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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 17 ⑥
しおりを挟む自分の心のうちを誰かに伝えようと思ったことも、伝えたいと思ったことも、たぶん、自分はほとんどない。
本心を伝えたところで、なにが変わるとも思えなかったからだ。他人に期待はしない。アルファに気を許すなんてもってのほか。
自分のことは、すべて自分で責任を持って処理をして、アルファとしてひとりで生きていく。
それが人生の指針で、すべてで、唯一の生きる道だった。
――それなのに、なんで、こう、揃いも揃って、頼れだの、話し合えだの言うんだろうな。
自分の言動に原因があるらしいとわかっていても、言ってくる相手が軒並みアルファであるところが、どうにも余計に癪に障る。その感情も、半ば以上ただの条件反射だとわかってはいるけれど。
夜の寮の中庭から、煌々と明るく光る食堂を見やって、成瀬はそっと息を吐いた。
なにかしらのイベントのあとに、寮で慰労会が行われるのは、どこの寮でもある恒例行事のようなものだ。不審に思われない程度の顔見せは済ませているので、もう少しくらい中抜けをしても許されるだろう。
自分がこうして適当に抜けることは同級生であれば知っていることで、部屋に戻らないだけ協調性を提示しているつもりだ。
――皓太とも話したし。行人のことは気にはなるけど、そこは、まぁ、皓太もフォローするだろうし。
皓太でなければ、荻原が。行人のことを気にかけてくれている相手がいることは知っている。
篠原が言うように、対人関係にもめごとはつきもので、そういう意味で「これも経験」ということもわかる。
いじめや仲間外れに発展すれば、のんきに経験とは言っていられないだろうが、今もひとりでいるわけでもない。
――でも、たぶん、だけど。はじめから最後までひとりでいるのと、親しくなったあとに距離ができてひとりになるのとでは、感じ方がぜんぜん違うんだろうな。
前者の世界だけで生きていれば、寂しいなんて思うことはなかったはずだ。あるいは、自分もそのままでいれば、もっと楽に今を迎えることができていたのだろうか。
誰に気を許すこともなく、誰と親しくなることもなく、例外なくアルファは嫌な人間だと決めつけたままでいれば。
こんなふうに悩むことも、きっとなかったのに。
「おつかれ」
いつもの笑みを張りつけて、中庭に出てきた人物を成瀬は出迎えた。
「もういいの? 中。……って、向原もべつに好きじゃないか。ああいうにぎやかなとこ」
「おまえもだろ」
あいかわらずの淡々とした、けれど、不思議と突き放したふうでもない、馴染んだ調子だった。あの夜に聞いたものと同じ。
「そうだけど。でも、また戻るよ、さすがに。向原は?」
顔を出したことで最低限の義理は果たしているわけで、部屋に戻ったところで誰もなにも言わないだろう。そう問いかけると、向原がかすかに笑った。
「戻ると思ってたのか」
「どうかな。話す気があったら来ると思ったけど、なかったら来ないかなとは思ってた」
事実だった。ひとりでいるところに向原がふらりとやってくることがあるのは昔からで、自分はそれを拒まなかった。
本当にひとりになりたかったのなら、場所を変えればいいだけだったとわかっている。そうしなかったのは、嫌ではなかったからだ。
「だって、それ以外で向原がここに来る理由ないだろ」
「……」
「まぁ、それは俺もだけど」
わかりやすいいつもの場所を選んだ時点で、そういうことでしかなかった。
「とりあえず、選挙のことはお礼言わないとなぁと思ってたし」
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