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1:箱庭の森
8.魔法使いの弟子
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雪がちらつく季節に、子ども用のローブがとうとう届いた。
自室で見分したアシュレイは、布の上質さと仕立ての出来に満足して、そっと緑の瞳を細めた。
与えた課題に苦戦していたテオバルドは、今夜はぐっすり寝入っている。
覗いたおりも目を覚まさなかったほどなので、「まだ起きているのか」などと邪魔をしにくることはないだろう。
――しかし、あの、余計な世話と紙一重の面倒見と、とんでもない根気は、まちがいなく親譲りだな。
イーサンも、エレノアもそうだった。かつての日々に思いを馳せつつ、戸棚の奥から木箱を取り出す。両手でおさまる大きさの、小さな木箱だ。
その木箱を書き机に置いたアシュレイは、今度は金の刺繍糸を取り出した。丹念に魔力を込めて、練り上げておいたものである。針に通し、森の緑と同じ色のローブに、黙々と魔法紋を施していく。
師匠が弟子に授けるはじめての贈り物は、加護を込めたローブと相場は決まっている。
アシュレイが幼いころに使用したローブも、師匠であるルカが手ずから拵えてくれたものだった。
白銀の長く美しい髪と、自分と同じ緑の瞳を持つ大魔法使い。アシュレイはほとんどのことを彼から教わった。随分と昔のことであるものの、懐かしく大切な記憶である。
――テオバルドにとっては、どうなのだろうな。
加護を施しながら、アシュレイはこの一年を思い返した。
自分にとっては、あっというまに過ぎ去った日々であったが、あの小さな身体には、とんでもなく長い日々だったかもしれない。
ほほえましくも懐かしい記憶が、次々とアシュレイの頭に浮かんでいく。
とんでもないものを食わされる日々が続いたこと。テオバルドの身体のことが気になって、はじめてイーサンの店を訪れたこと。
大笑いされたのち、おまえは今までどうしていたのだと要らぬ説教を食らったこと。ふたり揃って料理の基本を教え込まれたこと。
自分はてんで上達しなかったが、テオバルドはめきめきと腕を上げたこと。
真剣に自分の話に聞き入る、まっすぐな星の瞳。杖を媒介に火の魔法をはじめて成功させたときの、きらきらとした笑顔。
夜が更ければベッドに入り、朝の光で目を覚まして、食事をとる。あたりまえであったらしい、けれど、自分にとってはひさしくあたりまえではなくなっていたこと。
師匠、と。自分を呼ぶ幼い声に覚える、たまらない愛おしさ。そのどれもが、この一年でアシュレイに与えられたものだった。
――テオバルドか。
施し終えた魔法紋をなぞって、心のうちでひとりごちる。古代の国の言葉なのだという。
イーサンとエレノアの名づけのとおりだとアシュレイは思った。あのふたりは、どこまでも正しくできている。
次の日の朝。起き出したテオバルドに完成したローブを手渡せば、きょとんとした顔を見せたあとで、いかにも大切そうに抱え込んだ。
「師匠とお揃い」
星の瞳を輝かせて噛みしめるように言うので、アシュレイもほほえんだ。柔らかな髪に、そっと指を伸ばす。
「テオバルド。おまえは俺の大事な弟子だ」
はじめてで、おそらく最後になるであろう、たったひとり。
弟子とは、面倒であるものの、それ以上に実にかわいいものだった。
自室で見分したアシュレイは、布の上質さと仕立ての出来に満足して、そっと緑の瞳を細めた。
与えた課題に苦戦していたテオバルドは、今夜はぐっすり寝入っている。
覗いたおりも目を覚まさなかったほどなので、「まだ起きているのか」などと邪魔をしにくることはないだろう。
――しかし、あの、余計な世話と紙一重の面倒見と、とんでもない根気は、まちがいなく親譲りだな。
イーサンも、エレノアもそうだった。かつての日々に思いを馳せつつ、戸棚の奥から木箱を取り出す。両手でおさまる大きさの、小さな木箱だ。
その木箱を書き机に置いたアシュレイは、今度は金の刺繍糸を取り出した。丹念に魔力を込めて、練り上げておいたものである。針に通し、森の緑と同じ色のローブに、黙々と魔法紋を施していく。
師匠が弟子に授けるはじめての贈り物は、加護を込めたローブと相場は決まっている。
アシュレイが幼いころに使用したローブも、師匠であるルカが手ずから拵えてくれたものだった。
白銀の長く美しい髪と、自分と同じ緑の瞳を持つ大魔法使い。アシュレイはほとんどのことを彼から教わった。随分と昔のことであるものの、懐かしく大切な記憶である。
――テオバルドにとっては、どうなのだろうな。
加護を施しながら、アシュレイはこの一年を思い返した。
自分にとっては、あっというまに過ぎ去った日々であったが、あの小さな身体には、とんでもなく長い日々だったかもしれない。
ほほえましくも懐かしい記憶が、次々とアシュレイの頭に浮かんでいく。
とんでもないものを食わされる日々が続いたこと。テオバルドの身体のことが気になって、はじめてイーサンの店を訪れたこと。
大笑いされたのち、おまえは今までどうしていたのだと要らぬ説教を食らったこと。ふたり揃って料理の基本を教え込まれたこと。
自分はてんで上達しなかったが、テオバルドはめきめきと腕を上げたこと。
真剣に自分の話に聞き入る、まっすぐな星の瞳。杖を媒介に火の魔法をはじめて成功させたときの、きらきらとした笑顔。
夜が更ければベッドに入り、朝の光で目を覚まして、食事をとる。あたりまえであったらしい、けれど、自分にとってはひさしくあたりまえではなくなっていたこと。
師匠、と。自分を呼ぶ幼い声に覚える、たまらない愛おしさ。そのどれもが、この一年でアシュレイに与えられたものだった。
――テオバルドか。
施し終えた魔法紋をなぞって、心のうちでひとりごちる。古代の国の言葉なのだという。
イーサンとエレノアの名づけのとおりだとアシュレイは思った。あのふたりは、どこまでも正しくできている。
次の日の朝。起き出したテオバルドに完成したローブを手渡せば、きょとんとした顔を見せたあとで、いかにも大切そうに抱え込んだ。
「師匠とお揃い」
星の瞳を輝かせて噛みしめるように言うので、アシュレイもほほえんだ。柔らかな髪に、そっと指を伸ばす。
「テオバルド。おまえは俺の大事な弟子だ」
はじめてで、おそらく最後になるであろう、たったひとり。
弟子とは、面倒であるものの、それ以上に実にかわいいものだった。
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