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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅤ 0 ①
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ひとりで談話室に戻ってきた四谷に声をかけられたとき、いいな、と思って、同時に、なにもしなかったくせに羨むだけ羨む自分が恥ずかしくなった。
後悔したくないと決めて、自分にできることをがんばろうと改めて誓ったつもりでいた。
だから、「ずっと同じなんてありえない」という四谷の台詞が深く刺さった。でも、自分の中で育った感情を取り出し終えたとき。四谷のようなすっきりとした表情をすることができる自信は、微塵もなかったから。
*
きれいで、かっこよくて、優しくて。なんでもできる完璧な人だと思っていた。それで、オメガの自分にも態度を変えない、信頼できる人。
絶対に自分を選んでもらいたいと焦がれるような激情ではなく、視界に入れてもらえるだけで心がそわそわとするような。そんな憧れに似た思慕で、けれど、たしかに恋だった。恋、だった。
「あ……」
昼休み。なんとなく足を向けた図書室で見かけた姿に小さな声がもれる。声をかけてほしくてこぼしたわけではなかったのだけれど、過たず彼の視線が上がる。当然とにこりとほほえまれ、行人はふっと力を抜いた。
いつかのように招かれるまま、正面の椅子を引く。
「どうだった? 仲直り」
ひさしぶり、という穏やかな声のあとに続いた問いに、行人は、はい、と頷いた。たぶん、どうなったかは承知しているのだろうけれど。そうわかっていても、直接、聞いてもらえると気にかけてもらっているようでうれしいな、と思う。
「いろんな人に迷惑かけたと思うんですけど、どうにか。えっと、その……成瀬さんも」
「ん?」
「ありがとうございました。えっと、ここで、話聞いてくれて」
「ああ」
べつにぜんぜんかまわないのに、と。いつもの調子でさらりと請け負った成瀬が、ふと思い出したという調子で、もうひとつを問いかける。
「そういえば、向原に話しかけたんだって?」
珍しいというような、あるいは、ほほえましいというような。そんな顔で彼が笑うので、行人も小さく苦笑をこぼした。少し前の自分なら、絶対にしなかっただろうな、という自覚はある。
――でも、成瀬さんが知ってるってことは、向原先輩が言ったのかな。
まぁ、べつに、話されて困るようなことは言っていないつもりだけれど。
「案外、ちゃんと聞いたら、ちゃんと答えてくれるだろ、あいつ」
そのとおりだったので、行人はもう一度頷いた。あくまでも世間話というていだったけれど、信頼が声音ににじんでいる気がした。
優しくしてくれた、だとか。尊重してくれた、だとか。自分がこの人に惹かれた理由はいくらでもあるけれど、たとえば、成瀬だけではなく、茅野だったり、篠原だったり、あるいは、高藤だったり。自分がそばにいて安心する人には、ある種の共通点があることに行人は気がついていた。
すぐに感情的になって感情や思考がぶれる自分と違って、芯があっていつも変わらないでいてくれることにすごくほっとする。……まぁ、高藤に関して言えば、同い年というプライドがあるせいか、もっと感情を出してくれていいのに、と勝手なことを思うことも年々増えているのだけれど、それはさておいて。
後悔したくないと決めて、自分にできることをがんばろうと改めて誓ったつもりでいた。
だから、「ずっと同じなんてありえない」という四谷の台詞が深く刺さった。でも、自分の中で育った感情を取り出し終えたとき。四谷のようなすっきりとした表情をすることができる自信は、微塵もなかったから。
*
きれいで、かっこよくて、優しくて。なんでもできる完璧な人だと思っていた。それで、オメガの自分にも態度を変えない、信頼できる人。
絶対に自分を選んでもらいたいと焦がれるような激情ではなく、視界に入れてもらえるだけで心がそわそわとするような。そんな憧れに似た思慕で、けれど、たしかに恋だった。恋、だった。
「あ……」
昼休み。なんとなく足を向けた図書室で見かけた姿に小さな声がもれる。声をかけてほしくてこぼしたわけではなかったのだけれど、過たず彼の視線が上がる。当然とにこりとほほえまれ、行人はふっと力を抜いた。
いつかのように招かれるまま、正面の椅子を引く。
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「ん?」
「ありがとうございました。えっと、ここで、話聞いてくれて」
「ああ」
べつにぜんぜんかまわないのに、と。いつもの調子でさらりと請け負った成瀬が、ふと思い出したという調子で、もうひとつを問いかける。
「そういえば、向原に話しかけたんだって?」
珍しいというような、あるいは、ほほえましいというような。そんな顔で彼が笑うので、行人も小さく苦笑をこぼした。少し前の自分なら、絶対にしなかっただろうな、という自覚はある。
――でも、成瀬さんが知ってるってことは、向原先輩が言ったのかな。
まぁ、べつに、話されて困るようなことは言っていないつもりだけれど。
「案外、ちゃんと聞いたら、ちゃんと答えてくれるだろ、あいつ」
そのとおりだったので、行人はもう一度頷いた。あくまでも世間話というていだったけれど、信頼が声音ににじんでいる気がした。
優しくしてくれた、だとか。尊重してくれた、だとか。自分がこの人に惹かれた理由はいくらでもあるけれど、たとえば、成瀬だけではなく、茅野だったり、篠原だったり、あるいは、高藤だったり。自分がそばにいて安心する人には、ある種の共通点があることに行人は気がついていた。
すぐに感情的になって感情や思考がぶれる自分と違って、芯があっていつも変わらないでいてくれることにすごくほっとする。……まぁ、高藤に関して言えば、同い年というプライドがあるせいか、もっと感情を出してくれていいのに、と勝手なことを思うことも年々増えているのだけれど、それはさておいて。
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