。黒い髪に黒い瞳の伝説の勇者。魔王の討伐が終わったのだから、せめて元の世界で幸せになってほしい。そう願ってニホンに送り返した勇者に求婚目的で出戻られ、「??」となっている受けの話です。 太陽みたいに明るい(けど、ちょっと粘着質な)元勇者×人生休憩中の元エリート魔術師。 なにもかも討伐済みの平和になった世界なので、魔法も剣もほとんど出てきません。ファンタジー世界を舞台にした再生譚のようななにかです。

辺境のご長寿魔法使いと世話焼きの弟子

志野まつこ
BL
250歳位なのに童顔で世捨て人な魔法使いと、そこに押しかけて来た天才の話。弟子を追い出そうとしては失敗する師匠だったがある春ようやく修行の日々が終わりを迎える。これでお役ご免だと思ったのに顔よしガタイよしの世話焼きで料理上手な弟子は卒業の夜、突如奇行に走った。 出会った時は弟子は子供でしたがすぐ育ちます。 ほのぼのとした残酷表現があります。他サイトにも掲載しています。

薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす

ひなた
BL
薬師のクラウスは、弟子のテオドールとともに田舎でのんびり過ごしていた。 ある日、クラウスはテオドールに王立学院の入学を勧める。 混乱するテオドールに、クラウスは理由を語った。 ある出来事がきっかけで竜に呪われたテオドールは、番い(つがい)を探さなければならない。 不特定多数の人間と交流するには学院が最適だと説得するクラウス。 すると、テオドールが衝撃的な言葉を口にする。 「なら俺、学院に行かなくても大丈夫です。俺の番いは師匠だから」 弟子の一言がきっかけとなり、師弟関係が変わっていく。 弟子×師匠、R18は弟子が十八歳になってから。 ※つけます。 師匠も弟子も感情重め。 ムーンライトノベルズさんでも掲載中です。

罰ゲームから始まる不毛な恋とその結末

すもも
BL
学校一のイケメン王子こと向坂秀星は俺のことが好きらしい。なんでそう思うかって、現在進行形で告白されているからだ。 「柿谷のこと好きだから、付き合ってほしいんだけど」 そうか、向坂は俺のことが好きなのか。 なら俺も、向坂のことを好きになってみたいと思った。 外面のいい腹黒?美形×無表情口下手平凡←誠実で一途な年下 罰ゲームの告白を本気にした受けと、自分の気持ちに素直になれない攻めとの長く不毛な恋のお話です。 ハッピーエンドで最終的には溺愛になります。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

処理中です...