上 下
6 / 139
1:箱庭の森

5.あらしのよるに ②

しおりを挟む
 ――しかし、これは、断られないと踏んで、息子連れで「弟子に取れ」と迫ってきた父親といい勝負だな。

 弟子を取ることもはじめてであったが、自分の寝所に他人を引き入れたことも、ほとんどはじめての経験である。そんなふうに呆れつつ、ブランケットに包まる弟子に目を向ける。
 オイルランプのぼんやりとした明かりでも、夜目が利くアシュレイにはテオバルドの様子がよく見えた。眠ることができないのか、細かな身じろぎを繰り返している。
 雨風の音が、それほど恐ろしいのだろうか。

「眠れないのか」

 幾度目かの寝返りを打ったテオバルドと目が合って、わかりきったことを問いかける。じっとこちらを見つめていた瞳が、一度下を向いて、また上向いた。

「師匠は」

 質問の答えになっていないことを、ぽつりとテオバルドが呟く。

「夜が怖くないのですか?」
「夜が怖い魔法使いがどこにいる」

 即答したアシュレイだったが、やんわりと言葉をひとつ付け足した。

「おまえもいつかは怖くなくなるさ」

 かたちのない夜の魔物に怯えることができる時期は、おそらくそう長くない。今は小さいこの弟子も、自分を置き去りにあっというまに大きくなる。
 ごくあたりまえの事実として告げて、アシュレイは書物に目を戻した。夜はとうに深くなっていたが、読み切ってしまいたかったのだ。

「師匠」

 少し読み進んだところで、また声がかかった。ちら、と目を向ける。

「今だけでいいので、テオと呼んではくれませんか」

 なにを甘えたことを、と切り捨てかけたアシュレイだったが、朝方にエレノアが顔を出していたことを思い出して、やめた。
 月に一度、薬草園を目当てにエレノアは森にやってくる。イーサンの店を手伝うかたわら、町の人間に薬草を煎じてやっているからだ。
 アシュレイにとっては見慣れた光景であったが、この弟子にとっては里心を刺激するものだったかもしれない。

 ――七つ、か。
 
 イーサンの無理強いであったものの、預かったからには自分の責任だ。あたりまえにそう考えたアシュレイは、子どもの発育に関する文献をいくつか読み漁っていた。
 目撃したエレノアに「研究文献でなにがわかるのよ。母親に聞いたらいいじゃない」と呆れたふうに笑われたこともあったが、正しい知識は大切だ。だから、知った。
 七つという年は、まだ本当に幼い子どもであるのだ、と。大人が正しく愛し、保護してやるべきか弱い存在。

「……師匠?」

 そういえば、このくらいの年のころは、寝入る前にルカが様子を見に来ていたかもしれない。思い出した古い記憶に、アシュレイはふっと目元をゆるめた。
 そうだったな、と思う。あのころのルカは、毎晩自分の枕もとを訪れて、額にキスを落としてくれていた。

 ――おやすみ、アシュリー、良い夢を。

 あの声があれば、怖いものなどなにもないと思っていた。

「おやすみ、テオ。良い夢を」

 記憶を頼りに囁いて、ブランケットの上から胸のあたりをあやすように撫でる。幼かったアシュレイに、ルカがしてくれたことのひとつだ。続けて、小さな額にそっと口づける。
 あのころのルカは、アシュレイのことを世界のなによりもかわいいと言っていた。同じ気持ちにはなれていなくとも、せめてかたちだけは真似てやろうと思ったのだ。

 くすぐったそうな笑みを浮かべて享受したテオバルドが、そのまま素直に目を閉じる。子ども騙しでしかなかったのだが、正しく子どもであったらしい。
 響き始めた寝息に安堵して、魔法書の続きに取りかかる。窓を叩き揺らす雨と風の音。そうして、自分以外の誰かの気配。

 ――まったく手間のかかる。

 弟子というものは、本当になかなか面倒だ。自分の口元に浮かんだ、かすかな笑みには気づかないまま。アシュレイは、ただ静かに本を読み進めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

きっと世界は美しい

木原あざみ
BL
人気者美形×根暗。自分に自信のないトラウマ持ちが初めての恋に四苦八苦する話です。 ** 本当に幼いころ、世界は優しく正しいのだと信じていた。けれど、それはただの幻想だ。世界は不平等で、こんなにも息苦しい。 それなのに、世界の中心で笑っているような男に恋をしてしまった……というような話です。 大学生同士。リア充美形と根暗くんがアパートのお隣さんになったことで始まる恋の話。 「好きになれない」のスピンオフですが、話自体は繋がっていないので、この話単独でも問題なく読めると思います。 少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

ヒリスの最後の願い

志子
BL
気付けば小説の中の傲慢な王の子どもに生まれ変わっていた。 どうせ主人公に殺される運命なんだ。少しぐらいわがままを言ってもいいだろ? なぁ?神様よ? BL小説/R-15/流血・暴力・性暴力・欠損表現有 誤字脱字あったらすみません。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」 仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。 フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。 銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。 愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。 それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。 オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。 イラスト:imooo様 【二日に一回0時更新】 手元のデータは完結済みです。 ・・・・・・・・・・・・・・ ※以下、各CPのネタバレあらすじです ①竜人✕社畜   異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――? ②魔人✕学生   日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!? ③王子・魔王✕平凡学生  召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。 ④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――? ⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。

辺境のご長寿魔法使いと世話焼きの弟子

志野まつこ
BL
250歳位なのに童顔で世捨て人な魔法使いと、そこに押しかけて来た天才の話。弟子を追い出そうとしては失敗する師匠だったがある春ようやく修行の日々が終わりを迎える。これでお役ご免だと思ったのに顔よしガタイよしの世話焼きで料理上手な弟子は卒業の夜、突如奇行に走った。 出会った時は弟子は子供でしたがすぐ育ちます。 ほのぼのとした残酷表現があります。他サイトにも掲載しています。

【R18/完結】転生したらモブ執事だったので、悪役令息を立派なライバルに育成します!

ナイトウ
BL
 農家の子供ルコとして現代から異世界に転生した主人公は、12歳の時に登場キャラクター、公爵令息のユーリスに出会ったことをきっかけにここが前世でプレイしていたBLゲームの世界だと気づく。そのままダメ令息のユーリスの元で働くことになったが色々あって異様に懐かれ……。 異世界ファンタジーが舞台で王道BLゲーム転生者が主人公のアホエロ要素があるBLです。 CP: 年下ライバル悪役令息×年上転生者モブ執事 ●各話のエロについての注意書きは前書きに書きます。地雷のある方はご確認ください。 ●元々複数CPのオムニバスという構想なので、世界観同じで他の話を書くかもです。

恋の終わらせ方がわからない失恋続きの弟子としょうがないやつだなと見守る師匠

万年青二三歳
BL
どうやったら恋が終わるのかわからない。 「自分で決めるんだよ。こればっかりは正解がない。魔術と一緒かもな」 泣きべそをかく僕に、事も無げに師匠はそういうが、ちっとも参考にならない。 もう少し優しくしてくれてもいいと思うんだけど? 耳が出たら破門だというのに、魔術師にとって大切な髪を切ったらしい弟子の不器用さに呆れる。 首が傾ぐほど強く手櫛を入れれば、痛いと涙目になって睨みつけた。 俺相手にはこんなに強気になれるくせに。 俺のことなどどうでも良いからだろうよ。 魔術師の弟子と師匠。近すぎてお互いの存在が当たり前になった二人が特別な気持ちを伝えるまでの物語。 表紙はpome bro. sukii@kmt_srさんに描いていただきました! 弟子が乳幼児期の「師匠の育児奮闘記」を不定期で更新しますので、引き続き二人をお楽しみになりたい方はどうぞ。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...