パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
481 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅤ 0 ①

しおりを挟む
 ひとりで談話室に戻ってきた四谷に声をかけられたとき、いいな、と思って、同時に、なにもしなかったくせに羨むだけ羨む自分が恥ずかしくなった。
 後悔したくないと決めて、自分にできることをがんばろうと改めて誓ったつもりでいた。
 だから、「ずっと同じなんてありえない」という四谷の台詞が深く刺さった。でも、自分の中で育った感情を取り出し終えたとき。四谷のようなすっきりとした表情をすることができる自信は、微塵もなかったから。


 *


 きれいで、かっこよくて、優しくて。なんでもできる完璧な人だと思っていた。それで、オメガの自分にも態度を変えない、信頼できる人。
 絶対に自分を選んでもらいたいと焦がれるような激情ではなく、視界に入れてもらえるだけで心がそわそわとするような。そんな憧れに似た思慕で、けれど、たしかに恋だった。恋、だった。

「あ……」

 昼休み。なんとなく足を向けた図書室で見かけた姿に小さな声がもれる。声をかけてほしくてこぼしたわけではなかったのだけれど、過たず彼の視線が上がる。当然とにこりとほほえまれ、行人はふっと力を抜いた。
 いつかのように招かれるまま、正面の椅子を引く。

「どうだった? 仲直り」

 ひさしぶり、という穏やかな声のあとに続いた問いに、行人は、はい、と頷いた。たぶん、どうなったかは承知しているのだろうけれど。そうわかっていても、直接、聞いてもらえると気にかけてもらっているようでうれしいな、と思う。

「いろんな人に迷惑かけたと思うんですけど、どうにか。えっと、その……成瀬さんも」
「ん?」
「ありがとうございました。えっと、ここで、話聞いてくれて」
「ああ」

 べつにぜんぜんかまわないのに、と。いつもの調子でさらりと請け負った成瀬が、ふと思い出したという調子で、もうひとつを問いかける。

「そういえば、向原に話しかけたんだって?」

 珍しいというような、あるいは、ほほえましいというような。そんな顔で彼が笑うので、行人も小さく苦笑をこぼした。少し前の自分なら、絶対にしなかっただろうな、という自覚はある。

 ――でも、成瀬さんが知ってるってことは、向原先輩が言ったのかな。

 まぁ、べつに、話されて困るようなことは言っていないつもりだけれど。

「案外、ちゃんと聞いたら、ちゃんと答えてくれるだろ、あいつ」

 そのとおりだったので、行人はもう一度頷いた。あくまでも世間話というていだったけれど、信頼が声音ににじんでいる気がした。
 優しくしてくれた、だとか。尊重してくれた、だとか。自分がこの人に惹かれた理由はいくらでもあるけれど、たとえば、成瀬だけではなく、茅野だったり、篠原だったり、あるいは、高藤だったり。自分がそばにいて安心する人には、ある種の共通点があることに行人は気がついていた。
 すぐに感情的になって感情や思考がぶれる自分と違って、芯があっていつも変わらないでいてくれることにすごくほっとする。……まぁ、高藤に関して言えば、同い年というプライドがあるせいか、もっと感情を出してくれていいのに、と勝手なことを思うことも年々増えているのだけれど、それはさておいて。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

処理中です...