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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 17 ⑦
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「……まぁ、そういう約束だったからな」
「そういうとこ律義だよな、向原は」
それも、本当に、昔からではあるけれど。もう何年も、ほとんど無意味と言っていい茶番に付き合わせている自覚も、さすがに一応は持っている。
「でも、ありがと。あと、まぁ、よかったなって。いくら大丈夫だと思ってても、結果が確定するまでは落ち着かないから」
「落ち着かないもなにも」
この一、二ヶ月を思い返しでもしたのか、今度のそれは少し呆れたふうだった。
「怖いなんて思わないだろ、おまえ」
「あるよ」
行人みたいなことを言うなぁ、と。バレたら気を悪くしそうなことを考えたまま、成瀬は繰り返した。
「いくらでもある」
向原には、きっとないのだろう。そういう男だ。飾りではない自信があって、それに見合った本物の力を持っている。けれど、自分はそうではない。肩肘を張って、直視することを避けていただけで、本当はいくらでもあった。
この爆弾を抱えている限り、それがゼロになることはない。
「たとえば?」
問いかけてくる声は静かだった。
「そうだな」
なんでこんなことを話しているのだろうとも思うのに、不思議と妙に凪いだ気分だった。
たぶん、本当に、いくらでもあるのだと思う。たとえば、自分がアルファではなかったと知ったとき。アルファではない自分は受け入れてもらえないのだと悟ったとき。無条件で愛されることはないのだと知って、必死でアルファになろうとしていても、簡単に自分の身体に裏切られる。
それのなにを、怖くないと言えばいいのか。俺は、自分が、自分が求める自分でいることができないことが、一番、怖い。
だから、その根底を揺るがそうとするものは、なにも受け入れられない。そう思っていた。
「あのときは、怖かった、かな」
「あのとき?」
「うん。どう取り繕っても、誤魔化しても、アルファじゃないんだなって思い知ったとき」
ただの事実を伝えように、淡々と成瀬は言った。
本格的な発情期を、アルファのいる場で迎えそうになったことが怖かったわけではない。
圧倒的な強者であるこの男に恐怖を覚えてたわけでもないし、薬で治まらないのなら適当なアルファで発散するほうが合理的だと思っていたことも本当だ。ただ――。
「自分で自分がコントロールできなかったことが。アルファでいるための前提がぐずぐずに崩れたみたいで」
それが、自分にとって、どうしても許せないことだった。自嘲するように笑って、足元にそっと視線を落とす。
「俺は、アルファでいないとなんの意味もないのに。アルファでいるために、ここを選んだのに。それに……」
――あなたはいつまでアルファのまねごとをしているつもりなの?
それを強いたのはあんただろう、という台詞を叩きつけることはできなかった。わかっていたからだ。あの人は、なにひとつ強要はしていない。すべて自分が決めて、それに対してのサポートを買って出ただけ。
幼かった自分が、必要とされたくて、期待に応えようとしただけ。あの人なら、そう言うだろうとわかっていた。
脈絡もなにもない話を聞かされて呆れているのか、向原はなにも言わなかった。小さく息を吐いて、顔を上げる。
「おまえに聞いてもなんの意味もないってわかってるけど、聞いていい?」
言えるわけがない「それに」の続きを呑み込んで、問いかける。
「俺、アルファに見える?」
「そういうとこ律義だよな、向原は」
それも、本当に、昔からではあるけれど。もう何年も、ほとんど無意味と言っていい茶番に付き合わせている自覚も、さすがに一応は持っている。
「でも、ありがと。あと、まぁ、よかったなって。いくら大丈夫だと思ってても、結果が確定するまでは落ち着かないから」
「落ち着かないもなにも」
この一、二ヶ月を思い返しでもしたのか、今度のそれは少し呆れたふうだった。
「怖いなんて思わないだろ、おまえ」
「あるよ」
行人みたいなことを言うなぁ、と。バレたら気を悪くしそうなことを考えたまま、成瀬は繰り返した。
「いくらでもある」
向原には、きっとないのだろう。そういう男だ。飾りではない自信があって、それに見合った本物の力を持っている。けれど、自分はそうではない。肩肘を張って、直視することを避けていただけで、本当はいくらでもあった。
この爆弾を抱えている限り、それがゼロになることはない。
「たとえば?」
問いかけてくる声は静かだった。
「そうだな」
なんでこんなことを話しているのだろうとも思うのに、不思議と妙に凪いだ気分だった。
たぶん、本当に、いくらでもあるのだと思う。たとえば、自分がアルファではなかったと知ったとき。アルファではない自分は受け入れてもらえないのだと悟ったとき。無条件で愛されることはないのだと知って、必死でアルファになろうとしていても、簡単に自分の身体に裏切られる。
それのなにを、怖くないと言えばいいのか。俺は、自分が、自分が求める自分でいることができないことが、一番、怖い。
だから、その根底を揺るがそうとするものは、なにも受け入れられない。そう思っていた。
「あのときは、怖かった、かな」
「あのとき?」
「うん。どう取り繕っても、誤魔化しても、アルファじゃないんだなって思い知ったとき」
ただの事実を伝えように、淡々と成瀬は言った。
本格的な発情期を、アルファのいる場で迎えそうになったことが怖かったわけではない。
圧倒的な強者であるこの男に恐怖を覚えてたわけでもないし、薬で治まらないのなら適当なアルファで発散するほうが合理的だと思っていたことも本当だ。ただ――。
「自分で自分がコントロールできなかったことが。アルファでいるための前提がぐずぐずに崩れたみたいで」
それが、自分にとって、どうしても許せないことだった。自嘲するように笑って、足元にそっと視線を落とす。
「俺は、アルファでいないとなんの意味もないのに。アルファでいるために、ここを選んだのに。それに……」
――あなたはいつまでアルファのまねごとをしているつもりなの?
それを強いたのはあんただろう、という台詞を叩きつけることはできなかった。わかっていたからだ。あの人は、なにひとつ強要はしていない。すべて自分が決めて、それに対してのサポートを買って出ただけ。
幼かった自分が、必要とされたくて、期待に応えようとしただけ。あの人なら、そう言うだろうとわかっていた。
脈絡もなにもない話を聞かされて呆れているのか、向原はなにも言わなかった。小さく息を吐いて、顔を上げる。
「おまえに聞いてもなんの意味もないってわかってるけど、聞いていい?」
言えるわけがない「それに」の続きを呑み込んで、問いかける。
「俺、アルファに見える?」
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