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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅣ 2 ②
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静かに扉を引いて、中に入る。幸いというべきか、予想以上に図書室にいる生徒は少なかった。受付の前を通って、書架の奥に点在している長机のスペースに行先を定める。
読書や、テスト前などは勉強をしている生徒が多い場所だが、この程度の込み具合なら空いているだろうと思ったのだ。
その想像も当たって、机を使っている生徒の姿もまばらだった。ほっと息を吐いて、どこに座ろうかと視線を巡らした瞬間、顔を上げたひとりと目が合って、思わずと言った声がこぼれる。
「成瀬さん」
「珍しいな、行人がここに来るの。勉強?」
そう言いながらも、成瀬は驚いているふうでも、邪魔されたことを面倒に思っているふうでもなかった。
にこ、とほほえむ変わらない柔らかな調子に、勝手にふらりと足が彼のもとに進む。生徒会の引き継ぎが終わったあたりから、顔を合わせることはあってもあまり喋っていなかったので、なんだかすごくひさしぶりで、抗うことができなかったのだ。
「座る? いいよ、ちょうど休憩しょうと思ってたところだから」
「あ、……すみません」
ありがとうございます、と呟くように言って、向かいの席を引く。机の上には参考書やノートが広がっていて、この人も勉強するんだ、とあたりまえのはずのことを行人は思った。
「たまに来るの?」
「え?」
「いや、図書室。俺もよく来てるってほどではないんだけど、行人と会ったことなかったなと思って」
「あ、えっと。……あんまり。その、最近は生徒会室によく行ってたんで」
「昼休みも?」
首を傾げたものの、それ以上を成瀬が問うことはなかった。ただ、「そっか」と静かにほほえむ。
「がんばってるんだな」
純粋にがんばっているわけではないのだという罪悪感に蓋をして、どうにか頷く。あまり邪魔をするわけにもいかないし、適当に本でも取ってこようかなと考えているうちに、数少なかった滞在者が席を立つ気配が続いた。
もう昼休みが終わる時間なのだろうかと時計に目を向けた行人に、小さく成瀬が笑った。
「行人、けっこうギリギリの時間に来たから。もうそろそろ終わるよ、昼休み」
「え」
「本当。戻る気があるなら準備しないと。途中でチャイム鳴るよ」
そう言いながらも、成瀬自身は片づける様子がない。
「あの……」
「ん?」
「その、成瀬さんは」
いいんですか、と問いかけた行人に、なんの気もない調子で、さぼることを成瀬は認めた。
「けっこう大目に見てくれるから、ここ。それに、もう俺たちは単位さえ落とさなかったらなにも言われないし」
その説明に、一拍遅れて、ですよね、と呟く。
そうだった。この人たちは、本当にもうすぐ卒業してしまうのだ。
三年前、中等部にいた当時も、彼が卒業して高等部に上がってしまうことは寂しかった。けれど、あのときはまだ同じ学園内で繋がっていると思うことができた。あと二年経てば、また一緒に一年過ごすことができると思っていたから。
――でも、今度は、もう、そうじゃないんだよな。
それぞれ思い思いのところに進学をして、会うことなんてもっとできなくなってしまう。
これだってわかりきっていたはずのことで、覚悟もしていたつもりなのに、いざ当人にあっさりと言われてしまうと、なんだかたまらなく寂しかった。教室に戻るそぶりを見せることができないでいると、また成瀬が笑う。
「でも、まぁ、もし、行人が怒られたら、悩み相談受けてたことにしてもいいけど。一回くらいだったら、目も瞑ってもらえると思うよ」
「……ありがとう、ございます」
ぎこちなく行人は笑い返した。沈黙が落ちて、予鈴の音が響く。戻るなら、これがデッドラインだった。なんだかんだと言ったところで、行人は体調不良以外で授業を休んだことはない。だから、休んだら、たぶん、少なくとも岡は気にするだろうな、と思う。成瀬の邪魔をすることになるともわかっている。
なのに、糸が切れたみたいに、心が教室に戻りたくないと駄々をこねているみたいだった。
読書や、テスト前などは勉強をしている生徒が多い場所だが、この程度の込み具合なら空いているだろうと思ったのだ。
その想像も当たって、机を使っている生徒の姿もまばらだった。ほっと息を吐いて、どこに座ろうかと視線を巡らした瞬間、顔を上げたひとりと目が合って、思わずと言った声がこぼれる。
「成瀬さん」
「珍しいな、行人がここに来るの。勉強?」
そう言いながらも、成瀬は驚いているふうでも、邪魔されたことを面倒に思っているふうでもなかった。
にこ、とほほえむ変わらない柔らかな調子に、勝手にふらりと足が彼のもとに進む。生徒会の引き継ぎが終わったあたりから、顔を合わせることはあってもあまり喋っていなかったので、なんだかすごくひさしぶりで、抗うことができなかったのだ。
「座る? いいよ、ちょうど休憩しょうと思ってたところだから」
「あ、……すみません」
ありがとうございます、と呟くように言って、向かいの席を引く。机の上には参考書やノートが広がっていて、この人も勉強するんだ、とあたりまえのはずのことを行人は思った。
「たまに来るの?」
「え?」
「いや、図書室。俺もよく来てるってほどではないんだけど、行人と会ったことなかったなと思って」
「あ、えっと。……あんまり。その、最近は生徒会室によく行ってたんで」
「昼休みも?」
首を傾げたものの、それ以上を成瀬が問うことはなかった。ただ、「そっか」と静かにほほえむ。
「がんばってるんだな」
純粋にがんばっているわけではないのだという罪悪感に蓋をして、どうにか頷く。あまり邪魔をするわけにもいかないし、適当に本でも取ってこようかなと考えているうちに、数少なかった滞在者が席を立つ気配が続いた。
もう昼休みが終わる時間なのだろうかと時計に目を向けた行人に、小さく成瀬が笑った。
「行人、けっこうギリギリの時間に来たから。もうそろそろ終わるよ、昼休み」
「え」
「本当。戻る気があるなら準備しないと。途中でチャイム鳴るよ」
そう言いながらも、成瀬自身は片づける様子がない。
「あの……」
「ん?」
「その、成瀬さんは」
いいんですか、と問いかけた行人に、なんの気もない調子で、さぼることを成瀬は認めた。
「けっこう大目に見てくれるから、ここ。それに、もう俺たちは単位さえ落とさなかったらなにも言われないし」
その説明に、一拍遅れて、ですよね、と呟く。
そうだった。この人たちは、本当にもうすぐ卒業してしまうのだ。
三年前、中等部にいた当時も、彼が卒業して高等部に上がってしまうことは寂しかった。けれど、あのときはまだ同じ学園内で繋がっていると思うことができた。あと二年経てば、また一緒に一年過ごすことができると思っていたから。
――でも、今度は、もう、そうじゃないんだよな。
それぞれ思い思いのところに進学をして、会うことなんてもっとできなくなってしまう。
これだってわかりきっていたはずのことで、覚悟もしていたつもりなのに、いざ当人にあっさりと言われてしまうと、なんだかたまらなく寂しかった。教室に戻るそぶりを見せることができないでいると、また成瀬が笑う。
「でも、まぁ、もし、行人が怒られたら、悩み相談受けてたことにしてもいいけど。一回くらいだったら、目も瞑ってもらえると思うよ」
「……ありがとう、ございます」
ぎこちなく行人は笑い返した。沈黙が落ちて、予鈴の音が響く。戻るなら、これがデッドラインだった。なんだかんだと言ったところで、行人は体調不良以外で授業を休んだことはない。だから、休んだら、たぶん、少なくとも岡は気にするだろうな、と思う。成瀬の邪魔をすることになるともわかっている。
なのに、糸が切れたみたいに、心が教室に戻りたくないと駄々をこねているみたいだった。
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